情報センター通信 第26号  市長 市議


『循環、多様性、共生:地球環境についてのグローバルな視点を』

広瀬立成

進化宇宙論の立場に立って、地球の誕生、生命の発生を振り返えったとき、地球が生命の星として存在してきた天文学的原因が明らかになります。生物の存続の基本的条件は物質・エネルギーの「循環」であり、それを保証するために、生物界は多様性と共生のシステムを創造してきました。 ところで、生物進化の頂点に立つ人間は、知性と欲望の赴くまま、20世紀において科学技術を画期的に発展させました。それは、人間生活に利便性をもたらしましたが、他方では、宇宙?地球?生物系の循環ルートに重大な影響を及ぼすことになりました。 この小論では、地球の誕生、生命の発生と生物生存の条件を探りつつ、地球の未来と人類の行方について考えてみたいと思います。

2 宇宙の開びゃくと地球の誕生 

今から140億年前、宇宙は微少な火の玉として誕生しました。今日の宇宙は光で走っても140億年もかかる広大な世界(140億光年)であり、その中に無数の星が浮かんでいます。物質を作っているのは陽子、中性子、電子という3種の素粒子です。宇宙開びゃく初めの1秒くらいまでは、これらの素粒子が、約1兆度という高温で小さな宇宙の中を飛び回っていました。重要なことは、初期の星には今日地球上で見る重い元素、例えば生体を作っている炭素、酸素、窒素などが存在しなかったということです。それは星の死とともに宇宙空間に放出され、再び重力で収縮しつつ次に誕生する星に取り込まれてゆきます。そのような星の生と死の連鎖の中で、少しずつ宇宙空間に重元素が蓄積されます。幸いなことに、わが太陽系は、宇宙開びゃく約95億年たったところで誕生しました。95億年の間には、この太陽系の宇宙空間では、星の生死がくり返されていたにちがいありません。

3 宇宙に浮かぶオアシス、地球 

45億年前、わが太陽系が創造され、数億年後、その惑星の一つ地球上に生命が発生しました。最近の宇宙探査機によって、かつて火星にも水があったことが明らかになり、生物が存在したのではないかということが話題になっております。しかし、45億年という太陽系の長い歴史の中でいつも水が存在しえたのは地球だけです。地球は宇宙に浮かぶオアシスなのです。水が生命にとって欠くことのできないものであるとするならば、今日生命が存在できる星は地球だけということになります。では、なぜ地球だけに水が存在するのでしょうか。酸素がなかったために、初めに現れた生命体は、酸素を必要としない生物、すなわち植物でした。植物は、太陽光線(のエネルギー)を利用して、炭酸ガスと水から成長に必要な物質(ブドウ糖)を作ります。この炭素同化作用において、吸収した炭酸ガスとほぼ同量の酸素が放出されます。 動物は植物が廃棄した酸素を吸収し炭酸ガスを放出しますが、その炭酸ガスを植物が吸収します。植物・動物とともに、地球上の生態系で忘れてはならないのが菌類です。植物は太陽エネルギーによって成長し、それを動物が食べて成長します。植物と動物と菌類は、たがいに相手の廃棄物を資源として共生しているのです。

4 なぜ地球には生命が存続するのか 

地球上に生物が存続するための基本的なしくみを、宇宙論的視点から探ってみましょう。 まず、わが太陽系が宇宙開びゃく95億年たったところで誕生し、それまでに作られていた重い元素が地球に取り込まれたことがあげられます。重元素なしでは、生体を作ることはできません。もしわが太陽系が、もっと早い時期に作られていたとしたら、現在見るような多様な物質の世界は実現しなかったでしょう。 植物は太陽光線を受け取り、光合成において熱エネルギー(赤外線)を発生します。植物にとって太陽光線は生命維持に必要な資源であり、熱エネルギーは廃棄物です。この廃棄物をうまく取り除かないと、生物は焼け死んでしまうことになります。生命維持のためには、必要な栄養を取り入れるばかりでなく、物質と熱(エネルギー)の廃棄のルートが確保されていることが肝心です。 廃棄物としての熱エネルギーを取り除くために,非常に効率の良い物質は水です。水は液体から気体(水蒸気)になるときに大量の熱(蒸発熱)を奪うからです。わずか1グラムの水でも、それが蒸発するとき540キロカロリーもの熱を奪います。熱は生命の維持ばかりでなく、人間の生産活動でも発生します。それを取り除くためには大量の水が必要です。そればかりか、太陽光線を受けて暖まった地面や海面などからもたえず水が蒸発して、地球が(金星のように)熱化することをくい止めているのです。水の惑星、地球が、液体の水を保持していることの重要性がわかります。 ところで、生命活動、太陽光線の照射、人間の生産活動などから放出される大量の熱が水の蒸発によって除去されるのですが、そのままでは、やがて水はすべて蒸発して地球は枯れ上がってしまいます。ここでも地球は多くの幸運に守られ、その結果、定常的な水の循環が可能になりました。まず、上昇した水蒸気が地球から逃げだせないのは、地球の重力のおかげです。地球が10%ほど太陽に近ければ地球は金星(表面温度は約470度)のように熱化したでしょうし、10%ほど太陽から遠くにあれば、火星のように凍てついた星になっていたでしょう。宇宙開びゃく95億年たったとき、この規模の太陽が生成し、ちょうどこの位置に、この大きさの星が誕生した------それが地球だったのです。

