ギフト 1
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__おーきなくりのーきのしたでーあーなーたーとーわーたーしー
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勢いあまって床を蹴った爪先が玩具を弾き、唐突な音楽を奏で始めた。プラスチックのキリンの腹から流れる
童謡にイルカと妻の琴乃は首を竦めて眼を見合せ、同時に襖の向こうを伺った。
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「泣いてへんのやったら、大丈夫やと思うよ。最近夜泣きもせえへんのよ、良く寝てくれて助かるわ」
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尚も文句を云い募るつもりなのか、息を吸い込んだ妻の唇をイルカは強引に吸った。僅かな抵抗はじきに霧
散し、腕の中の身体は熱を孕みつつこの先に待つ快楽を期待して捩れ始める。首筋を丹念に唇でなぞられ早
くも乱れ始めた妻の吐息を聞きながら、襖の向こうで先刻寝かしつけた娘の気配も探った。__大丈夫、規
則正しい小さな呼吸音は熟睡している証拠だ。目の前の鎖骨を軽く噛み、内心安堵の息を漏らす。しかし背
中を這う指の感触を感じると同時に疑問が閃き、イルカは思わず顔を上げた。
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「・・・はぁ!?何云ってるの、とっくに終わってるわそんなもん」
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「けど帰って来てからアカリに構ってばかりで荷物に触ってもないだろ、本当に間違いないのか」
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「間違いも何ももう夕べにはぜーんぶ詰め終わってるし、全然平気やて」
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「・・・ならいいがお前結構そそっかしいらなぁ、もう一度見直した方がいいんじゃないのか?」
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「お父ちゃん・・・何おもろいこと云うてんの、今これから背嚢の中全部広げろって?」
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「何もこんな時に教師根性出さんでもええやん、それとも何?する気ないん?」
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「お前なぁ・・・そのあからさまな云い方、本当に何とかしろよ。これからアカリが真似したらどうするんだ」
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「何云ってるつまらなくはないだろ、任務前の準備は何より大切だ。いや寧ろ、今から任務が始まっていると
云ってもだな」
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思わず取った妻の腕にはしかし思った程の力は無く、浮いた腰もすんなりと戻る。床に直置きされたソファー
に再び凭れ、口角を上げて忍び笑いを漏らす妻の姿に、イルカはまた引っ掛けられたと悟った。
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「だってうち、したいんやもん。お父ちゃんかて、そうやろ」
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その通り。先に帰宅した方が調理係とのルールに則り具材を放り込んでカレーを煮込みながら、今夜は琴乃
を抱こうと決めていた。その琴乃の両腕が首筋に回り二人で倒れ込む。熱い息を耳朶に吹き掛けられ、図ら
ずもイルカの背筋が震えた。
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同時に唇を重ねて抱き合う。__心配してるん?珍しくも控えめな囁きに耳を嬲られ腕に力を込めた。娘を産
んで一年を過ぎても尚、華奢な体型を保つ身体は囲い込んだイルカの腕の中にすっぽりと隠れる。
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「大丈夫、なんてったって今回はあの写輪眼が一緒なんよ?大丈夫云うか、何にも起きる筈がないわ」
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「そうそう、Sランク任務かてハンパない回数受けてる人やもん、鬼に金棒云うのはこのことや」
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「必ずよろしく伝えておいてくれ、ナルト達が散々世話になってるしな」
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「ハイハイ、分かってますて。・・・な、それより、お父ちゃん」
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濃厚な口づけで先を促され、互いの服に手を掛けた。どちらかの任務前には一種の高揚感も手伝い身体を重
ねるのが常だったが、琴乃はいつにも増して積極的だった。アカデミー時代から机を並べ初めて身体の関係
を持ったのは二人同時に中忍試験に合格した直後。共に培った長い経験と様々な記憶の蓄積は、羞恥心な
どとうの昔に駆逐している。余裕のない四肢を弄る手つきは、単に確約された淫楽を前にした焦りの表れに
過ぎない。
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「うちお父ちゃんとこれするの好きや、むっちゃ好き」
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互いの髪を乱す指が頭皮を滑り、啄み合う唇から官能に潤んだ息が交互に漏れる。忙しなく弄りあう身体は
密着度に比例して急速に熱を上げ肌に薄い汗を滲ませた。
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身体の中心の潤みを赤裸々に訴える琴乃の言葉に、イルカの指先が直裁に応える。
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与え与えられる滑った刺激は忽ち快楽へと形を変え、痺れを伴い体内に拡散する。奪い分け合う悦楽は、一
体どちらのものなのか。重ねた肌の境界すら、熱く溶けだし曖昧になってゆく。耳を擽る互いの名を呼ぶ声
が、意味を為さない喘ぎに変わるまであと少し__男でも女でも、夫でも妻でもなく。ともに淫楽の頂点を目
