玉木圭介
私はご承知のように16年以上オリエンティアをしているが、その縁で8年ほど森林組合の職員という林業の現場にいる。これまでオリエンティアとして得た知識、スキル、身体的能力を職場で個人的に役立ててきたが、逆に林業的知識をオリエンテーリング界に還元したいとは常々思ってきた。
果たして本当に役に立つか、薬となるかはちょっと疑問であるが、きっと毒にはなるまいし思いつくままかけるだけ書いてみようと思い立ったわけである。では第1回。実はこんなテーマを書くなら第1回はこれ、とずいぶん前から決めていたテーマ。
杉と桧。日本人なら聞いたこともないという人はいない。オリエンティアなら特に関東以南のオリエンティアならレースごとにその下を駆け抜けてお世話になっている。でも、立っている木を見て、さてこれは杉?桧?と聞いて正しく答えられる人は極めて少ない。RMO山川氏も少なくとも滋賀インカレのころまではちょっと怪しかったし、羽鳥和重、中村弘太郎といったトップレベルのマッパーもそんなことは関心の外、いわんやかつて私が問うたことのある(主に学生の)運営者=一般オリエンティアで、あてずっぽうでも正解を答えた人はいない。杉か桧のどっちかであることは大多数のオリエンティアならおわかりいただけるのだが。
両者ともきわめて代表的な日本の人工林樹種である。その他の人工林樹種として、アカマツ・カラマツ等があるが、アカマツ林はやぶくなるし、カラマツは長野や北海道に行かないと植えていないので関西のオリエンティアには縁が薄い。つまり、関西近郊で(東海・関東でもほぼそうだが)人工林の白い林はほとんどすべて杉か桧で出来ているのである。姿も幹が一本まっすぐ立っていて常緑樹だし幹の色も茶色っぽくて確かによく似ているといえないことはない。
でも林業界においては決定的に違うのだ。そしてその違いが、日本の山に、つまりは日本のテレイン・O?MAPに影響を与えているのだ。
杉と桧の違いをまとめると下の通りとなる。
杉 桧 1葉 とがって痛い 先が丸く柔らかい 2落ち葉 枝からなかなか離れない すぐばらばらになる 3樹皮(1番外側)縦にはがれるが繊維状にささくれる 縦に板状にはがれる 4枝 幹から水平方向に出て斜め上方向に 幹からやや斜め上方向に出て自 弓なりにそりあがる 重でほぼ水平方向に伸びる 5全体の姿 枝葉がもこもことついている感じ いわゆる針葉樹イラスト(クリ スマスツリー)のイメージ 枝が横にぎざぎざしている感じ 6木の耐湿性 高い 高くない 7耐乾性 高くない 高い 8成長 速い 比較的遅い 9木材中の水分 多い 少ない 10木材の堅さ 軟らかい 堅い 11枯れ枝 割と簡単に幹から外れる 幹にしっかりくっついていてし かも堅くなかなか幹から折り取 れない 12耐雪性 品種によっては高い 比較的低い 13用途 かつては電信柱 細いものは杭材・足場組用丸太 建築用材としては柱材・板材 建築用材としては柱材・土台 天井、屋根のあたりの構造材 特に軒桁(梁は松材)
1から5は見分け方である。学術的な根拠というより私個人の主観が大きい記述となっている。5については私の勤務先の森林組合はここ10年来大津市内のとある教会から頼まれて桧の15年生くらいのをクリスマスツリーとして提供している。日本人のイメージから行くとたぶん本物のもみよりも桧のほうがクリスマスツリーに近い。(そういえば箕面の大会でも用意させてもらいましたね)
6から10は関連している事項である。少なくとも関連させて覚えたほうが簡単だ。つまり、杉はより水気(と肥沃な土壌)を要求するから水のそばに育ち、成長は早く、材は軟らかい。桧は反対。中腹(より上)に育ち、成長は遅く、材は堅い。堅くてシロアリにも強いから13の用途で土台に使われる。
桧よりさらに乾燥とやせ地に強い(赤)松とあわせて、少なくとも1960年代くらいまでは『谷は杉、尾根は松で間は桧』といった感じで植林されていた。この考え方を適地適木といい、林業の基本的考え方の一つである。このやり方で植林されたテレインはどうなるか。少なくとも杉桧が手入れされているうちは、『沢筋は白いけど、尾根はやぶい。コースは沢たどりが中心、コントロールは沢ばっかり。』ということになる。なんだか懐かしくありませんか?ぱっと思いつくマップとしては『大国寺』(1988OLP・公認大会) の北西部分ですかね。
こういうテレインは今でもたくさんある。12のとおり、桧は耐雪性が低い(その理由は10,11なのだが)ので雪の多い北陸、日本海側は『谷は杉、間はなくて尾根は松(雑木)』となるから、去年のウエスタンカップ(蒜山)なんかもそんな感じだった。こんな山は尾根たどりも簡単だ。去年のMA、後半の勝負所は長くてやぶい尾根たどりの末の白い沢(植生界つき)のコントロールだった。行かなくても尾根は雑木=冬は落葉してて明るい/白い沢は杉=常緑樹で遠くからでも黒く目立つ、とわかったから私は尾根を走りながら黒く目立つ杉のこずえの塊ばかり探して、そして成功した。
しかし、適地適木は1970年代以降、崩れていく。『白い沢』も徐々に崩れていく。
真っ白なテレインも、現れて、そして消えていく。その辺は次回で。