センター通信18号
2002.8.31発行


ケンジ・ステファン・スズキ氏の講演と、「風の学校」の体験の感想
今井窓香

 スズキ氏のお話を初めて伺ったのは、6月21日に町田で行われたグループ時間の花主催の講演でした。約2時間の講演の中、感動し、幾度か涙が出そうになりました。
 環境関係の講演では、ノウハウや、環境問題の背景のみが語られる事がしばしばですが、スズキ氏の講演では、環境問題だけではなく、デンマークの国のあり方、人間というものについて、生き方について、きっちりと掘り下げて話していただけたのが、心に響いたのだと思います。スズキ氏の哲学の上に、デンマークの考え方、システムを学べたことは、貴重な経験でした。

環境問題の根源は人間の生き方
 環境問題をどう解決するか考えていくという姿勢では、実は何の解決にも導かれないのではないか、という疑問が以前から私の中にありました。人間の生き方、考え方、行動に、何らかの問題があるからこそ、環境問題が今日まで解決されていないのではないかと思ったからです。また、環境問題が解決したとしても、戦争で地球が滅んでしまうのでは意味がないし、飢餓で苦しむ人を見殺しにしたまま、お金のない人が横で倒れたとしても気にもとめない世の中が存続するために地球環境を守ったとして、一体どんな意味があるのか、という疑問です。
自然とは何か。私は何のために生きているのか。仕事とは何か。そんな一つ一つの、完璧な答えのあり得ないような疑問に取り組んでこそ、環境問題に取り組む姿勢が成り立つのだと思います。そこから始まってこそ、本当の意味で環境問題について取り組む用意ができ、社会のあり方の理想やビジョンも自然に伴っていくものではないでしょうか。福祉、環境、教育ともに優れたところの多いデンマークのあり方を学んで、疑問は間違ってはおらず、全てがつながっているからこそ、ひとりひとりの生き方が重要になってくるし、社会の仕組み作りが重要な鍵になってくるのだと確信しました。
答えのない問題について取り組んでこそ、やっと人間は自分らしい生き方ができるのだと思います。答えが生涯わからないとしても、考えながら生きていくことが哲学であり、そこから自分らしいスタイルが生まれ、よりよく生きることや、よりよい社会へ向けての展望が開けていくのではないでしょうか。

水と空気なしに人間は生きられない
私が感動したのは、「生きるということは、どういうことなのか」「地球上に存在することの意味とは何なのか」そんな究極的な問題に真っ向から取り組んだ人の言葉であったからだと思います。スズキ氏は以前、飲まず食わずで過ごしてみたことがあるそうです。そして、生きるということ、自分の肉体が水と空気無しでは一時も存在できないことを改めて認識されたそうです。だからこそ、「水と空気は人間が生きていくために最低限必ず必要なものであるから、これらは守っていかなくてはいけないのだ。」と彼が言う時、説得力があり、感動したのだと思います。
 地球上に存在することの意味とは、「なぜ環境問題を解決しなくてはいけないのか」「人間が途絶えてしまっては、なぜいけないのか」という質問に答えるものです。スズキ氏は、人間の可能性を信じていて、より幸せな未来をこの地球で人間が実現するために、地球を守らなくてはいけないし、人間が生きていける環境を整えなくてはいけないと考えているようでした。
そうやって掘り下げるからこそ、今の自分に何ができるか、ということを一人一人が本気で捉え、行動につながるのだと思います。スズキ氏は教育も強調していましたが、何かを覚えること、知ることも大切ではありますが、自分で考えるチカラを養うこと、自分の哲学を持つようになるきっかけが、教育なのだと思いました。教育が大切なのは、自分で考えるチカラをつけることが全ての大元だからなのです。
そして、地球で生きていくために、どうしたらよいのかと考え工夫するために必要なのが、応用できる元になる知識であり、それが発想と結びつく時に、知恵となるのでしょう。
その知恵が、デンマークでは、農家のバイオマスや風力発電として現れたのだと思います。

