情報センター通信第17号
2002.5.26発行


新市政への提言

                   武田  悠

はじめに

今年(2002年)2月、町田市において今世紀最初の市長・市議会議員選挙がおこなわれた。市長選は定数1に対して現職を含む5名が、市議選は定数36に対して新人19名を含む45名が争うことになり、複雑な陣営間の思惑や確執もからんで、激しい選挙戦が展開された。開票の結果、市長には現職の寺田氏がその手堅い行財政運営を評価されて4選を果たした一方、市議には新人12名が新たに議席を得ることになり、市議会における新旧交代の様相を強く印象づけた。また、市議会議員定数36名のうち、女性議員が全体の4分の1にあたる9名を占めることになったことも注目される。もちろん、女性であること自体は市議会議員としての資質とは関係がないが、市民の選択として新しい視点での市政運営を望む声が強くなっているということはいえよう。

とはいえ、市議会の状況について述べることが本稿の目的ではない。本稿では、4期目に入った寺田市政の課題について、自治体行政を取り巻く新しい状況もふまえて考えてみることにしたい。

 

「あたらしい公共のかたち」

今回の市長選挙にあたって、まちだ市民情報センターでは47項目からなる公開質問

状を各候補者の陣営に送付し、回答を求めた。残念ながら現職市長からの回答はなかったが、他の有力な2陣営から回答を得ることができた。公開質問状の中味は、地域コミュニティ、大規模区画整理、地域医療、教育・文化、都市交通など、多岐の分野にわたっている。そのどれもが今日の町田市政にとって重要な課題であることは論を待たないし、この47項目の設問を通して町田市政全体の現状と課題も浮かび上がってくる。本稿の冒頭で、今回の市長選は21世紀に入って初めての選挙だと述べた。それは、つまるところ、この選挙によって信任を得た市長が展開する4年間の市政が、21世紀前半の町田市のありようを方向付ける重要な意味を持つということである。たかが4年ではないか、と思われる方もいるかもしれない。しかし、時代状況がめまぐるしく変化する今日の社会において、この年月が意味するものはたいへん大きいといわざるを得ない。もし仮に、この4年間が何の進展も可能性も示せずに終わるのならば、「失われた」時間は、4年に倍するものになることを肝に銘じておかねばならない。

さて、そのような視点でこの47項目を改めて見返してみると、ある根元的なテーマに

たどりつく。「あたらしい公共のかたち」。活力あふれる21世紀の市民社会を支える、これまでとは大きく異なった新しい自治のしくみの「創造」である。

 

変革の時代

今、全国で呼び方はまちまちではあるが、「自治基本条例」づくりが相次いで進められ

ている。自治基本条例という言葉を初めて耳にされる方もおられるかもしれない。誤解を恐れずに言えば、国の憲法にあたる自治体の「憲法」をつくろうというものである。すなわち、まちづくりを担うのは誰か、どのように地域を統治するのか、そしてなによりもどのようなまちをつくるのか。そういったことを自治体にかかわるすべての主体が互いの契約として確認することである。自治体にかかわる、とは、たとえば当該地域に居住する「市民」に限定する必要は必ずしもない。市内に在学・在勤する人々や市民活動をおこなう人々あるいは市内に買い物に訪れる人々でさえ、「自治体にかかわる」といえなくもないのである。

さて、前段が長くなってしまったが、前述のそうした動きには背景がある。高度経済成長期を経て、社会資本整備も大きく進む中、とくに都市部において行政と市民の間に「公共」をめぐる認識のずれが次第に大きくなっていった。自治体はものいわぬ多くの民(サイレント・マジョリティー)に直接向き合うよりは、「上級官庁」である国や都道府県の顔色をうかがい、自分たちが考える「公益」実現をひたすら追求した。市民の側にも問題がなかったわけではない。自分たちで工夫すればできることも、安易に行政に解決を迫ったり、行政はそもそも悪の存在であるかのような一方的な断罪をおこなうこともあった。行政と市民、そのどちらにも共通することは、「対話の欠如」である。

