最近、すれ違った後、思わず振り向いてしまう人たちに出会うことが少なくなりました。
そんな美しい人がいなくなったということではありません。むしろ、見る人が皆それぞれ個性的な美しい人となったように思います。
でも振り向いて後姿を見送るような人が少ないのはなぜでしょうか。
昨年、ロンドンのBBC放送局近くですれ違った紳士を、思わず振り向いて見送ってしまったことがありました。老人に近いイギリス紳士だったのですが、服の着こなし、歩く姿そして何よりも、不思議な魅力を感じさせてくれたからです。
人はその人生に、たくさんの人々との出会いがあります。
しかし心に残る人は、傷つけられた人か、お世話になった人か、あるいは接して魅力を感じた人かです。もし魅力を感じる人との出会いが多ければ多いほど、その人生は『幸せな人生』ということが出来ましょう。
イエス・キリストとの心の出会いを体験する人はみな、その不思議な魅力にひかれます。
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
| 完全なものが、(心に)現れたら、不完全なるものは、すたれます。 |
| ― コリント第1 13章 10節 ― |
| そこに大路があり、その道は聖なる道と呼ばれる。 |
| ― イザヤ 35章 8節 ― |
| (あなた方は)神によって成長させられるのです。 |
| ― コロサイ 2章 19節 ― |
みことばについて |
人の生き方は『香りの』ようなものだと聞いたことがあります。
誉められようが踏みつけられようが『百合の花』は芳しい香りを放っています。
シンガポールで世界一おいしいと評判の“ドリアン”と云う果物を食べたことがあります。ところがその『におい』の強烈なことに閉口しました。美味しかったことよりも、その臭さが強く心に残っています。『ニンニク』も健康に良いことはよく知られていても、やはり『におい』が問題です。
人は必ずしも合理的な事ばかり追い求めているわけではありません。『香り』のような、自然なやさしい気持ちに戻してくれるようなものを、求めているようです。
人の魅力もまた、飾り立てた華やかなものによって生まれるものではありません。美しい生き方に感動する心を育てている人には、その人なりの魅力があります。
貧しさや人からの裏切りの中で、イエス・キリストの美しい人生は、私たちの心に『良い香り』となり、見栄や自己満足で飾る必要のない、自然なやさしい気持ちにさせてくれます。
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
| 神はいつでも私たちを導いて、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。 |
| ― コリント第2 2章 14節 ― |
たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。
あなたが私とともにおられますから。 |
| ― 詩篇 23篇 4節 ― |
| いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。 |
| ― テサロニケ第1 5章 16〜18節 ― |
みことばについて |
感動し易い、柔らかな心を持っている人は、その人生もまた、人に感動を与える魅力的な生き方となっているようです。
昔、世界の電気工学の『教科書』とまで云われた『荒川電気工学』著者の荒川博士は、いつも小さな事に感動し易い人でした。
そのためにいつも子供と友達になって、九州帝国大学の総長になるまで、毎週日曜日、福岡市にあるキリスト教会に朝早くから出かけて、その教会の日曜学校の教師として励みました。
荒川博士の感動する人生は、いつも毎週、教会で聞く『イエス・キリストのメッセージ』によって高められました。
文字通り『キリスト者はキリストの如くにさせれる』と云われた言葉を、その生活の中で体験しつづけました。荒川博士の柔らかな心は、『イエス・キリストのメッセージ』によって、より豊かなものへと高められて行ったからです。
荒川博士の人柄を通して、多くの指導者たちも又、魅力ある人として活躍したのは云うまもありません。
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
| 悪事においては幼子でありなさい。しかし考え方においては、おとなになりなさい。 |
| ― コリント第1 14章 20節 ― |
| 私の名で呼ばれるすべての者は、私の栄光のためにこれを造った。 |
| ― イザヤ 4章 3節 ― |
| このキリストのうちに、知恵と知識との宝が、すべて隠されている。 |
| ― コロサイ 2章 3節 ― |
みことばについて |
