市民的公共性と図書館の委託

                    自治体職員 古 川 和 隆

公立図書館の公共性

 図書館とは何か? と問われると、明快に答えられる方は少ないのではないか。ここでは図書館の機能を『ユネスコ公共図書館宣言』の一部から抜粋して紹介する。
「社会と個人の自由、繁栄および発展は人間にとっての基本的価値である。このことは、十分に情報を得ている市民が、その民主的権利を行使し、社会において積極的な役割を果たす能力によって、はじめて達成される。建設的に参加して民主主義を発展させることは、十分な教育が受けられ、知識、思想、文化および情報に自由かつ無制限に接し得ることにかかっている。
 地域において知識を得る窓口である公共図書館は、個人および社会集団の生涯学習、独自の意志決定および文化的発展のための基本的条件を提供する。
 この宣言は、公共図書館が教育、文化、情報の活力であり、男女の心の中に平和と精神的な幸福を育成するための必須の機関である、というユネスコの信念を表明するものである。(1994年11月採択) また、日本図書館協会は『図書館の自由に関する宣言』の本文で次のように宣言する。
「図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由を持つ国民に、資料と施設を提供することをもっとも重要な任務とする。この任務を果たすため、図書館は次のことを確認し実践する。

第1 図書館は資料収集の自由を有する。

第2 図書館は資料提供の自由を有する。
第3 図書館は利用者の秘密を守る。
第4 図書館はすべての検閲に反対する。
 図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る。
(1954年採択 1979年5月30日改訂

 
 また、町田市立図書館では「市民生活とまちづくりに役立つ図書館」「市民と共に成長する図書館」「市民に信頼される図書館」というサービス理念を掲げている。そして目標として「市民生活をより深く、豊かなものにすること」の他、「市民が積極的に市政に参画できるようにすること」「市議会議員、市職員に対し、政策立案の支援を積極的に行い、市政を活性化することに役立つこと」など10項目をあげ活動している。

パフォーマンス名は行政改革

以上のような公共性を持った公立図書館に委託やPFIや指定管理者制度の荒波が押し寄せている。とりわけ東京23区では、カウンター業務委託の波が激しく、多くの区で委託が導入されている。
 念のため申し上げるが、私は「反対ありき」の立場は取らない。何故なら教育の市民的公共性を構築し、市民立学校の可能性を探る私の立場からは、理念的には市民立図書館があってよいし、自治体立図書館の管理が指定管理者によるものであっても、運営がNPOへの委託であっても、市民的公共性が貫かれていれば良いと考えるからである。
 現に町田では故・浪江虔氏が1939年に開設した私立南多摩農村図書館(後に私立鶴川図書館と改名)の実践があり、私立ではあるが図書館法に基づく公共性を持った図書館として1989年まで50年にわたって住民に貢献してきた。町田市立鶴川分館(現・町田市立鶴川図書館)が開設したのが1972年だから、鶴川地域では17年間、「私立」と「市立」の公共的図書館が共存していたのである。
 また、アメリカ合衆国の図書館の場合は私財や寄付を財源とした図書館が多い。それが公共性を持ち、市民のものになっている。
 しかし、近現代日本において、こうした例は希であり、一般的には自治体が公立図書館を開設し、公共的図書館を担ってきた。そうした近現代日本の図書館の歴史や現在の委託の社会的背景と、その動機を見れば今の公立図書館をめぐる状況は問題視せざるを得ない。
 端的に言えば、今、公立図書館を席巻する業務委託・PFI・指定管理者制度導入は「行政改革」という名のパフォーマンスと言える。そこにある問題点など、ろくにあきらかにせず、業務委託・PFI・指定管理者制度を導入したという事実をつくり、宣伝するためである。業務委託・PFI・指定管理者制度は当然ながら全く別物であり、本来ならば、それぞれ、ていねいに検証すべきものであるが、公立図書館において「行政改革」という名のパフォーマンスという本質は何ら変わらない。

