イースター(復活祭)とは何ですか?
喜びの春を告げる香りの豊かな「百合」と「イースターエッグ」で知られる“イースター”とは、キリストの復活を記念する、キリスト教会最古の祝日のことです。
キリストは、墓の中から復活して、500人以上の弟子たちに、ご自分が死から復活されたことを示して、全人類の罪と死の力から救いを達成されたことを、明らかにされました。
そのために弟子たちは、ユダヤ教の安息日(土曜日)礼拝を止めて、週の始めの日である日曜日を聖なる日と定めて、礼拝を行うようになりました。
このキリストによる“死と罪の力からの救い”は、罪の代価であるキリストの十字架の死と、そして、すべてを絶望の中に突き落としてしまう死の壁を打ち破られたキリストの復活によって成就しました。
だから聖書は「もしキリストがよみがえられなかったとしたら、私たちの宣教はむなしく、あなた方の信仰もまたむなしい」と高らかにキリストの復活を宣言しています。
それは、キリスト教が2000年の間、宣言し、信じて支えられて来た歴史上の事実です。
だから、神は「救いのわざ」として、まずこの事実を信じて受けとめる働きを人々の心の中に始められるのです。
日常の食べ物を沢山の人々が毒がなく身体に必要なものを信じて食べているように、歴史の中で人類をキリストの復活を信じて、神の救いの働きの体験者たち(今では全人類57億人の3分の1以上の人たち)が、信じて受け入れて、「神による救い」の原体験として証しています。
それが今、世界中の人々が新しい香り高い百合の花や、再生のシンボルである卵をもってイースターをお祝いしています。
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
イエスは言われた
「わたしは、よみがえりです。いのちです。
わたしを信じるものは、死んでも生きるのです。」
― ヨハネ 11章 25節 ―
「もしキリストがよみがえられなかったとしたら、
私たちの宣教はむなしく、あなた方の信仰もまたむなしい。」
― 第1コリント 15章 14節 ―
みことばについて
イースターの主役は?
キリスト教会の聖地エルサレムにある、キリストが葬られた墓の出口の壁に、
「あなた方は十字架につけられたナザレ人イエスを探しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません」とのことばが掲げられています。
それは人類の最大であり、最後の敵である、「死」に勝利して「永遠のいのち」の道を完成された記念のことばです。
イエス・キリストは、まことの神でした。
しかしそのお方が、神のいのちを人類にもたらすために人間として生まれ、人間として生き、人間として死なれました。
罪の力は、人間の死は地獄の門となりました。
けれども罪なき神として、またひとりの人間として生きたイエス・キリストは、神の聖き力をもって新しい道を開いて下さいました。
イエス・キリストの復活は「わたしは道であり、真理であり、生命である」とおっしゃった、新しい永遠のいのちへの道が開かれた素晴らしい祝儀となりました。
このお方は、この道を歩む人々のために、死が天国の門となるために、この新しい道を通って迎えに来てくださいます。
そのことを知る人々は、死の苦しみの中からイエス・キリストを見出して、喜び感謝して、自分の未来をこのお方にすべて委ねて、天国に旅立つ人々とされて来たのです。
あなたにとって、死はあなたの罪のさばきを受ける地獄への門でしょうか?
イエス・キリストが復活によって開かれた天国への門の入り口でしょうか?
ともにイエス・キリストの復活を私のためと信じて、天国に迎えられる永遠のいのちの道を歩きませんか。
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
「わたしは道であり、真理であり、生命である。
わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことはできない。」
― ヨハネ 14章 6節 ―
神は、私たちの主イエス・キリストによって、
私たちに勝利を与えてくださいました。
― 第1コリント 15章 57節 ―
みことばについて
イースターの恵みに与った人々
使途パウロという人は、復活のイエス様に出会う前は、いつも自分ばかり見つめて生きていた人でした。
だから正直な彼は自分を責めてばかりの人生でした。やがて人も責めたり攻撃したりする、人々から恐れられ、嫌われる人となりました。
そのパウロのために、復活されたイエス・キリストが、その人生の行き先に立って出会い、「神のことば」を語って下さいました。
復活のイエス・キリストは、彼の苦しみ悲しみのすべてを知って、その中から救い出すために、永遠のいのちの道を歩むよう教え導いて下さいました。そのお方が復活のイエス・キリストである証拠に、キリストから遣わされた教会の人が彼を訪ねて祈ってくれました。
その祈りを受け入れた時、彼の目から「うろこ」のようなものが落ちて、霊の目が見える人とされました。
その結果、パウロが判ったことは、キリストの復活はすべてのものに対する勝利の証しであったことです。
復活のキリストが、彼の心の中に住んでくださるようになった時、パウロの考え方や生方がキリストの愛によって達成されることを知りました。
人に目に見える世界で報われない働きのひとつひとつが永遠の世界の中で「神によって正しく報われる道」、それがイエス様がわたし達のために開いてくださった神の恵みの道です。
だから、人に対して責める生き方から、愛する生き方に変えられ続けたのです。
そしてパウロは「私はあなた方のための見本」といっています。
あなたも、あなたといつも共に生きてくださる、復活のキリストの素晴らしさの体験者となりませんか。
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、
サウロ(パウロ)は見えるようになった。
― 使徒 9章 18節 ―
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。
古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。
― 第2コリント 5章 17節 ―
みことばについて