5 循環、多様性、共生 

地球の天文学的な位置付けから、水循環の重要性を見てきました。この大きなスケールの循環ルートによって、質の高い太陽エネルギーを取り込み、それを地球上のさまざまな活動に利用しつつ、残った質の悪いエネルギー(熱)を宇宙空間に捨てる、という仕組みが安定に働くことになります。ありがたいことに宇宙は、すくなくとも熱----物質ではないことに注意----のゴミ捨て場としては無限の収容力をもっています。 さてこの地球と宇宙空間にまたがる大きな循環ルートのなかには、さまざまな中規模、小規模の循環ルートが含まれています。たとえば、人間は食物と酸素を取り入れ、炭酸ガス、排泄物、熱を放出します。その炭酸ガスは植物に吸収され、排泄物は(一昔前ならば)直接植物の肥料になりました。このとき重要なことは、熱は宇宙空間に運び出せても、水以外の物質は地球上で循環のルートを確保しなければならない、ということです。産業活動から放出された炭酸ガスも、植物に吸収されたり雨によって海や土壌に吸収されていれば問題はないのですが、それを越えると循環のルートから外れたガスが大気中に停留し地球温暖化を引き起こすことになります。水が化学物質で汚染されると、生命維持という水本来の役割が損なわれ、逆に生命の危機をもたらす危険な存在になります。

戦争の絶えたことのない人間社会を見ていると、共生を忘れた生物は人間だけであるという感を強くします。

6 われわれはどこへ行くのか

 20世紀は科学技術の世紀といわれます。科学技術は生活の利便性を格段に向上させましたが、その反面、大量生産、大量消費、大量廃棄というこれまでに人類が経験したことのない現象を生み出しました。このことによって、地球が40億年という長い歳月をかけて築き上げてきた物質やエネルギー(熱)の循環ルートは、大きく破壊されつつあります。 ここで物理学者として一言つけ加えたいことは、科学と技術とは別物であり、それがあたかも一体化したような「科学技術」という概念はありえないということです。 もっぱら物質的な豊かさを追い求めてきた20世紀。化石燃料などの資源を大量に人間社会へ導入しながら、その廃棄の道筋にまったく無頓着であった20世紀(その典型は、原子力発電における放射線廃棄物の処理です)。自然を人類の支配下に置きつつ、生物間の多様な循環ルートを切断してしまった20世紀。 このような人間活動は、日常生活の中に予期せぬ公害を発生させ、多かれ少なかれ、だれもが不可避的に被害者になるという事態を招くことになりました。そればかりではありません。本来人間は、人間と自然、あるいは人間どうしの間に張り巡らされている、無数の循環ネットワークの中でしか存続することはできないのです。

7 今人間は何をすべきか

(1) トータルな世界観

しかし、地球のあり方そのものについての包括的な研究は著しく立ち遅れており、そのことが20世紀物質文明の病根を発生させることになりました。

(2)節度ある成長

ここでもう一度、これまでの物質的な欲望文明のあり方を反省し、あらゆるものが共生できる節度ある成長への回帰を真剣に検討する必要があります。それは一朝一夕に達成できるものではありませんが、だからといって、そのままにしておいたのでは、人類存続の危機が加速されることもまちがいありません。