高価な委託、安価な労働力

次に業務委託に限って問題点を見てみよう。何故、「行政改革」という名のパフォーマンスなのか? 何故なら、図書館の場合、民間会社への業務委託は中間マージン等もかかり、コストの計算をすると、直営より、委託のほうが高くつくと言われているからである。事実、直営よりも、委託料の見積が倍近かったところもあるという。また、自治体によっては委託費用を抑えるため、受託業者に毎週1回、休んでもらい、その日は直営で行うという妙な事態も発生している。このように、業務委託したものの、かえって経費がかかり、頭を抱えている自治体が多い。
 もし、安い経費で運営するならば、経費の中で人件費を相当削らなければ成り立たない。しかし、安価な賃金で多数の良い人材を安定して雇用し続けるのは困難である。何故なら、図書館の仕事の多くに知識と経験を要する専門的要素と、何十kgにも及ぶ本の束を持ち運ぶ肉体労働的要素の両方が求められるからである。業務委託の受託業者が採用した人員が、すぐにやめてしまい、数ヶ月の内に委託職員が入れ替わり立ち替わり変化すると言う事態や、当初スタッフが30人いた受託NPOが、半年後には19人になってしまったという話しをよく聞く。
 例えば町田市立図書館のアルバイトの時給は880円だが、他の自治体の委託職員の時給の多くは、それ以下だと聞く。もちろん、中には低賃金でも図書館の仕事にやりがいを持って頑張っている人はいる。しかし、継続的組織的運営形態として考えた時、それでは限界があることは自明だ。
 一方で委託しないことを意思表示している自治体はどうなっているのか? これは基本的に常勤の正規職員を減らし、非常勤職員を増やす流れになっている。ここには今、自治体を取り巻く乱暴な「行政改革」「民間委託」に対する生き残り策として当面この方針をとらざるを得ないという実情がある。したがって現場の意識の如何を問わず、採用する理事者側からすれば「安価な労働力」とならざるを得ないのが事実だ。
 常勤の正規職員と非常勤職員では課せられている責任等は違うが、実態としては、さほど変わらない業務をしているところが多いのではないだろうか? そうであるならば同一価値労働同一賃金が原則ではないのか? 非常勤職員を低賃金のままに放置して良いのか? 同じ事は委託にも言える。受託業者から派遣される職員の多くは低賃金・重労働の状況に置かれている。
 こうした労働のあり方、賃金のあり方に本気になって取り組まなくてはならない。また、「生き残り策」として非常勤化をはからざるを得ないという実情があるにせよ、委託に移行する過程で真っ先に首を切られてきたのは非常勤職員であるという歴史に学び、悪しき歴史を繰り返さぬよう細心の注意を払う必要がある。

業務委託の問題点

業務委託をした自治体の特徴的な事例を挙げれば、非常勤職員の場合、通常1年契約であるから、契約更新せず、雇用止めという事実上の解雇を行い、欠員不補充による非常勤職員の一掃と言う図式である。これにより、多くの嘱託員が職を失い、涙をのんできた。
 受託業者は書店組合等の他、退職校長を集めた官製NPOや、委託により解雇された非常勤職員たちが設立したNPO、ビルのメンテナンス会社までもある。業者の選定にはプロポーザル方式や入札などあるが、契約は通常1年である。したがって、1年で別の業者に変わることも十分にあり得るし、実際に3年も経たずに業者が変わることになった実例もある。これでは図書館員に求められる知識と経験の蓄積はできない。また、業務の組織的見直しも無理で、継続的安定的サービスは困難と言わざるを得ない。
次に委託の形態についてだが、これはカウンター業務委託が多い。このカウンター業務委託の問題点としては、
@ 法律により、正規職員がカウンター業務に従事する委託会社からの委託職員に直接に指示できず、指示は委託会社を通じてしか成し得ない
A 委託職員が図書館の意志決定に参画できず、カウンター業務を通じて認識した問題点や課題を運営に直接生かすことが困難である
B カウンター業務をしない職員による選書になるため、カウンターでの利用者とのやりとりで得た情報や要求を選書に反映することができない
C カウンター業務を通じて養われる図書館職員としての経験が正規職員はできず、未来の指導者の育成の道が断絶される。

等があげられる。したがって、図書館の耳であり、目であり、鼻であり、口であるカウンター業務を委託し、切り離すということは図書館の根幹に関わることなのである。こうした問題点をあきらかにしながら、業務委託を厳しく問う必要があろう。

NPOに開かれる可能性

しかし、考えようによっては委託も悪くないということもある。
 中野区では解雇されることが確定的になった非常勤職員が、「解雇されたっておとなしく引き下がらない」との思いでNPOの設立を思い立ち、二つのNPOを設立した。そして、見事2つとも受託を決め、1つは中央図書館を受託し、もうひとつは地区館2館を受託し、元気な図書館をめざし、頑張っている。地区館2館を受託したNPOでは勤務日数が、週5日・4日・3日・2日の選択制で、働き方を選択できるとのこと。しかも、賃金の単価は同じで、日数に応じているとのこと。
 委託の経緯や自治体の姿勢に問題は多いし、NPOの運営という点でも課題は山積している。委託した方が良かったと言うつもりはない。しかし、市民的公共性という観点からも、その担い手の働き方という点でも、大いに新しい可能性を秘めている。この公共施設と組織を担うことになったNPOについては今後とも注目してゆきたい。

