高いビジョン

 昔の人は『衣食さえ満足すれば、礼節をわきまえる人間となる』と教えました。今は昔の人がビックリする程、豊かな食べ物、すばらしい衣服に囲まれています。しかし人々は『礼節』どころか、互いに傷つけ合うような生き方をしています。何が原因でしょうか。昔のことばを借りれば『志を高く持つ生き方』を失って、目の前の利害にとらわれて生きているからではないでしょうか。
 聖書は『人は病苦をも耐え忍ぶことは出来る、しかし心が病む時、誰が耐え忍ぶことが出来ようか』と警告しています。志の低い生き方は、人の心を弱くし、自分の思うようにならないと直ぐ『拒絶反応』を起して『心の病気』を悪化させてしまいます。大人だけでなく、今ではこどもの世界にまで及んでいます。あなたも『心の弱さ』に痛みを感じることはありませんか。
ビジョンつまり志の高い生き方を見失っている人々は滅びると、聖書は警告しています。
 
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望されられることはない。」
― ローマ 10章 11節 ―
たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。
あなたが私とともにおられますから。
― 詩編 23篇 4節 ―
わたしは心優しく、へりくだっているから、わたしから学びなさい。
― マタイ 11章 29節 ―
みことばについて
 
 
 田原寿子さんは、大阪では知られた進学校の、バスケットボール部で中心選手として活躍する、学びとスポーツに情熱を燃やした人でした。
しかしそのバスケットの試合で体を痛めたことから挫折を繰り返すうちに、いつか知らない間に心の暗い日々の歩みとなりました。自分の求めた生き方が『心を燃やす人生』であっただけに、自分の心を満足できない毎日は、たまらない程みじめな生活となりました。
 『キリストは私たちののために生命を捨ててくださいました。私たちはこの御方よって愛を知りました』
との聖書のみことばに接したのは、そんな時でした。
  イエス・キリストの愛の気高さは、志の低い生き方ゆえに挫折を繰り返していた彼女の生き方を、イエス・キリストが彼女の心の中で一緒に生きた時から志の高い、神から与えられたビジョンによって生かされる人生へと、造り変えられました。
 今、田原さんは、フィリピンのスラムで生きる人々の中で、イエス・キリストにあってともに生きる幸せを、スラムの人々に歓迎されながら共に生きてています。
 
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
信仰は聞くことから始まり、聞くことはキリストについてのみことばによるのです。
― ローマ 10章 17節 ―
わたしの名で呼ばれるすべての者は、
わたしの栄光のために、わたしが創造した。
― イザヤ 43章 7節 ―
あなた方は、真理に従うことによって、偽りのない兄弟愛を抱くようになった。
― ペテロ 1章 22節 ―
みことばについて
 
 
 ノーベル文学賞を受けたトーマスマンは、その小説『ヨセフとその兄弟たち』の主人公であるヨセフと云う歴史上の人物について、旧約聖書は、当時のエジプトの王パロの口を通して『神の霊の宿っているこのような人を、ほかに見つけることができようか』と紹介しています。
ヨセフの示したエジプト人たちの救いの道は、目の前の飢饉の苦しみから救う為ばかりでなく、人々が心の苦しみの中で、希望の光を与え続けることの出来る志の高い、神のビジョンを実行したことです。彼はそのすばらしさに感動して、小説を書きました。
 イエス・キリストが十字架の死の苦しみの中で『父よ、彼らをお許しください』と祈られたのは、ただ、彼に向かって十字架につけよと叫んだ人々への愛の故だけではありませんでした。
神に逆らい、神の怒りによって永遠の滅びの中から、神は救いの道を開かれた 神のビジョンの豊かさの現われでした。
 神のビジョンは自己満足の挫折を繰り返す人々に、充実した人生をもたらしています。
 
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
キリストが、あなた方の信仰によって、心のうちに住んで下さいますように。
― エペソ 3章 17節 ―
ヨセフは言った。
「私を遣わしたのは、あなた方ではなく、実に神なのです。
― 創世記 45章 8節 ―
あなた方のうちに働きかけて願いを起こさせ、実現に至らせるのは神である。
― ピリピ 2章 13節 ―
みことばについて
  

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