『夏は甲子園とともに去って行く』ということばを、今年も聞きました。毎年高校球児たちが甲子園
球場で、感動的な汗と涙を見せてくれます。
彼らは『甲子園に行く』という希望に胸ふくらませて、厳しい猛練習に耐えて来ました。しかしその希望も、甲子園を去る時"人生の思い出"となって、現実世界から消えて行きます。
あなたの希望も『若い日の思い出』となって消えようとしていませんか?
ソロモンは世界の歴史の中でも最大の富と力を手に入れたその瞬間、心の中に湧き上がった思いは『むなしさ』であったと聖書は告げています。その『空しさ』は、次から次へと沸き溢れて彼の悩みの種となりました。それが人の持った希望の結果です。
イエス・キリストは『私のところに来る人は、その心に泉が湧き溢れる』と呼びかけています。心の中に泉を持っていると思えるほど、自然なかたちで心の中に希望が湧き溢れていた私たちの姿を取り戻す事が出来るでしょう。
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
イエスは立ち止まって「私に何をしてほしいのか」と尋ねられた。
― ルカ 18章 41節 ―
あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。
「何の喜びもない」と云う年月が近づく前に...
― 伝道 12章 1節 ―
イエスは大声で言われた
「私を信じる者は、心の奥底から生ける水の川が流れるようになる。」
― ヨハネ 7章 38節 ―
みことばについて
『希望という名のあなたを訪ねて私はまた旅に出る』と歌って、多くの人々の心に共感を得たシャンソン歌手がいました。
人はそれぞれ、自分の心の中に『私の希望は何ですか』と自問自答しながら人生を旅しています。
あなたは今、どんな希望を見つけていますか。その希望を実現させるために何が必要でしょうか。
信じること 希望を抱くこと、愛することは、どんな時代になっても、どんな立場におかれても、人の心の一番深いところから涌き出る泉のようなものです。
私はかつて砂漠の中でオアシスにたどりついて、こんこんと水が溢れ出る泉に出会ったことがありました。本当に感動でした。
今の世の中は、社会を見、他の人を見ていると、砂漠のようです。しかし神はまず私たちの心の中に『希望』という泉を用意しておられます。
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
キリストは、自分を卑しくし、実に十字架の死にまで従われた。
それ故に神は、キリストを高く上げた。
― ピリピ 2章 8節 ―
ヨブは立ち上がり、そして言った。
「主は与え主は取られる 主の御名は誉むべきかな」
― ヨブ 1章 21節 ―
望みを抱いて喜び、困難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。
― ローマ 12章 12節 ―
みことばについて
最近、大阪のあちこちで『温泉が出た』と云う話を聞きます。よく聞くとどうも「温泉を掘り当てた」というほうが正しいようです。
ボーリングと云って地中に深くパイプを送り込んで温泉水のあるところに達すると、今まで地中に貯えられていた温泉水が圧力によって地上に吹き出てきます。パイプが太ければそれだけたくさんの温泉が溢れ出てきます。自然のすばらしさを感じます。
人は誰でも、その心は自己満足と云う岩盤の下の奥深いところに温泉ならぬ『本当の希望』を埋蔵しています。
それは人間にだけ与えられた、神の特別の恵みあり、霊的事実です。
聖霊の助けと呼ばれる『聖書の約束』を体験する時、与えられている『自分の希望』が湧き溢れてきます。
『自分の希望』が心の中に湧き溢れる時、人はほんとうの生き甲斐に目覚めます。それは、すばらしい人生の始まりです。自己満足と云う岩盤の下にある『希望の温泉水』を掘り当ててみましょう。
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
だから神の国とその義とをまず第1に求めなさい。
そうすればそれに加えてすべて与えられます。
― マタイ 6章 33節 ―
今度呼ばれたら
「主よお話下さい。しもべは聞いております。」と申し上げなさい。
― サムエル1 3章 9節 ―
あなた方を召された方は真実ですから、きっとそのことをして下さいます。
― 第1テサロニケ 5章 24節 ―
みことばについて