ティーン・ウルフ   ・・・※すみませんこの話だけアニナル設定でお願いします(汗)



子供を連れて、旅に出た。


いや正確に言えば、その表現方法は間違っている。連れていくのはまだ確かに子供とはいえ下忍、それも物
見遊山に出掛ける訳ではなくれっきとした任務に就く。


相も変わらずの諜報活動から帰ってみれば、間髪入れず綱手に掴まった。休む間もなく次の任務に出ろと言
う。アイツ、ワシとナルトが迎えに出向いてやった時自分が何をホザいたか__綺麗サッパリ忘れているらし
い。すっかり板に付いた火影顔で偉そうに訓辞を垂れやがる。渋面で返した所で知らん顔、ついでに下忍二
人を連れて行けと、有り難くもないおまけを付けられた。


任務に向かう先は『田ノ国』。
あの里抜けしたうちはの生き残りが、其処に留まっている可能性が高いらしい。田ノ国は音に近い。というよ
りはもう既に大蛇丸の息が掛かっているに相違ない。唯でさえ子連れでチョイと行って帰ってこれる場所と距
離ではない、ならば己一人で十分だ。
全く、たかだか下忍一人が里抜けしたぐらいで、そこまで策を講じることも無かろうに。抜けたければ抜けさせ
ろ。いくら迎えに行ったところで本人にその気がなければ無駄足だ、他にやることなら幾らでもあるだろう。

だが綱手はその言葉に首を振った。
抜けたうちはの生き残り__うちはサスケは将来を嘱望されるほどに優秀で写輪眼持ち、このまま捨て置く
には惜しい人材だ。それをむざむざ大蛇丸にくれてやることもあるまい。中忍一人、下忍数名でチームを組ま
せ奪還に向かわせたが失敗してしまった。__だから頼むよ自来也、そう言って五代目火影は妖艶に笑っ
た。

写輪眼、か。

ならカカシもいる。もういいだろう、放っておけよ。第一呼び戻した所でどのツラ下げて帰ってこれる。

体中を包帯で巻かれ、寝台に拘束されたナルトの姿が浮かんだ。

あれ程の騒ぎを起こし友を傷つけ、ノコノコ戻ってこれるなら最初から里抜けなどすまい。出るからにはそれ相
応の覚悟があってのことだろう。もう一度言った。__放って、おけよ。

しかし綱手も引き下がらない。
優秀なサスケが抜けた事で下忍達の間に少なからず動揺が走っている。特に七班の一人、春野サクラが今
にも後を追おうとするほどに逸っている。サクラが出ればナルトも黙ってはいまい。これもつられて後を追うだろ
う。みすみす騒ぎになるのを分かっていて、放置しておくわけにもいくまい。ならいっそのことオマエが連れて
出てくれ、その方が面倒がない。カカシにしても__オマエも知ってるだろう、あれは正当な血継限界保持者
ではない。それにおそらく__あれに子は望めないだろう。・・・・噂は聞いているだろう?

だからこそ、うちはサスケが必要なのさ。・・・・まぁそんな意味じゃあ、アタシも大蛇丸も変わりないのかも知
れないけどね。


ワザと大仰な溜息を吐いて見せた。だが綱手の薄笑いは収まらない。
まったく最近の餓鬼共ときたら、12,13でホレたハレたの大騒ぎか、大層なもんだ。それに綱手に言われず
とも聞いていたカカシのていたらく__師も師なら、弟子も弟子、というところか。


なに、今どうしても引きずって帰って来いって訳じゃない、何か手掛かり一つでも掴めればいいのさ。そうなれ
ばサクラもナルトも、幾分気が晴れるだろう?

おーおー、お優しいことで。どうせこの女が一度言い出した事を撤回させるのは至難の業だ。精々軍資金でも
たっぷりふんだくってやるか。了承する代わりにつるりと顔を撫で背を向けた。遊びにいくんじゃないんだから
ね、そこんところ覚えといとくれ。追い打ちを掛けるように声が飛ぶ。