その後迎えたバブル経済も終焉を告げ、長引く景気低迷に起因する「低成長時代」が訪れる。右肩上がりの経済成長を続けていた時代には、人々の要求を行政がすべて飲み込む形で不満を処理することが多かったが、それが困難になったのである。行政需要は減少するどころか、少子・高齢社会や情報化、環境保護への取り組みなど新しい行政課題も抱え、増大する一方である。極端な場合には、自治体の運営次第では、「破産」を意味する財政再建団体へ転落することすら、現実味を帯びるようになった。行政は厳しい行財政運営を迫られ、人々はこれまでの当たり前がそうではなくなったことを実感するようになった。都市化によるコミュニティの弱体化も手伝って、自らが身近な問題を解決する必要に迫られることが多くなった。こうした状況の中、地域社会や自治体の仕事に関心を寄せる人々が多くなったのである。

 

新たなしくみ作りへ

地域社会や自治体の仕事に関心を持ち始めた人々は、まず、行政との対話を始めた。

なぜ、自分たちのニーズと行政が考える「公益」の間にズレがあるのか、行政の意志決定はどのようなルールや手順でおこなわれるのか、そもそも公共や公益とは何か。それは、失われた時間を取り戻し、市民と行政の信頼を新たに構築する作業でもある。そして、対話の到着点は一つの問いに至る。まちづくりの主人公はだれか、という問いである。市民は長らく、自治体の「お客さま」であり、物言わぬ「奴隷」でもあった。今、そのどちらでもない、市民みずからが自治の担い手として覚醒しようとしている。「自治基本条例」は、市民がそのことを高らかに告げる宣言でもある。

行政との「対話」だけではない。自らの役割を自覚した市民は、地域でさまざまな活動に取り組み始めた。里山の管理、高齢者サービス、放課後のこどもたちの居場所づくりなど、まちづくりのさまざまな場面で市民が多く活躍する姿が見られるようになっている。行政もかつての安上がり行政論からの市民活動への期待を乗り越えて、行政・市民が対等な新しい関係――協働・パートナーシップ――を模索しつつある。ただし、めざす道は決して平坦ではない。行政の中にみられる根強い市民活動への不信、自治の担い手たる新しい市民像へのとまどい、あるいは具体的な相互の関係のありかたなど、克服・研究すべき課題も多い。しかし、行政もただとまどっているだけではない。町田市は昨年、庁内に「市民活動の支援に関する検証及びルール化」プロジェクトチームを発足させた。その検討の中で、NPO(営利を目的とせず、公益事業をおこなう市民・地域団体)を豊かな地域社会をつくるために欠かすことのできない重要なパートナーと位置づけ、NPOに対しておこなったアンケート回答やその分析に基づき、具体的な支援のあり方についてある程度の考え方を示すに至った。報告書もつくられているので、興味がある方はプロジェクトの事務局である担当課(企画部政策審議室)に連絡をとられてもよいかと思う。

 

寺田市政に望む

寺田市政に望む最大のことは、市民と直接向き合い、語り合い、市政への市民参画を

制度的にも実質的にも保障し、実現することである。一見難しいことのように思われるが、首長の姿勢一つで現実のものになることは、いくつかの自治体の例でも明らかである。町田市において、今ほど市政への市民参画の意義が大きな意味を持つことはない。新市庁舎の建設、廃プラスティック中間処理施設の建設、大規模区画整理、子育て・子育ち支援、高齢者介護・支援…。市民生活に大きく影響を与える課題が山積しているからである。市民もまた自らの決定や行動に責任を負い、自治の担い手としての能力や意欲があることを具体的な事例の中で実証していく必要がある。

 水面を漂う浮き草でさえ、寄り集まれば家を建てても沈まないほどのしっかりとした強さを持つ。まして、私たちは地に足をつけて日々を生きる。私たちにとっての「まち」は、私たちの分身なのだ。今、古く大きく重い時代の扉がきしみながら、ゆっくりと開き始めた。