Tonight, the Night  



stop being a goody two shoes
Feel alive once in a while
baby,baby,sing with me tonight

                  Tonight, the Night / BONNIE PINK











『来た』


二人の忍は同時に感知し同時に顔を見合わせた。切れ目なく重い雲が垂れこめた曇天から、雨粒が落ち始
める。


「まさか・・・裏切った?」

「いいやそれはないだろう、経緯はどうあれ、一度やると云ったらやる男さ、アイツは」

「しかし、早すぎます。予定では鋒狼峡を越えたところで・・・」

「うーんまぁ、アイツにはアイツの考えってもんもあるんだろうしねぇ。まぁいいさ、先を急ごう。このままじゃすぐ
に追いつかれちまう」

「はい」


顔を打つ雨粒に逆らい跳躍を繰り返す。今にも崩れそうな古い欄干を駆け抜け、深く口を開ける谷底を渡り切
れば目指す断崖絶壁はすぐそこだ。聳え立つ鋒狼峡に辿りついた時、うみのサチとはたけサクモの全身はし
っとりと濡れそぼっていた。


「はたけ上忍、どうかご無事で」

「よしてくれ、サチさん!!頭をあげてくれ!!そんなことをされる謂われはこれっぽっちもないさ!!」

「しかし」


これから里抜けする人間を、いってらっしゃいと大門から送り出す訳にはいかない。それ故里の北西に位置す
るこの険しい渓谷を越えてサクモを逃がす計画を練ったのは、サチだった。片膝を付き深く頭を垂れたのは、
これがおそらくは今生の別れと慮っての所作だ。屈み込んでその両手を取ろうとするサクモとうつむくサチ、二
人の頬から額から、雨の雫が滴った。


「・・・残念です、今この期に及んでも未だはたけ上忍の名誉が回復されないこと・・・わが里の上層部ながら
まったく持ってあの愚瞽愚見ぶり・・・千回唾棄しても足りません。」

「いいさ、俺ももう今更何も云うことはないさ・・・俺にはサチさん、あんたがいた。あんたを黙って貸してくれた
タイヨウがいた。それにもうすぐ女房にも会えるとなれば、これ以上は高望みも過ぎるってもんじゃないのか
い?・・・サチさん申し訳ないが、うちの坊主を宜しく頼むよ」

「お任せ下さい、必ずや」

「サチさん」

「はい」

「最後に聞いておきたいんだが・・・アンタどうして、俺の為にこんなに親身になってくれたんだい?ただの上
官だって理由だけじゃ、どう考えてもあんたの心遣いは篤過ぎる・・・いったい、どうしてなんだい?」

「・・・楽しかったからです」

「は!?」

「サクモさんと任務で、私事で・・・ご一緒出来た時、共に行動できた時は本当に楽しかったからです。先程上
官と仰いましたが、貴方はいつだって私を、夫タイヨウを対等の人間としてお付き合い下さった・・・私にはそれ
が、嬉しかった。有難かった。だからです。」

「・・・そ、それだけかい!?」

「はい、それだけです。いけませんか?」


そばかすの散った顔が傾きくるん、と丸い黒い瞳がサクモを見上げる。サクモは茫然とサチを見つめた後、堪
らず吹き出した。


「アハッハッハッハ!!流石はあのタイヨウの女房だ!!器の大きさが違うねぇ!!サチさん、来世なんても
んがあるのかどうかは分からないが、今度生まれ変わることがあるなら俺は是非ともあんたを嫁にしたい!!
本当にあんたは傑作だ!!」

「有難いお申し出ですが、次に生まれ変わっても一緒になるのは夫と決めております。申し訳ありません」

「え・・・ッッ、そうなのかい!?え、えーと、じゃあ、その次の次でも・・・」


サチは黙って首を振る。サクモの額に流れるのは雨かそれとも焦りの汗か。


「じゃ、じゃあ、次の次の次」

「いいえ」

「なら次の次の次の次、でどうだ!?」

「・・・そうですねぇ、それくらいなら」

「アハッハッハッハッハ!!何だいまいったねぇ、俺は今一体何回フラれたんだい!?これ程好かれちゃあタ
イヨウも旦那冥利に尽きるってもんだ、こりゃ!!」

「畏れ入ります、私も末代までの自慢ですわ、あの『白い牙』にプロポーズされただなんて」

「・・・約束だよサチさん、七回生まれ変わったら俺と一緒になってくれ。」

「はい、七回の転生を果たせたなら、その時は」

「ああ・・・」


サクモの指がそっとサチの顎の線をなぞる。その指が唇に達しようとした時、敢えて気配を発したままの影が
背後に立った。


「信じられないなぁ、これから恋女房を浚いに行くって時に余所の人妻を口説くその神経。さーすが『たらしの
サクモ』」

「・・・そのマントはまだお前には早すぎるんじゃないのかい?それとも就任式を見られない俺の為に、付けて
来てくれたのかい?ミナト坊。」

「べーつに?後数日で俺も火影です、今付けたってどうってことないでしょ」


雨を弾いてなお翻る炎のマント。『四代目火影』の文字。忍服に真新しい火影専用のマントを羽織った波風ミ
ナトの前に、うみのサチはクナイを掲げ立ちはだかった。


「口をわきまえなさいミナト。『白い牙』の前だ」

「わきまえるのはどっちですうみの先輩?そりゃあアカデミー時代には一方ならぬ世話にはなりましたけど
ね、いつまでも先輩風吹かせてもらってちゃ困るんですよ。俺だってもうすぐ里のトップになろうって人間です、
その辺理解されてますかね?」