__いつもながら喰えない女だよ、全く。

まぁあのバアさんを喰える気概のある男なんざ、そうそういないだろうが。


鼻を鳴らして執務室を後にした。だがその時、己は何一つ分かっていなかったのだ。__この先、自分があ
れほど恐ろしい目に会おうとは・・・・








綱手の予想通り、春野サクラは用意周到準備万端整って今にも飛び出さんばかりだった。止めに入ったナル
トと言い争いをしている。お誂え向きに二人揃っているところを任務だと言って引っ立てた。狐に摘まれた顔を
していたのも最初だけ、内情を知れば我先にと駆けだした。随分と殺気立っていた春野サクラの表情も、前に
進むことに安堵を覚えるのか徐々に柔らかいものに変わる。ナルトは相変わらずの脳天気な張り切り振りで、
奇声をあげ突進する。・・・・まるでリードを強く引っ張る大型犬だ。引きずられる飼い主宜しく、肩を竦めて後に
続いた。



道中はたいした問題もなく進んだ。
こうしてナルトを道連れに遠出するのも久しぶりだ。だが今度は少女を連れている分、前回と訳が違う。くの一
とはいえまだ下忍、勝手も違えば気も遣う。カカシの気苦労が、僅かばかり知れた。強行軍続きも不味かろう
と、河原で休息を兼ねた昼食に誘う。逸る子供らは先を急ごうと不満顔だが、何、急いては事をし損じる。焦っ
た所で碌な結果になりはしない。
事実弁当で腹も膨れれば気も緩むのか、下忍らはすっかり子供の顔に帰り無駄話に講じている。口角泡を飛
ばして話し込むナルトの顔を改めて眺めて__不覚にも、息が詰まった。

最近のナルトは、益々四代目に似てきている。金色の髪、蒼い瞳は遺伝的なものだとしても、時折見せる精
悍な表情が、驚くほど四代目に生き写しだ。それにグリッと目を拡げて、下から見上げるあの顔付き__カカ
シは一体、どんな気持ちで常々接しているのやら。

だが鑑みるに、縁とは奇異なものだ。幼い頃四代目に師事したカカシが成長し、今度は自分が四代目の遺児
の師となる。そうして時を経た今、四代目の師だった己の元にナルトがいる。因果応報、という言葉はこの際
当てはまらないが、人から受けたものは何時か返すのがこの世の定め__ここまで成長したナルトを前にし
て、カカシの胸に去来するものは何だろう。

しかしそのカカシとて、幼い頃にはどれ程四代目の手を煩わせたことか。今でもまざまざと目に浮かぶ、あの
可愛いげの無さ。天上天下唯我独尊、全身にこれ険と棘を纏った様な子供だった。扱い倦ねた四代目に乞わ
れて直接説教を垂れてやった事もあったが、その時返したカカシの生意気な言い草がこれまた傑作で__ま
ぁいい、それはまた、別の話だ。兎にも角にも、イルカ相手に脂下がっている今からは想像も付かない程、嫌
味で早熟な餓鬼だった。それを思えばナルトなんぞ、扱いやすいことこの上ない。ナルトは頬に飯粒をつけた
まま、姦しく口を動かしている。その顔を眺め、ついで春野サクラに視線を移してふと考えた。


この二人は、知っているのだろうか。


自分達の上司と、元恩師の関係を。


カカシとイルカの退っ引きならない噂は、里外にいる己の耳にまで入っていた。これ程までに扇情的で衝撃的
な噂話が、里にいる下忍達の間に広まらない筈はないだろう。ましてやカカシとイルカは二人にとって師と恩
人だ。接触する機会も多い。同性同士の恋愛関係に陥った大の男達の姿は、この思春期真っ直中にある青
少年の目にどう映っているのか。己も物書きの端くれ__唯でさえ新聞沙汰になる事の多いこの世代が、同
性愛というスキャンダラスな事象をどう受け止めているのか__非常に興味があった。


聞いてみようか。


だが事が事だけに、直接的な表現も憚られる。

忍とはいえ、この年頃の子供の精神は意外な程繊細で脆い。己とて鬼ではない、出来れば傷つけたくないと
思うのは当然の心理だ。


__だが。


暫くの逡巡の後、物書きとしての好奇心が勝った。

出来るだけのさり気なさを装い、カカシとイルカの近況なんぞを訊ねてみる。・・・・しかしこれまたどうにも情け
ないことに、己の意図を一発で見抜かれたらしい。

時折甲高い笑い声まで混じっていた二人の口唇が、ピンと張った空気と共に、ピタリと閉じられる。
固まった姿勢のままお互いチラリ、と横目で視線を合わせ__サクラはそのまま俯き、ナルトは遠い目をして
鼻をほじりだした。気まずい沈黙が落ちる。やはり、酷なことをしてしまったか。己の軽率な思いつきを詫びよ
うと口を開きかけた時、それを遮ったのは春野サクラの声だった。


