センター通信第19号(2002.11.30発行)


「福祉の町田ってほんとう?」第2
 聴覚に障がいがある人にとって

編集部 

 今回お話を伺った八木道夫さんはプロの洋画家だ。町田市役所の市長室に入ったことのある人なら壁面に飾ってある青山元市長、大下元市長の肖像画を覚えているかもしれない。その2枚を描いたご本人である。他にも多数の有名人を描いておられる。焼津市で生まれ育ち18歳で県立静岡聾学校を卒業後、小田原の美術肖像学院で学び、現在はその道の第一人者として活躍中。さらに町田聴覚障害者協会の代表も務めるという大変多忙な方である。今回ご無理をお願いして時間をとっていただき大蔵町のご自宅にお邪魔し、妻の由利子さんの手話通訳でお話を伺った。 

Q.町田にいらして何年になりますか?

A.19年です。

Q.どうして町田を選んだのですか?

A.画家という仕事を続けるためとさらに勉強するために東京に住むことを望みました。

 東京はやはり情報量が違いますからね。町田市が「福祉の町田」と言われていたことは後になって知りました。

Q.町田の福祉行政をどう思いましたか?

A.障害者福祉といっても様々な障害があります。確かに車椅子や視覚障害の人などに

とってのハード面の整備は他と比べると進んでいたと思いますが、聴覚障害に対して

は遅れていると思いました。それで、仲間とともに活動を始めたのです。

Q.聴覚障害のある方にとって一番不便なことは何ですか?

A.人とのコミュニケーションがとれないことです。

  必要な情報が得られないことは、時には命に関わる切実な問題です。

  たとえば、交通機関を利用するとき、災害などの緊急時などです。

Q.聴覚障害のある方が必要な情報を得るためにどんな支援が必要ですか?

A.一番必要なのは「手話通訳者」です。

病院や役所の窓口など公共施設に手話のできる職員や手話通訳者を置いてほしいと長年要望していますが実現していません。

最近は病院の薬の順番表示や電車内の案内に電光表示板が増えてきましたがこれらは

聴覚障害者が要望し運動して実現したことなのです。すべての人にとって便利なシステムですね。でもごく一部です。

Q.紙に書く「筆談」ではいけませんか?

A.市役所の人もそう言います。でも、多くの先天的な聴覚障害者にとって、また、言語を獲得する前に失聴した人にとっては単語を並べることはできても言葉を文章にして論理的に構成するのは容易なことではないのです。苦手意識があるため、できればやりたくないという気持ちを持っています。外面的には障害がどこにあるかわかりませんからよく外国人に間違われるのです。  

Q.なるほど。まさに外国人のような感じなのですね。

手話通訳者の体制はどのようになっているのですか?

A.町田市に登録している手話通訳者は22人です。でも、実際に活動できる人は10

くらいでしょうか。年間派遣数が約800件です。ちなみに聴覚障害児者は市内に

800人います。

Q.活動しておられる通訳者はたった10人なのですか?

手話通訳者の養成はどこで行われるのですか?

A.社会福祉協議会のボランティアセンターが手話講習会を行っています。

  初級・中級・上級とあって、上級修了者は町田市の手話通訳登録資格試験を受けるこ

とができます。初級の受講希望者は定員以上の応募がありますが、上級まで残る人は

少なく、市の登録資格試験を受けて通訳者になる人はさらに少ないのが実態です。

以前は夜の部の講習会があったのですが、3年前に昼の部だけになってしまいました。

Q.なぜ、夜の部がなくなったのでしょう?

A.社会福祉協議会への市からの予算削減が理由でした。そのため仕事を持っている人や

学生が受講できなくなってしまいました。そもそも社会福祉協議会の手話講習会の目

的は「手話奉仕員(ボランティア)の養成」であって「手話通訳の養成」ではないのです。これは町田市の方針でもあります。

Q.市や社会福祉協議会へ夜の部の復活を要求しましたか?

A.もちろん毎年要望を続けています。しかし待ってばかりもいられません。夜の部がなくなった年から、手話サークルと聴覚障害者協会がお金を出し合い、講師料を低額に抑えるなど苦労して独自に夜の講習会を始めました。ただ、市がやらなくていいという口実にされそうで心配なのですが。

Q.手話奉仕員と手話通訳者はどう違うのですか?

A.奉仕員はあくまで奉仕。ボランティアです。サークル活動や地域の中でのおつきあいならそれで済みますが、たとえば病院で医師のインフォームドコンセントの内容や薬の説明を間違えたら命にかかわります。通訳者は専門家であり、それだけ責任があるということです。市の派遣事業として聴覚障害者に必要なのは奉仕員ではなく通訳者なのです。  

Q.通訳者の派遣はどのようになっているのですか?