公務労働と専門性

 そうした意味では様々な観点から公立図書館の委託の問題により、公務労働のあり方が問われているとも言える。
 日本国における図書館は社会教育法の精神に基づく機関である。したがって、そこで働く者は教育者でもある。図書館という学びの場・情報基盤の主権者は誰で、そこの労働は誰が担うのか? この労働は誰が担うのかという点では「専門性」をどこに蓄積し、市民社会に役立ててゆくのか? という命題にも突き当たる。
 民主主義と自治の基礎である知る権利と学ぶ権利を保障する公立図書館。その中にあって情報の媒介役である図書館員は、民主主義と自治の担い手の一人でもある。
 一方で、一般的に公務労働における「専門性」は日本史的に見て公権力の行使と不可分であった。保健士・検察官・教諭・戸籍吏員・税徴収等、専門性が求められる職員は時の権力者にとっても社会秩序を維持するために必要な専門職員だった。
 図書館においても世界史的に見て図書館員の専門性は必要であった。例えば古代アレクサンダー大王はアレクサンドリア図書館を建設し、支配者として君臨するために知の宝庫として、そこに世界中の書籍と巻物を収集する努力をし、それを登録・分類、整理・組織化し、解題する専門家を配置したようである。
 そうした世界史的歴史性のゆえんであろうか? 欧米では医師・弁護士と並んで図書館司書は専門性が認められ、尊敬される名誉ある職と言われているそうだ。残念ながら日本の場合、図書館司書に対する、そうした社会的認知はないが、それでも国立国会図書館の館長の待遇が国務大臣と同等、副館長が各省次官と同等であり、各種法案・案件の調査及び立法考査をするため、専門調査員を配置し、各種の地位へ有資格者を任命することを原則にしていることを考えれば、公権力にとっても、その専門性が期待されてきたことは想像に難くない。
 もちろん現代の図書館は歴史的反省に立って「図書館の自由に関する宣言」をし、あらゆる圧力から自由であろうとし、論争課題は、あえて両方を提供し、市民の判断に委ねることを任務としているので誤解しないで頂きたい。
 しかし、自治体の図書館においては先に見てきたように、理事者が従来の現場職員の専門性をますます否定し、単純労働化し、有資格者だとしても経験が浅く、安価な労働力にとってかえる傾向にあることは間違いない。もちろん、こうした潮流の底流には経済構造があることも忘れてはならない。こうした事態にあって私たちは市民的公共性に基づいて専門性を問い直し、行政・営利企業等の、どこに専門性を蓄積し、どんなふうに経験を蓄積してゆくのが望ましいのか、どんな労働条件が市民的公共性にふさわしいのかを検討する必要があるのではないか?委託に端を発した市民的公共性と専門性。今後、さらなる研究を要する課題である。

行政は太鼓、市民は鉢

 最後に町田市の状況を簡潔に紹介したい。
 町田市立図書館を管轄する町田市教育委員会では業務委託もPFIも指定管理者制度も図書館にはなじまないという見解である。「町田市教育委員会では」と限定した書き方をしたのは町田市の市長部局からは図書館の業務委託やPFIや指定管理者制度の導入の意向が見え隠れし、町田市立図書館に、それが陰に日に伝えられるからである。
 町田市立図書館では、図書館サービスの向上という観点及び、このような社会的状況と庁内事情を踏まえ、さらなる開館日数の増加や開館時間の延長に取り組んでいる。また、人件費削減や資料費確保のため、常勤の正規職員を削減し、非常勤の嘱託員に切り替える処置なども行っている。様々な問題をはらみつつ、こうした痛みも伴う内部努力を続けている。
 さらに町田市立図書館では利用者の期待に応える専門職集団の形成をめざし、長年、専門職制度の実現を提言している。この専門職制度は町田市教育委員会も認めた提言であるが、残念ながら、やはり町田市の市長部局との見解の相違等があり、その実現の道は険しい。しかし、「専門職制度」ならぬ「専任職制度」というものは近々発足できそうな運びとなっている。これは一歩前進であるが、様々な課題と危険もはらんでいる。
 『行政は太鼓、市民は鉢』。皮をなめし、木を磨き、鉢で、しっかり太鼓を叩く。黙っていては太鼓は鳴らない。力強く的確でなければ良い音は出ない。町田市立図書館を真に市民生活とまちづくりに役立つ図書館とするためには、現場職員の踏ん張りと共に、市民の力が必要だ。
 私は12年間、町田市立図書館に勤務していたが、この4月の人事異動で図書館を去ることになった。しかし、まちづくりにおける図書館の重要性を知るものとして、皆さんと情報を共有しながら議論を深め、今後も市民自治の確立に寄与したいと思う。

(ふるかわ,かずたか) 

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