「あの・・・自来也先生」


恐る恐る、といった風情の声に顔を向けると、意外や少女の視線は鋼の様に強い。驚きというよりは感嘆の
思いで眺めていると、桃色の頭がグッと持ち上がった。


「こんな事をお尋ねするのは大変に失礼とは存じますが・・・・あの、『ダブル・バインド』という言葉はご存じで
しょうか?」


だぶる・・・・なんだ?聞き慣れない言葉に首を傾げる。己の疑問を読みとったのか、サクラは先を諳んじるよう
に続けた。


「ええと・・・・それでは『トランス・ジェンダー』は如何でしょう?・・・あるいは『トランス・セクシャリティ』は?」


聞き慣れない横文字にたじろぐ己に、サクラは薄い笑みを浮かべた。


「失礼ながら、どちらの言葉もご存じ無いとお見受けします。でしたら是非、上野千鶴子、小倉千加子両女史
の御本を一読されることをお薦めします。それから江原由美子、金井淑子・・・・あっ、伊藤悟氏がいました、
先生が本当にお尋ねになりたいことは、彼の本に遍く表記されていると思います。これらをご一読された上
で、また次の機会にでも・・・・如何でしょう?」


ほー、そうきたか。

いくらニブい己でも、サクラの言わんとすることは分かる。つまり己の質問自体がセクハラだと言いたい訳だ。
確かに下卑た好奇心が根底にあったのも事実であり反省もしているが、女の権利を振り翳すフェミニズムとや
らには嫌悪を抱く。大体忍の社会なんぞ究極の実力社会だ、力さえあれば性差年齢の関わりなく幾らでも上
にいける。史上最年少で上忍に登り詰めたカカシがいい例だ。何より女である綱手が里のトップに腰を据えて
いるのだ、そこで今更男女平等も無いだろう。


「もちろん私も、極右的、極左的な、急進的フェミニズムは是としません。ですが大局的立場から男女が性差
を越えて認めあう、リベラルで柔軟な思考はこれからの時代、必要不可欠なものになると確信しています。
人が人を精神的に組み敷くのは不可能です。まずは性の枠を外して、お互いを一己の人間として認識するこ
とが重要だと思います。」


・・・・なッ、なんとまぁ小癪な。大方殆どが綱手の受け売りだろうがそれにしても淀みない。いやこの口調はど
こかで・・・・そうだ、イルカだ。イルカに似ている。アイツは本当に頭に来ると怒鳴り散らしたりはせず、逆に噛
んで含めるような物言いをする。ディベートの技術まで伝授された訳ではなかろうが、ニッコリ微笑む少女の後
ろに、確かにイルカの影を見た。


「・・・・エロ仙人ってばよー」


それまで知らぬ顔で口を噤んでいたナルトが突然口を挟んだ。鼻に突っ込んでいた指で、今度は耳を掻き始
めた。


「オレ思うんだけどよ、もうこれからは男だ女だって拘ってる時代じゃないってばよ。カカシ先生もイルカ先生
も、オレらにとってはどっちも大好きで大切な人なんだぜ!!だからその二人が仲良くしてくれるのは、すんご
く嬉しいことなんだってば!!」


う・・・・まぁ、確かにな。無垢なナルトの物言いに少々胸が痛む。同性愛を異端視していた引け目もあり、素
直に非を認めようとしていた己の気持ちは、しかし続いたナルトの言葉に木っ端微塵にうち砕かれた。


「エロ仙人もよー、いつまでも愛情を金で買うようなマネばっかしてちゃダメだってばよ。そんなの、まがいもの
だって。それにまがいものばっか見てると、今度は本物と見分けがつかなくなるってば。エロ仙人も、もうトシ
だろ?いい加減心を入れ替えて真面目な生活を考えないと、このまんまじゃすんげー寂しい老後を送ることに
なるってばよ。」


・・・・なッ、なッ、なッ、何を言い腐るこのガキがッ!!己が花街に多く潜伏するのは情報収集の為だ、その
情報が非常時にどれ程の武器になるか、下忍のお前等にはとうてい分かるまい!?その為には五感を研ぎ
澄まし、飲んでも酔えない酒を飲み、白粉臭い女の肩を敢えて抱く。その苦労の何分の一も、ナルト、オマエ
の脳天気な脳味噌が理解しているわけでは無かろうにッ!!いくら四代目の忘れ形見とは云え、言って良い
ことと悪いことがある。その耳朶でも捻り上げてやろうと手を伸ばしかけた時、頭上から春野サクラの冷徹な
声が降ってきた。