「・・・追い忍部隊を連れて来るのが早すぎる。もう少し後の筈だ。」

「どうせあいつ等はギャラリーで今回出番は無いんです、今だろうと後だろうと一緒でしょ」

「何て言い草だ、そもそもサクモさんが出ていかなければならないこんな状況も、お前の力不足が・・・」

「サチさん、いいんだ。」


サクモの声が優しくサチを押し止める。固い気を発しミナトと対峙していたサチとの間に入り、サクモはそっとク
ナイを掲げる右手を押した。


「ミナト坊、本当に悪かったねぇ、無理矢理お前を巻き込んじまって」

「・・・・」

「詫びついでに、カカシのことも頼むよミナト。アイツはえらくお前さんを好いてる。云い聞かせてはきたが、ま
だあの年だ・・・一人残されるとなれば、どうしたって寂しい思いもするだろう。サチさんと一緒に、どうか宜しく
面倒みてやってくれ」

「俺はカカシの上忍師です。頼まれなくても責任を持ってカカシの面倒は見ます。余計な手助けもいりません」

「何ッッ!?」

「まあまあ」


いきりたつサチの眼が虚空を捕え、俄かに緊迫感を発する。サクモもミナトも、同時に同方向を捕え視線を絡
ませた。


「はたけ上忍、もう猶予はありません。追い忍部隊が迫っています」

「うん、ならそろそろ行こうかね」

「三里先の七竈峠には、必ず自来也様がお待ちしている筈です。どうかそれまで、ご無事で」

「なぁに、三里くらいあっという間さ。それよりサチさんだ、くれぐれも無茶はしないで頂戴よ?・・・ミナト」

「・・・はい」

「世話になった。本当にお前にも、サチさんにも感謝してる。云いたいのはそれだけさ。」

「そう恐縮することもありませんよ。落ち着いたら何れあなたにも、きっちり草として働いて頂く。その為にもま
ずは奥様の救出です、くれぐれも抜かりなきよう」

「ハハハ、分かってるよそこんとこは肝に銘じてるさ!!じゃあねぇ!!」


云うなり崖に飛びついたサクモの背がみるみる小さくなる。垂直に切り立ちその高さから来る者を拒むと云わ
れる鋒狼峡ではあるが、越えるのは木の葉の『白い牙』だ。サクモにとっては造作もないことに違いない。サ
チは口元に両手を当てると、大声で叫んだ。


「サクモさん!!これが最期ではありません!!きっと私たちが、私たちが成し得なければ子供たちが、里を
変えてゆきます!!サクモさんがいつか笑って帰還出来る、そんな里に!!私はそう、信じています!!」


涙で掠れた声は、果たしてサクモに届いたのか。肩で息を吐きながら断崖を見上げるサチの後ろで、ミナトは
ゆっくりとクナイを引き抜いた。


「・・・で、やっぱりやるんですか先輩?」

「勿論。お前と私がここで暴れなければこのシナリオは完結しない。」

「はぁーー、まったく無理矢理巻き込まれた上にこんな茶番・・・何かもう恥ずかしくって堪りませんよ、俺。」

「文句を云うな、ミナトお前はカカシ君の上忍師だろう。無理矢理でも何でも加担する責任はある。」

「『白い牙』の里抜け疑惑に四代目火影自らが絡んで見せれば、里の上層部は体面と恐怖と混乱の三竦み
で動けない。必ず事件を隠蔽する・・・まったく狡すっからい計画を練ってくれたもんですよ。これだから主婦っ
て生き物は」

「『兼業主婦』と云って欲しいね、お前は忘れているかも知れないが、私も現役の忍だ。それとも何か?私が
こっそり後始末させられた、あのアカデミーの入学式でのお漏らし事件を・・・」

「わーーッッ!!ちょちょちょっとッッ!!だからそれだけは云っちゃダメだっていってるでしょ!!何の為に取
引に応じたと思ってんですッッ!!」

『ミナト様!!「白い牙」が抜けたとの情報はまことにございますか!?その女は!?』


翻る炎のマントの背後に、うねる紋様の面を付けた忍達が何人も着地する。ミナトは姿勢を正すと、咳払いを
して追い忍部隊に向き直った。


「うろたえるな!!この場は次期火影たるこの波風ミナトが貰い受ける。ここまで足を運んだ苦労は察する
が、一切の手出しは無用!!まずはそこにある怪しい女の捕縛から片付けるとしよう、そこになおれ、
女!!」

『し、しかしミナト様、『白い牙』の追跡は・・・』

「うるさい!!お前達、この文字が見えぬか!?」

『は、ははーーッッ!!』


『四代目火影』の縫い取りに平伏する忍たちに、地面しか見えないのは幸いだった。耳まで染まった顔面の
熱を自覚したミナトの前で、俯いたサチの肩まで震えている__笑っている!!ミナトは湧き上がる羞恥を涙
目で堪えつつ、芝居ががった大声を上げた。


「女!!次期火影たるこの波風ミナトが直々に捕えてくれる、有難く思え!!いくぞッッ、雷遁・雨雷旋風
陣!!」

「ちょ、いきなり本気!?ならコッチもその気でいかせて貰いましょうか!?食らえッッ、風遁・破掌花散
舞!!」


轟音と共に立ち上がった竜巻が湧きあがった桃色の花弁を散らし、巻き上げ、そこにまた大量の花弁が降り
注ぐ。舞う炎のマント、くの一の長い黒髪。


付けた仮面の向こうで繰り広げられる華麗な男と女の舞を、追い忍達はしばし時を忘れ眺め続けた。



<了>



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