A.市に手話通訳者派遣制度というのがあって、市の障害福祉課に申請すれば派遣しても

らえる制度です。ただし、こちらからは通訳者を選べません。ですから誰が派遣されるかわかりません。技術面でも不安があります。また政治・宗教に関することでは派遣してもらえません。

Q.緊急時の連絡はどうのようにするのですか?

A.5〜6年前に鶴川団地に住んでいた聴覚障害者のご夫婦の0歳の赤ちゃんの病状が

夜中に悪化したのですが救急車を呼べず、近所にも言えず、結局死亡してしまうとい

う痛ましい事件が起きました。

  そのことがきっかけで市への要望を強め、45年前にやっと手話通訳派遣制度の中に

「緊急連絡網」ができました。通訳者の中で緊急連絡を受けて通訳活動ができる人(自己申請登録)に、直接FAXを送ることができるというものです。今は消防署にも

FAXできるようになりました。しかし、連絡できても消防職員に手話のできる人がいなければ現場でまた通訳が必要となります。市役所の各担当のFAX番号は一部しか教えてもらえません。

Q.そんな事件があったなんて知りませんでした。自分も含めてですが、社会が無関心で

あることは罪ですね。  

  聴覚障害者の方々は手話をいつ、どのように学ぶのですか?

A.聾学校では手話が禁止されてきました。今も禁止しているところがあります。

Q.えっ!? 手話が禁止なのですか?何を学ぶのですか?

A.口話教育を学びます。相手の口の形を見て読み取り、言葉を発声する訓練を受けます。また、補聴器をつかって聴くという訓練をします。「少しでも健常者に近く」という思想に基づいているのですが、この方法での意思疎通には限界があり、聴こえない人たちは集団になると自然に目で見える言葉を使って話すようになります。私も学校で、先輩が使うのを見て覚えました。聴覚障害者にとって手話こそ自然な言語なのです。

Q.自然に手話ができるようになるとは知りませんでした。

  手話の表現が外国と違うと聞いたことがありますが、日本の標準はあるのですか?

A.方言のような違いはありますが、NHKの手話ニュースが将来的に、また、世代交代の中で、標準語として一般的になっていくと思います。でも聴覚障害のある人が外国に行ったときは、なまじ外国語を使う健常な人よりも聴こえない人の方が2〜3時間で通じ合うようになります。私も日本より外国のほうが通じたりしてね。

Q.手話はグローバルな言語なのですね。その手話を聾学校で禁止しているとは・・・。聾教育が必ずしも当事者の立場に立っていないというのは大きな問題ですね。

A.世間や聾教育者の中には、私たち聴こえない人は劣っていて、聴こえる人が優れているという誤った認識があります。聴こえない人でも、話し言葉や、文章、発音が上手な人が優秀だと。健常者に近づけさせようとする教育は、今も昔もあまり変わっていませんね。聴こえないことは不便ではあるけれど決して不幸ではありません。手話と言う目に見える言語をお互いに身につけていればどんなことでも語れますよ。

Q.さて、今後の活動の課題についてお聞きしたいと思います。

A.聴覚障害者協会として毎年市への要望を提出し、町田市障害者計画策定委員会へも意見を提出し、一部実現できたこともあります。弱者に補えることは、結果的に健常者にも便利になり、社会が豊かになることですよね。けれどもまだまだですので、今後も働きかけを続けていきます。

 

インタビューは3時間近くにおよび、聴覚障害者の方々が置かれている現状をほとんど知らないままのぶしつけな質問にもかかわらず、八木夫妻は息の合った手話通訳で熱心に丁寧に答えてくださった。それにしても「福祉の町田」にはほど遠い現状である。まさに当事者不在の福祉行政であり、障害児教育である。これだけ豊かになった社会の中でいまだに社会の関心の外に置かれ、基本的人権ともいえるコミュニケーションの自由を保障されない方々が存在するという事実。そんな中にあっても、絵の才能を発揮し画歴を重ねつつ運動を続けてこられた八木さんは、聴覚障害者の仲間を引っ張っていくリーダー的存在としてこれからも活躍されることだろう。そして私たち市民も当事者の方々といっしょになって運動していかなければならないと思う。「障害は不便ではあるけれど決して不幸ではない」と語ってくださった八木さん。たまたま障害をもって生まれてきても、あるいは中途障害となっても、「生まれてきて幸せ」と思える「社会」でなければならないと思う。そして障害のある人に必要な「制度」や「機器」が整った社会は、実はすべての人にとって住みやすい、豊かな社会となるのだから。