クリスマス  からあなたへお送りする
メッセージとクリスチャンの証 
 
 
陰で星を動かす
メッセージ:村上 宣道 牧師
あるクリスマスの詩より
クリスマスのページェント(芝居)で、日曜学校の上級生たちは、3人の博士、牧羊者の群れ、マリアなど、それぞれ人の目につく役をふりあてられたが、1人の少女は、誰も見ていない舞台の背後に隠れて星を動かす役があたった。
「お母さん、私今夜星を動かすの。見ていてちょうだいね!」
  その夜、会堂に満ちた会衆は、舞台である「ベツレヘムの星」を動かした者が誰であるか、気がつかなかったが、彼女の母だけは知っていた。
そして、そこには少女の喜びがあった。

   この詩は、ある教会の週報に載っていたのを拝借したもので作者も不明ですが、この詩に登場する少女のいじらしい姿に感動を覚えて紹介しました。
 お芝居の中で果たす星の役割りは大切です。(イエス様が誕生した事を、3人の博士や牧羊者を誕生した場所まで導く星は、イエス様誕生の物語で登場人物同様、必要不可欠な役割りです。)
でもそれを動かす人は、観客に見えません。だから、拍手喝采されることもないでしょう。しかしこの少女は、陰で働いているこの私を知っているお母さんがいるということで充分満足だったのです。
 クリスマスに限らず、私たちが教会での奉仕、宣教の働きをさせて頂くときも、又、人々が色々な働きをされるときも、誰もが主役であり得ようはずはありません。
 誰にも見られない、隠れた働きでしかないことの方が多いと言っても良いでしょう。そんなとき「(神様はご存知だから)必ずわかっている人がいてくれる、それで充分。」と思えるようであったら、素晴らしいですね。
 どんな働きであっても、表に出で脚光をあびる人はほんのわずかに過ぎません。殆どの人が陰に隠れて支えている方々でしょう。
 このクリスマス、そうした方々の上に、「隠れた所で見ておられる」方からの豊かなお報いがありますようにと祈らされます。
 


 
光の体験
証:岡田 邦夫
 澄み切った夜空を仰ぐと、流れ星が見られます。しかし、多くは人工衛星らしいと聞くと、ちょっと感動も薄れます。しかし、20年前、人類が初めて月面に降りた時には、それは多くの人が感動したものでした。
 アーウィン宇宙飛行士が月面で色々な石を採集している時のことでした。「私はここにいます。さあ取って下さい。」と一つの石が自分に語られているように思えて、その石を取り上げたそうです。手にしてみると太陽の光にキラキラ輝いて何とも美しいのです。地球に帰還後、その石は46億年も前の石だとわかり、ジェネシス・ロック(創世記の石)と命名されました。彼は宇宙で、月で、神がすぐ近くにおられるという臨在を実感し、回心したのです。
 地球に帰った時、その石が自分に向かって語りかけたように、神に対して「私はここにいます。さあ取って、あなたのために用いて下さい」と自分の残りの人生を神に捧げ、伝道者にまでなりました。宇宙での光の体験即ち啓示の体験でした。
 聖書に羊飼いが夜、野宿していた時、輝く天使の現われを見、救い主キリストの誕生の知らせを聞いたという記事があります。飼葉おけの中の幼な子捜し当てた時には、彼らは神を賛美していました。神でありながら、地球の人間となられたイエスが、「私はここにいます。・・・・・・」と羊飼いに語りかけていたのかもしれません。
 今日も、あなたの目の前におられる主イエスが、「私はここにおります。私を受入れて下さい。」とやさしく語りかけています。ある未婚の母が涙ながらに礼拝に来ました。集会後、牧師の勧めによって主イエスを受けいれると、「先生、光が見えました。」と言って、涙顔が笑顔に変わりました。今も主イエスは罪と死の暗闇にいる私たちに光となっていて下さいます。
「すべての人を照らすまことの光があって世に来た。」
― 聖書 ヨハネ 1章 9節 ―
 

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