創造性の豊かさ

 現代人は『豊かさ』を求めています。豊かさを得るために、何かが必要だと考えます。何かに頼って『豊かさ』を手に入れることが出来ると、思い込んでいるようです。
 少し前までは「学歴」がないと、豊かさを獲得するスタート台に立てないと、錯覚している人ばかりでした。
だから子供が生まれた時、「この子には、人並みの大学に入れてやりたい」と願って、幼い時から『学歴獲得』のためのエスカレーターコースに乗せようと一生懸命でした。
子供の心を育てることの大切さを見落としているようです。外見が豊かなことが、豊かなことなのでしょうか。
 ほんとうの豊かさは『心の豊かさ』から始まります。『心の豊かな人』のところには、人も集まります。人々はいろいろな体験を積み重ねて『心の豊かさ』の価値を感じはじめているからです。
『心の豊かな人』には、自由な発想があります。それが、人の真似でない創造的な力となっています。
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
天の父は、悪い人にも良い人にも、太陽を上がらせ、雨を降らせてくださる。
― マタイ 5章 45節 ―
神は私をひとみように、見守り、御翼の陰に私をかくまってください。
― 詩篇 17篇 8節 ―
彼らの満ちあふれる喜びは、
その極度の貧しさにもかかわらず、惜しみなく施す富となったのです。
― コリント第2 8章 2節 ―
みことばについて

  
 昔から迷ったら『原点に帰れ』と言われて来ました。原点に帰る自分のすべての体験や知識は『無』から始まっているからです。
 私たちが生まれた時、それは『無』からの出発でした。
そしてまず親から、家族から『形のない愛の心』を注がれながら、その愛の結果、必要なものを受けて育てられました。したがって、お互いが今得ているものは、すべて周囲の人々から受けたものばかりです。
 自分には、はじめ何もなかった。そして今も自分のものと云えるものは何もない。
それが判り始めると、不思議なことが起こります。『今あるものを有意義なものとしよう』と思う知恵が湧き出て来ます。頼ろうとしないで創り出そうとする思いがそれです。
聖書は『神は人をご自分に似た存在として創造された』と記しています。
その神はこの世界を『無』から、神のことばによって創造されたされた御方です。
 
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
彼が信じた神、すなわち「無いものを有るもののように」お呼びになる方
― ローマ 4章 17節 ―
初めに、神が天と地を創造した。地は形がなく、何もなかった。
― 創世記 1章 1節 ―
信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。
― ヘブル 12章 2節 ―
みことばについて
 
 
 『もしあなたが、無人島に流される時、持って行く本が一冊だけ許可されたら、どんな本を持って行きますか?』と云う質問が、繰り返されて来ました。
 いろいろな本について、知識のある人々の回答のうち『聖書を持って行きます』と答えた人々の比率は90%以上だったと聞いています。
 聖書は『創造者なる神』が、破壊の廃墟の中から新しい創造の働きをされた記録の書です。そして私たち人間にも、神の創造の力を体験させてくださる『いのちの書』でもあるのです。聖書の中から神の意志と力が供給される時、私たちのうちに『神の知恵』が注がれ何ものにも頼らず、神の知恵によって創造する喜びが始まります。それが祈りです。
 発明王エジソンは、その手に何も持たず、その心に『祈り』を持つ人でした。その祈りが豊かな創造する喜びの人生となりました。
 
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
いのちのことばをしっかり握って、世の光として輝くためです。
― ピリピ 2章 16節 ―
あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。
― 詩篇 119篇 105節 ―
私たちは夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。
でもおことばどおり、網を下ろしてみましょう。
― ルカ 5章 15節 ―
みことばについて
 

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