情報センター通信第14号
2001.8.31発行


投稿 ごみ分別収集とごみ分別排出者としての住民
――沼津市を事例に――


天野 武(中央大学文学部)


1.はじめに
 全国でごみの分別収集が実施されているが、ごみの分別収集を実施することと実際に住民が分別排出をすることとは別問題である。住民がごみを分別して排出しなければ、分別収集という目的は達成できない[石垣、1999]。以下では、沼津市役所の生活環境部職員の聞き取り調査をもとに、行政がどのようにして住民に働きかければ、住民の協力が得られるかを考えていきたい。

2.態度と行動の不一致
 心理学者の広瀬は、総理府の「省エネルギーと環境に関する世論調査」(平成4年)をもとに、住民の環境問題への認識と実際の行動にズレが見られることを指摘している[広瀬、1995]。これは、住民が環境問題を改善したいと考えていたとしても、実際に、そのような行動をとるとは限らないということである。その理由としては、以下の2点があげられている[広瀬、1995]。
@環境問題の捉えにくさ
 個々の住民の行為と環境汚染の間には複雑で長い因果連鎖が介在している。つまり、住民にとって、自分の行為が環境汚染に繋がっていることを捉えることが難しいのである。当然のことながら、住民は環境を汚染することになる自分の行為をどのように変えれば良いのかもわからない。一般に、私たちの態度は行為の結果を反省することで修正される。例えば、男性が女性をナンパしたとして、その際の態度が問題であればナンパは成功しない。ここで、その男性は失敗から学び、態度を修正する必要がある。しかし、その男性が自分の態度が原因で失敗したと反省しないならば、態度の修正は行われず、同じような態度でナンパすることになる。このように、態度の修正には行為の結果に対する反省が不可欠である。しかし、環境問題の場合、行為と結果の間が大きく隔たっており、それらの因果連鎖は捉え難い。
A快適な生活と環境保全との両立しにくさ
 環境配慮行動にはコストが伴う。しかし、個人が環境に及ぼす影響は小さいことから、「自分一人くらいなら」という心理がはたらく。当然、すべての人がこのように行動すれば、環境は甚大な被害を受けることになる。同時に、自分一人だけ環境配慮行動をとり、他の人たちがとらないのであれば、自分一人だけ環境配慮行動に伴うコストを負担するにも拘わらず、環境の状態は変わらないことになる。
 ところで、環境配慮行動を規定する要因(以下、環境配慮行動の規定因)には「環境リスクの認知」「責任帰属の認知」「対処有効性の認知」があるという[広瀬、1995]。「環境リスクの認知」とは、被害の深刻さについての危機感である。「責任帰属の認知」とは、自分の行動が環境に影響を及ぼし得ることについての意識、すなわち責任が自分にあることから生じる環境配慮行動に対する義務感である。「対処有効性の認知」とは、自分が環境配慮行動をとることによって問題が解決可能であるか否かということについての有効性感覚である。これは自分の行為が結果に影響を与える確率とも言いかえられよう。上記の3つの要因に問題はないが、ごみ分別収集がごみ処理場の稼動に伴う市の財政問題から生じたことを考慮すると、環境汚染に関する危機感には、財政問題に関する危機感が組みこまれる必要がある。「環境リスクの認知」に、財政問題における危機感が含まれるのである。したがって、これらの要因を刺激すれば、住民がごみ分別排出をするように誘導することができる。
 今回、調査した沼津市は、日本で初めてゴミの分別収集を実施したことで知られている。それまでの可燃物と不燃物の分別に加え、資源ゴミ(金属類やガラス類)の別途収集を採用し、それらを売却するという、有名な「沼津方式」である。では、沼津市は、どのようにして「沼津方式」という分別収集を達成したのだろうか。

3.沼津市の試み
 筆者が沼津市生活環境部ごみ対策推進課職員に対して行った聞き取り調査によると、沼津市のごみ分別収集は自治会を中心に行われているという。具体的には、収集日にはステーションに自治会の当番が立ち、分別が正しくないごみは持ちかえらせている。この制度が可能であるのは以下の2点による。すなわち、第一に、(半)透明の袋を使用しているため中身が判別可能であることである。これは、ごみの中身が見えるようになることによって監視の目を内面化させるという機能をもつ。このような他者の目にふれるというサンクション(制裁)は規範の共有化を推進することになる――市職員によると、袋を有料化し処理費をとる「ごみ処理有料化政策」は効果が薄いという。これは、住民がコスト感覚に慣れ、意識が変わってしまうからである。第二に、資源ごみを売却し、その収益を自治会に還元していることである。自治会の当番が監視することで、ごみ分別ルール違反を抑制することができる。しかし、自治会の当番が必ずしも監視という職務を遂行するとは限らない。なぜなら、自治会の当番という仕事自体にもコストが伴うからである。そこで、市が、資源ごみを売却することで得た収益を自治会に還元することによって、自治会の当番が監視をすることに対してインセンティヴ(誘因)が与えられるのである。
 このように、沼津市の場合、清掃行政を市に一任するのではなく、自治会の働きかけによって、住民自身が責任感を持ち、行政に協力した結果実現されたという。しかし、自治会を中心に分別収集が行われたため、自治会組織の結束力の強弱によってごみ分別排出率が異なるという事態を招いている。実際に、単身世帯の多いごみ収集所ではごみの分別排出率は低くなっている。

4.おわりに
 沼津市は、以上のような方法で、住民のごみ分別行動の誘導している。すなわち、自治会番がごみ収集所に立って監視することで、分別排出を行わないことが環境を汚染しているという自覚がなくても、個々の行為が近所の人に影響を与えるとの自覚から環境を配慮した行動をとらせることができる。また、資源ごみの売却によって得られた利益を自治会に還元することで、自治会の当番に住民を監視するインセンティヴ(誘因)を与えている。このような沼津市に見られる自治会主体による分別排出の徹底化の試みは、有効に機能していると思われる。しかし、自治会を主体とすることによって、単身世帯のような自治会未所属の世帯では分別率が低いという問題も発生させている。こうした事態を考えれば、規範意識を啓発するような政策は昼だけに実施していたのでは効果が十分に見込めないといえよう。なぜなら、そのような政策の対象となるべき人は「一人暮しの若い男性/女性」であり、昼間には地域にいないことが多いからである。


≪参考文献≫
[1]石垣尚志[1999]「ごみ処理事業における政策実施過程:埼玉県大宮市を事例に」環境社会学会(編)『環境社会学研究』5(5):183-195。
[2]小松洋、阿部晃士、村瀬洋一、中原洪二郎、海野道郎[1993]「地域的コミュニケーションが環境保全行動におよぼす影響:家庭ごみ排出行動と近所づきあいとの関連について」東北社会学研究会(編)『社会学研究』60:115-135。
[3]中野康人、阿部晃士、村瀬洋一、海野道郎[1996]「環境問題の社会的ジレンマ:ごみ減量問題を事例として」東北社会学研究会(編)『社会学研究』63:109-134。
[4]広瀬幸雄[1995]『環境と消費の社会心理学』名古屋大学出版会。
[5]寄本勝美[1981]『「現場の思想」と地方自治:清掃労働から考える』学陽書房。