希望ある未来

 私は子供の頃から「旅行」に憧れていました。成人して牧師になって、子供の頃の夢は実現し「旅行」も、国内を超えて、もう20ヶ国以上の地を旅しました。
 しかし、どれだけ「旅行」が好きでも、帰る家があるから、旅を楽しむことが出来るのです。もしも帰るべき家のない「旅行」となったらきっと淋しく悲しい旅となるでしょう。
 小学校の同級生のひとりが「旅役者一家」の子で、僅か三ヶ月ほど一緒に「友」として学び、遊んだことがありました。彼の住むところは、巡業先の芝居小屋の楽屋でした。その子との別れは、もう何十年も過ぎていても、昨日のように思い出す、淋しいものでした。彼には心温まる家がありませんでした。
 聖書は、「人生は旅人」と表現しています。
しかし、その旅人の心は、帰るべき天の家のあるところに、どんなに辛く悲しくても、歩み続ける「希望」が生まれます。悲しみも苦しみも、やがての時には「楽しいお土産話」となるからです。
この生き方は「希望が湧き出る人生」です。「望みを抱いて喜び、艱難に耐えられる」のは、十字架の苦しみの中で、復活の「希望」の故に喜ぶことの出来た、イエス・キリストが開かれた、道を歩く人だけの特技です。
 あなたは今、この「希望の泉」をお持ちでしょうか。
 
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であることを告白していた。
― ヘブル 11章 13節 ―
あなた方はことばを用意して、主に立ち返り、そして言え「受け入れて下さい。
― ホセア 14章 2節 ―
こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。
父は彼を見つけ、走り寄って彼を抱き、口づけをした。
― ルカ 15章 20節 ―
みことばについて
 
 
旧約聖書に登場するヨセフは、かつての日、自分を殺そうとし、そしてエジプトの商人に奴隷として売った兄たちにと、逆転した立場で再会しました。
 その時ヨセフは「今、私をここに売ったことで、心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神は、あなた方より先に、私を遣わしてくださったのです。」と、兄たちを赦し、励ます為の「愛のことば」を語りました。
 その理由は、親や家族に頼って生きる不幸な人生から、「神に望みをかける」人生に移されたからです。
それが「神が傍にいる」と云う、素晴らしい「霊的体験」でした。
 聖歌の中に「主は捨てたまわじ」とくり返す、神をほめたたえる歌があります。
その中に、「よしわが友たち、わが兄弟、われにそむくとも何かあらん、弟子にそむかれし主はことごと、理解したまいて慰めたもう」とあります。
十字架の悲しみは、人々の裏切りを体験させられたことでした。それ故に、イエス様を信じる心には、絶望的な裏切りの中でも「私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません」と愛と勝利の喜びに支えられます。
イエス様が、苦しみに中にあっても「望み」を支えて、心に光を灯して下さるからです。
それが「神が傍らにいる」幸せです。
 
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。
― 第1コリント 13章 13節 ―
主が彼とともにおられ、彼が何をしても、(最後は)主が成功させてくださった。
― 創世記 39章 23節 ―
その名はインマヌエル、神は私たちとともにおられる。
(インマヌエルとは「神は私たちとともにおれれる」という意味)
― マタイ 1章 23節 ―
みことばについて

 
人々から「あの青年は、前途多難だ」と思われ、また自分も「その通り」と思っていたユダヤ人の若き指導者が、ひざまずいて教えを求めました。
その内容は、「どうしたら永遠のいのちを受け取ることが出来るか」ということでした。
それは、人は多くのものを手に入れれば入れるほど「不安」は深くなり、いつか絶望する時が来ることを予感して、空しくなるものだからです。
 世界の歴史の中で、最大の財産を手にしたソロモン王もまた「私も愚かな者と同じ結末(死)に行き着く。これもまた空しい」と嘆きました。
すべての人に必ず到来する死は、人々にどんな望みをも、打ち砕いてしまいます。しかし神は人に心に中に「永遠への思い」を与えて、真の希望はそこから生まれることを教えています。
 イエス・キリストは、信じる人々の霊魂に「永遠のいのち」を与えて、死を超えて成就する望みに生きるよう導かれます。聖書も「私たちは、この望みによって救われているのです。目に見える望みは、望みではありません。」と宣言しています。
 死のかなたに通じる望みのある人は、地上の生涯を「天に宝を積む」人生として歩きます。
そこには、報いられないことこそ、「天にたくわえられる」人生であることを知って、イエス様に従うことこそ、最高の喜びであることを体験者とされるのです。 
 
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
あなた方のうちだれが、心配したからといって、
自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。
― マタイ 6章 27節 ―
神はまた、人の心に永遠の思いを与えられた。
― 伝道の書 3章 11節 ―
この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。
― 第1ヨハネ 5章 20節 ―
みことばについて
 

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