秘湯の宿のイメージを抱いて、たどり着いた先は、玄関先にスキーが並ぶペンションだった。
熊の敷物や、キツネ・タヌキのはく製が置いてある宿は、よく見かける。しかし、ここでは、ハッブル宇宙望遠鏡を思わせる、大砲のような望遠レンズが置いてある。踊り場には、年代物のカメラがズラリとショーケースに陳列されている。この宿の主人の趣味は写真なのだとすぐ分かる。案内に使われている北アルプスの雪をいただいたショットも、きっと、ご主人の手によるものに違いない。
あいにく、霧雨が降り、楽しみにしていた、部屋からの大パノラマが見えない。この眺望を楽しみに、一眼レフを積んできたダンナは、心なしか淋しげに、ビールを飲みながら窓の外を見やっている。
しかし、私の楽しみはお風呂である。岩風呂とぬるいお湯で満たされた内湯。雨が降っていたせいもあり、露天にまでは食指が動かない。
そうこうするうちに、夕食の時間。間接照明に照らし出された大広間に入る。感じがいい。
座卓の上には、きどった懐石でもなく、居酒屋のおきまりでもなく、乙にすました品々が美しい器に盛られている。毛筆のお品書きが、これからの夕食を楽しみにさせる。不思議だったのが、厚手の和紙が広げてあるだけの大きな鉢。
座敷のすみでは、学生時代を東京で過ごしたという若奥さんが、黙々と天ぷらを揚げている。お鉢の和紙の上に、、アツアツの、天ぷらが投げ入れられた。和紙は沈み込み、よけいな油を吸い取っている。たらの芽、ふきのとう、こごみ・・・と、春を彩る山菜たちである。心ゆくまで、旬の味覚に舌鼓をうった。
わが家では、春になると山菜の天ぷら、すなわち、満山荘ということになる。
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