センター通信第19号(2002.11.30発行)


里山の保全とコモンズ            稲城市  菊池和美


 昨年11月発行情報センター通信第15号に、私の住んでいる稲城市に最後に残された里山・南山の開発計画について書かせていただきました。その後、開発側の環境アセスメント手続きはどんどん進み、1016日には環境影響評価書公示縦覧手続きに入ってしまいました。しかし、この後、都市計画決定、地権者の同意などの手続きが残っていますので、引き続き、地権者などへの働きかけを行なっていきたいと考えています。アセスメントでは都の指導により事業者との検討会を行なう事になっています。また、生物調査などを継続して行なっており、今後も事業者には意見を言っていくことにしています。この不況の時代に本当にこのまま開発計画が成立するのかという疑問と、事業がうまく行かなかった場合地権者である農家の方々はどうなるのかと、自然破壊のことだけでなくその事も大変心配です。
 この1年間、私達市民も南山の自然や農業や税制について学習を重ね、南山の問題をまちづくりの問題として捉え、市民からも積極的に自然を残すための対案を出そうというところまでこぎつけました。本年5月26日には講師の方やパネラーをおよびして「稲城里山フォーラム」を開催しました。その中でこれからの里山保全の鍵は「コモンズ」であるということが確認されました。
 自然保護を論じるときに土地が私有財産であることが大きな障壁です。では土地を公有化したらいいのか、というとそれで全てが解決できるわけでもありません。現在日本の国有林や保全地域などの公有林では手入れがされずに放置され、有効な利用もなく、市民が親しむということも難しく、また緑地買収に大きなお金がかかるなど欠点も沢山見え始めています。ではどうすれば里山は守れるのでしょうか。
 そこで出てくるのが「コモンズ」です。コモンズという言葉が分かり難いようでしたら、日本の入会制度と同じであると考えればいいと思います。日本では明治維新の地租改正で土地が私有化され地税がかけられるまで、殆どの里山は入会地でした。稲城市では江戸時代の新田開発で大方の土地が私有地になりましたが、それでも古くから稲城にお住まいの土地の方に聞いてみると、つい20年前まで各村単位に入会地が残っていて、入会地の木材は架橋の修繕や村の行事などに利用されていたという事です。また入会地ではない個人所有の山でも、堆肥を取ったり炭を共同で焼いたりして入会的な利用をしていたようです。
 里山を守るためには地域の人が里山に近づき、入り、利用し、管理することからまず始めなくてはなりません。里山の管理を地域の人々が行うというのは1つのコモンズです。また里山は地域住民にきれいな空気と豊かな土壌と水を供給しているのですから、里山を守っている農業者の方々に市民や企業がそれなりの税金のようなものを支払うということも考えて行かなくてはならないでしょう。これも1つのコモンズです。以前、稲城市の農家のかたがた40人に農業者は環境を守っていると思いますか?というアンケートを取ったことがあります。回答では殆どの方々がその意識をお持ちでした。また一般市民60人に農業者の環境保全的な働きに対して何らかの補償をすることに賛成しますか?と質問したところ殆どの方々が賛成すると回答しました。双方の理解は得られるな、とその時に感じたのですが、行政でも是非新しい環境税的な制度を検討して欲しいものです。
 また農家の方の作った作物を地域で買い支えることで、里山を守っている農家の方を間接的に支えるという仕組みも在る意味ではコモンズの1つといえるでしょう。様々なコモンズの形がありますが、「農業者だけが里山を支えるのではなく、地域全体出支える」ということが基本になると思います。

 南山を守る私達は、今後ハードとソフトの両面からこのコモンズを実現して行けたらと考えています。ソフト面では上に述べたような地域が農業者の負担を支えて行くという仕組みを稲城市の中に作って行くことです。いいかえれば「里山条例」を作ることかも知れません。もう1つはハードの面で南山の町作りを考えることです。現在会では専門家の方の援助をいただいて、現在の計画とは違った南山のまちづくりを考えています。その1つとして、南山の自然豊かな森林地帯はこのまま残していき、現在荒地として未利用の地帯を五階建てくらいの住居を建てることによって自然と地権者双方を守ろうというものです。森林地帯は住居部分の方々の共同の庭として位置付け、市民もその管理運営に携われることができるように使用するというものです。この根底には里山を切り売りしないで共有財産『コモンズ』として残すという考えがあります。その外にも市民農園として荒地を利用し、地権者の利益にし、結果的に里山保全を実現しようという案等、などが幾つか出ています。開発から取り残された稲城市ですが、だからこそ出来るまちづくりが絶対にあるはずです。これからの人口減少時代を生き残る為にも新しい発想のまちづくりが必要だと感じています。