指す伴走者として、ただ唯一のつがいとして欲の渦へと堕ちてゆく。
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琴乃の薄茶色の瞳に、情欲を露わにした己の顔を認めイルカは着衣を取り去った。同じ表情の琴乃がそれを
手伝い、半裸の自分にも同じ行為を促す。快楽に膿んだ一組の吐息が、住み慣れた居間の空気を静かに震
わせ続ける。
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__あーなーたーとーわーたーしー なーかーよーくあそびましょー
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足許に転がり出たばかりか唐突な童謡を奏で始めた玩具にイルカは暫し手を止め、視線を注いだ。物と云う
物がぎゅうぎゅうと詰められた押入れの中は正に密林と称してもおかしくない体たらくだが、キリンの形をして
いるのに何故かショッキングピンクに塗られたその玩具に、イルカは見覚えがあった。
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騒々しい電子音に妻と身を竦ませ、次いで叱られた記憶が奔流の勢いで蘇る。だがイルカはその先の光景
の再現をすっぱりと断ち切り、探し物の探索に脳内と視界を切り替え中腰のまま段ボール類を探った。今日こ
れから出向先の授業で使用しようと目論んでいる参考資料は、まだ見つかっていない。
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「お、まずいな、もうこんな時間か。・・・アカデミーの書庫になら、あるよな」
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飴色に光る柱に掛かった時計は迫る時間を伝えている。イルカは一つ息を吐いて立ち上がると、失せもの探
しを諦め転がり出た玩具を掴み箱の中に放った。勢いよく閉められた押入れの襖は枯れた黄色に変色し掛っ
ており、もうそろそろの張り替え時を家主に訴えている。
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慌ただしく身支度を整える気配をよそに、放られたピンクのキリンは閉ざされた暗闇の中、最早ヒソとの音も立
てなかった。
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ペタ、と床を踏む音に耳をそばだてたが、カカシは振り返らなかった。シンクの洗い物を手際よく片付けなが
ら、湯船で身体の芯まで温まったのかと問い掛ける。うん、と言葉少なに頷いた背後の気配に満足をして寝
室で待っていろと告げた。何も云わず踵を返す足音に再び口角を上げる。__従順は美徳だ。しかも自分達
の関係に於いては、尚更。
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皿の水を切り己の手を拭って、カカシは台所の灯りを消してほの暗い廊下を辿った。覗いた寝室の中で、鏡台
の前に座っていた人影が振り向く。待ち望む瞳に吸い寄せられ、首に掛かっていたタオルでまだ湿り気を帯
びている髪を丁寧に拭ってやった。
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「オレは勿論そのつもりだけど?・・・何、イヤなの?」
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こうして身を寄せ合っては数えきれない程の夜を共に過ごして来たのに、確認せずにはいられないその心情
がいじらしかった。背中まで垂れた黒髪にタオルを押しあて慎重に拭い、低温のドライヤーをじっくりとあてる。
乾いた髪に椿油を薄く塗り込めると、鈍色に似た光沢が浮きあがりそれはカカシの心を酷く満たした。鏡越し
に見つめる瞳に柔らかく笑いかけると、きっちりと寝巻着を着込んだ手を取り、寝具に誘う。
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「・・・しようがないな。風呂がまだなんだ、待ってられるか?」
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頭の先まですっぽりと被った布団の隙間から、先刻梳いたばかりの長い黒髪が覗く。弄ぶカカシの指先で、
その毛先はまるで生き物のように跳ねた。
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まだ薄地の寝具が目元まで下がり、黒目がちの瞳が現れる。枕元の照明をぎりぎりまで絞り、布地を握る細
い手を取り軽く握った。
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「夜珠山草を主に使用した神経毒に対する、有効な解毒剤成分の種類と割合は」
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「・・・トウダイカズラ7、シキミゴボウ2、サワオモト1」
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側頭部を撫でると横たわった身体がみるみる弛緩してゆく。殆ど落ちかけている目蓋に微笑んで腰を上げる
と、意識と無意識の間を彷徨う不明瞭な声が足元から上がった。
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「来るよ、辺境地域への巡回指導だけだからね。明日の午後には必ず・・・オレよりも早く、ここに着いてるんじ
ゃないの?きっと」
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「いいからもう寝なさいって、明日もアカデミーでしょ」
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しかしドアノブを握らないうちから寝息が聞こえ始め、お陰で噴き出すのを堪えるのに若干の努力を要した。
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__いつもながら見事なまでの寝つきの良さ。すぐに戻るとは告げたがこの調子ならゆっくりと風呂に浸かっ
ても差し支えはないだろう。規則正しい小さな呼吸音は熟睡の証拠だ、並べられた寝具に潜りこむのは風呂
上りの一杯を楽しんでからでも全く構わない。ビールの小瓶は、冷えていただろうか。
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夜目にも濃い飴色の輝きを放つ板張りの床は、清潔に磨き上げられている。のんびりと冷蔵庫の中身を反芻
する男の、密やかな足音だけが夜に響いた。
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