「自来也先生、これは先にお伝えしておこうと思ったんですが」


いつの間にか仁王立ちしていたサクラが、座り込む己を見下ろしていた。


「綱手様が火影に就任されるにあたり、服務規程書が大幅に改訂されまして、いかなる場所に於いても階級
差を理由にした性的接触、性暴力を無理強いすることは厳しく禁じられることと相成りました。それは口頭で
の性的嫌がらせも同様です。もし違反を目にしたり、自分がその立場に直面した場合、速やかな上層部への
報告が義務づけられています。また違反者は厳罰に処せられる事が決定済みです。そのようなトラブルを一
括処理する部署も新たに立ち上げられまして、フル稼働で機能していると耳にしております。__それから」


サクラの瞳がすうっと細められた。


「夜伽などという前時代的な悪習は、綱手様の命で完全に廃止されましたので、どうぞお見知り置きを」


――・・・・ッ、な、な、なッ!!



なにがじゃどーしてじゃだれがじゃ!!!



だれがお前の様なケツの青い小娘を相手にするかッ!!わざわざ釘を刺されずとも、己にそんな趣味はない
わ!!おのれ小娘ちょこざいな、言わせておけば頭の上から好き放題!もう我慢ならん、其処に直れ!!実
力の差というもの、思い知らせてくれるッ!!

激昂のあまり拳が震えていた。躰の奥からチャクラが沸き立ち振動している。だが目の前のサクラは己の怒
りを感知した上で、シレっとした顔で佇んでいる。・・・・やるならやってみろということか。どうやら綱手の気に
入りだという噂は本物らしい。人をやり込めてツンと澄ましているその表情、まごうことなき綱手譲りだ。

だがいくら五代目の子飼いとは云え、年長者を愚弄して唯では済むまい?己も伝説の三忍と言われた男、こ
こで一つ階級差の厳しい現実を突きつけてやるのも慈悲というものだ。
その高い鼻柱をへし折ってやろうと腰を浮かしかけたとき、後ろから穏やかに肩を掴まれた。


「エロ仙人」


まだ大人になりきれていない、半端な大きさの掌。ナルトの手だった。


「イルカ先生がいっつもオレに言ってるってばよ。その人の人生の価値って、『人でも物でもいい、どれ程命懸
けで愛せるものに、出会えたかで決まる』ってさ。エロ仙人はつえーしタフだし色んなこと知ってるし、すんげー
忍だってばよ。だからぜってー、エロ仙人もそんな人に出会える日がきっと来るってばよ、オレが保証する!」


ニカッと笑ったナルトの前歯が、高い日差しに眩しく輝いた。


「オレ、カカシ先生やイルカ先生とおんなじ位に、エロ仙人のこと大好きだ!それに尊敬してる!幸せになって
欲しいって、いっつも思ってるってばよ!!だからさ、だからさ!!これからもし本気で好きな人が出来たら、
こっそり教えてくれよ、ぜってー協力するからさ!!」


ナルトォー、そろそろ片付けするわよ、手伝ってー。サクラの声が飛ぶ。おうよ、まかしとけ!ナルトがサクラの
元に駆け寄る。二人の手で、昼食の残骸が手際よく処理されてゆく。その姿を呆然と眺める意外、己に何が
出来ただろう。


――・・・・・・・。


撃沈。


・・・・断言する。お前等立派な夫婦茶椀だ将来必ず所帯を持て。


阿吽の呼吸、凸と凹、あるいはボケとツッコミとも称せられる完璧な波状攻撃。お前等が一緒になればさぞか
し強固な絆で結ばれた、堅牢な家庭を築くだろう。ついでに一個師団ほどの子供でもつくりやがれ。


春野サクラも、あの陰鬱なうちはの生き残りのどこが良いのか知らないが__すっかり身支度を終え、ナルト
と二人で己を急かすその姿は、まるでつがいの鳥だ。・・・・まぁ、初恋は実らないって言うしな。
それにしても。



――・・・・・13才、恐るべし。



ワシはその後三日間、ヤツらの影を踏まない様に歩いたのだった。




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