クリスマス  からあなたにお送りする
メッセージとクリスチャンの証


クリスマスこそ
メッセージ : 安海 靖郎 牧師
 主の降誕の恵みを想い、主を賛美いたします。
 クリスマスこそ、救われている意義を覚えると共に、クリスマスの本当の意味、福音が伝えられる最高の機会ではないでしょうか。

― インドネシアで ―
 12月の初めから1ヶ月間、ほとんどの会社、役所でクリスマス集会がもたれます。政府主催の集会には、多くの政府の高官が出席し、イスラム教徒の大統領までが出席し、祝辞を述べるのです。あまりにも他宗教の人たちへの影響が大きいため、10年程前からは、「他宗教のものはクリスマス集会では、礼拝や説教の部分に参加せず、後半のレセプションにのみ出席するように」という宗教省の通達が出された程です。それでも、祝会、レセプションの中で、劇やオペレッタなどで福音が証しされています。
 東京のインドネシア教会では、毎年渋谷のハチ公前で、キャロリングと路傍伝道をしています。自由に伝道できる機会をフルに活用する喜びを味わっているようです。

― 教会で、家庭で ―
 どんなに宗教不審があっても異端がはびこっても、クリスマスこそ、私たちクリスチャンの出番ではないでしょうか。あらゆる良いホールで、クリスチャンの家庭で、本当の唯一の救いの福音を伝える好機だと思います。
我が家での子供クリスマス会も、最近は自治会や何とお寺でもするクリスマス子供会におされ気味です。今年はいかにもり返すか、作戦をねっているところです。 
 
夕闇に迎えられる灯台の火のように、罪から救い出すため十字架の上で死ぬ為に、人となって誕生し、死の力を打ち破って永遠のいのちの道を作る為に復活され、心に「救い主」と受入れる人々の心に住んで共に生きてくださるイエスキリストの福音。
その出発が心に始まるクリスマスです。
物質的な面にも、精神的な面でも、先の見えない暗やみの世界となって行く今こそ、クリスマスは「世の光」を持つ人々の出番です。あなたも、この「光」を持ち揚げる人生を歩いてみませんか。



“私の出会い”神様の愛
証:渡辺 周子
 14年前、今は亡き母と共に仕方なく教会の門を潜ったあの日の事は生涯忘れる事はないでしょう。
 当時、高校1年生だった長女が思いもよらない登校拒否という状態になりました。原因の根源は娘の幼い頃の生活環境によるものであることが判りましたが、娘は休学することとなり、心の重い日々が続くようになりました。
 そんなある日、ふいに実家の母が来て、私が現在通っている教会へ、訪問したい旨電話をしたのでした。これが私が教会へ行くようになったきっかけです。
 やがて「私は道であり、真理であり、命である」との聖書の言葉が与えられ、その年のクリスマスを機に礼拝に集うようになり、3年後、主イエス様を信じて洗礼を受けることができました。
 イエス様は娘をも悲しんでくださり、遠回りはしましたが、現在は社会人となり独り立ちできるまでになりました。その間、信仰へと導いてくれた母は天に召されましたが、その悲しみや、寂しさの中に於いても、私の心は平安で、穏やかなものがありました。この母の死を通して、信仰の遺産がこの私に残された事に気付かされたのでした。
 聖書の約束のように、神様の愛が私にも注がれていることが確認できました。何とすばらしい愛でしょう。「神を愛するものたち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益としてくださる」神様に心より感謝しています。これからも全てを委ね、従っていきたいと願います。
 

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