 人間の弱さにも目を向けたシステム
デンマークは管理社会であると感じました。国民に番号がつけられていて、税金も、とにかく細かく取られていることなどからです。しかし、理想を求めるだけでなく、人間の弱さにも目を向けているからこそ、人間の損得勘定をどのように使うか考えた上で、システムが作られているということでもあります。投票、福祉、教育、課税などのそれぞれに、「いいこと」をしたら得をするように工夫されたシステムが見られます。投票制については、日本も取り入れているにもかかわらずあまり成功しているようには見えませんが、デンマークでは投票率が80%をこえていて、国民が良くないと思った政治家は直ぐに選挙で落とされ、19歳でも当選するなど、より良い世の中を作っていくのにきちんと機能しています。福祉については、最低限の生活がどんな人にも保証されているため、ただ「生きていく」ために働かなくても良い、という安心があるのではないでしょうか。ということは、自分の好きな仕事を選びやすくなり、起業しやすくもなり、自分を生かして世の中に貢献しやすくなります。さらに教育では、考える機会を作り、課税は、環境に悪い物は高くし、良い物の補助金に回すといった具合です。
 日本は日本で、日本にあった形のものにする必要があることは、文化、国民性、土地の違いなどからも明らかです。現在大学4年生、就職活動中ですが、必ず、心でできる仕事、自分を大切にし生かすからこそ社会にも貢献できるような仕事ができるようになりたいと思っています。「心で仕事をしている」と語りながら生き生きと仕事をしているスズキ氏にお会いできたことで、人生へのポジティブな希望を持つことができました。だから、決してあきらめません。

 自分も他人も大切にする
スズキ氏とお話していて、一番印象に残ったことは、本音で生きると言うことがいかに大切で、大変かということです。つまり、自分を大切にするからこそ他人も大切にする、自分の生きたい生き方で生きるからこそ、社会のために何かができる、自分を愛するからこそ人のために何かしたい、というキリスト教的な愛の在り方を感じました。日本では、どうしても滅私奉公というか、自分を殺して他人に尽くすほうを美徳と考えがちです。
自分の感情や価値観をなげうって、会社の利益になるビジネスであれば納得がいかなくとも本気で取り組むという姿勢です。人が「仕事だから割り切る」という時、このことを指しているのではないかと思います。過労死という日本語は、Karoshiとそのまま英語になったほどですが、たとえ残業が続いて自分の時間さえ無くなるほどであっても仕方のないことだとあきらめられるのは、自分の人生というのが何であるのか、自分に与えられた人生という時間を何に使いたいのか、そもそも何のために働いていたのか見失ってしまっている証拠ではないかと思うのです。デンマーク人の持つ行動力の裏づけは、教育により人が哲学していて、自分の人生を生きているから、何かがおかしいと思ったら行動できるのではないかと思いました。

最後に、スズキ氏の言葉で一番心に響いたことをここに記して終りにしたいと思います。
「もっとも大切なのは、人類が生き延びることだと思うのです。自分ひとりが生き延びられればいい、ということではなく、次の世代へ地球上の様々な生命を引き継いでいかなければならない。できれば豊かに生きていけるようにね。人を愛することと自分を愛する事は一緒なのだから。」(Accessmag vol.9 平成10年発行より)


<参考>
*ケンジ・ステファン・スズキ氏のプロフィール
 1944年岩手県生まれ。青山学院大学経済学部を中退し、デンマークに留学。コペンハーゲン大学政治経済学部で学び、在デンマーク日本大使館勤務を経て、中部ユトラント商科大学会計学部に進み、同大学税法学科を卒業。1979年にデンマークに帰化。農場経営に携わり、1990年、リサーチ会社SRAデンマーク社を設立。1997年、風力発電と環境政策の研修センター「風のがっこう」を開校し、デンマークの環境教育と環境政策に関する研修を実施している。今年6月に丹後半島に日本で第一号となる「風のがっこう京都」を開校。

*「風のがっこう京都」
 1997年にデンマークに開設された「風のがっこう」は、環境・エネルギー政策を学ぶための研修センター。「風のがっこう京都」はその精神を受け継ぎ、京都府弥栄町に今年6月設立された「環境教育」「自然体験」「産業創出」を学習するための研修施設である。