アイズ ワイド シャット (前)



「__残念です、イルカ先生」


上忍の骨張った指が小さな金ヤスリを握り、器用にアンプルを開封する。その中身が注射器の中に吸い込ま
れていくのを、弛緩した目で見守った。


「私は貴方を人として、教師として心から尊敬していました。その貴方に、こんな行為を為さなければならない
のは、返すがえすも残念です。__これは、私の本意ではありません。どうかそれだけは・・・・覚えておいて
下さい。」


左腕に手早くゴムの止血帯が巻かれる。最早抵抗する気力も湧かず、その努力もしなかった。浮き上がった
静脈に針が入り、薬液総てが注入される。忍医顔負けの手際の良さを呆然と眺めていると、露出している蒼
い瞳が哀しげに細められた。


「苦しみは、ありません。これは私と火影様からの、貴方に対するせめてもの心遣いです。」


上忍が手甲を剥ぎ口布を下げた。初めて目にするその素顔に気を取られているうち、視界が揺れ始めた。眼
前の端麗な顔が捻れ、歪む。静かに佇むその姿に手を伸ばし、縋ろうとした瞬間、記憶は途切れた。






「――ッ!ッ、アアッ!!・・・・ン、アァッ――」


耳の軟骨を咬まれ、舐られ、胸を弄られた。首筋を舌先が這う。それだけで自分自身が痛い程に張りつめ、
勃ち上がっているのが分かる。長い指が巻き付き緩く扱かれると、その衝撃で折れるほどに背中が撓った。


「――アアッ、ア、や・・・っ、や、めて、アァ、ァ、ァ、ア―・・・ッ!!」


皮膚と肉の間を、何千何万の蟻が這っている。カカシの手が触れるたび、その蟻が運ぶ快楽の玉が、ひとつ
ひとつ音を立てて弾け散る。皮下で蠢く得体の知れない感覚にイルカはいとも簡単に陥落し、あられもない声
を上げ続けた。


「・・・イルカ先生、火影屋敷の第三所蔵庫に入ったことは?」

「――し、らな・・・・だからッ!もう、さっきから、なんども――っ!!」

「・・・・ほんとうに・・・・?」


絡みついたカカシの指に力が入り、緩急をつけて扱き上げられた。イルカの口から悲鳴のような嬌声が上が
り、上半身が限界まで仰け反る。先走りの液で濡れそぼった性器はカカシの手の中で淫猥な音を立て、それ
は刺激的にイルカの耳を犯した。


「結城カヅサといつ、抜ける予定でしたか・・・?」

「ハ・・・アッ、アァ、ア・・・しらな・・・や、アアッ――ンンンッ!!」


カヅサは同僚の一人で受付でも頻繁に同席していた。だが、ただそれだけの関係だ。特別親しく口を利いた
こともないし、ましてや連れ立って出掛けたことなど一度もない。ここに連行され、何度も問いただされたその
名前に、イルカは首を振るしか無かった。

後ろからイルカを抱き込んだカカシの手が、陰嚢を揉み陰茎を扱く。その刺激にカカシの胸に背中を預け、仰
け反ったイルカの喉を、赤い舌が舐め上げた。


「・・・イルカ、先生。俺の名前を呼んで・・・?」

「・・・ァア――ッ、ア・・・か、カシ、カカシカカシ、カカシ―・・・ッ!!」

「__よく、できました。これから正直に答えてくれたら、もっと気持ちよくしてあげる。先生は指と舌と・・・・、
どっちがいい?」

「――ッン、ァア、ハッ・・・も、もう・・・・」

「何?ちゃんと言わなきゃ、聞こえないよ」


カカシの指先が濡れた先端にねじ込まれると、イルカの身体は跳ね上がり捩れた。喘ぎ続け閉じられない口
からは絶えず唾液が滴っている。言われずとも、限界はもうすぐそこまで来ていた。


「・・・・ア、ァ、ア――ッ・・・お、願い――ッ」

「・・・ん?」

「・・・――ッ、な、めて・・・っ」


恥も外聞も無かった。身の内で沸騰する熱が出口を求めて猛り狂っている。それを解放できるのは目の前の
上忍だけだ。自ら足を開いたイルカと向き合い、その中心に顔を落とすカカシの髪に、縋るように指を埋めた。
下半身を晒された自分とは反対に、カカシは未だ着衣に何一つ乱れを見せず、息すら弾んでいない。これ以
上の事をされたら、いったい自分の身体はどうなってしまうのか。このままでは身体より先に、精神の方が焼
き切れるに違いない。いや、それは駄目だ。どんな状況下であろうと、正気だけは保っていなければ、助かる
ものも助からない。たとえそれが脱出不可能な煉獄にいようとも__。

だが身体は心を裏切って、快楽に揺れる腰を止めることが出来ない。喘ぎは最早啜り泣きに変わっていた。
吐息を吹きかけるだけで焦らすように触れないカカシの唇に、イルカは腰骨を突きだし自ら性器を擦りつけた。

振り仰いだイルカの眦から、絶え間ない涙が流れた。



イルカはそのまま地下牢に三日間拘留され、__四日目の朝、釈放された。









「・・・イルカ、夕飯、何か食べたいものがある?」


気まずい空気を打ち消すように、明るい声で里久が言った。さり気なく、しかし素早くイルカから身を離すと、て
きぱきと外出の準備を始める。どうやら買い物に出掛けるつもりらしい。イルカは重い溜息を無理矢理呑み込
むと、里久にあわせて軽い調子で返した。


「昨日は肉だったから今日は魚がいいな。ホラ、お前の得意なあの平べったい・・・」

「太刀魚?」

「そうそう、あれの唐揚げ。あれがいい。美味いもんな」


頷いて微笑んだ里久は財布を手に、三和土に降りた。イルカはその後ろ姿に焦りを覚え、腰を浮かして声を
掛けた。


「・・・・俺も、一緒に行こうか・・・・?」

「ううん、いいよ。すぐに帰るし。」


即答した里久が扉を閉めて出ていくと、イルカは今度こそ盛大な溜息を吐いて横になった。

里久は、悲しんでいる。もちろん、そうさせたのは自分だ。

頭の下で手を組み天井を眺めた。もうあれからかなりの時間が経っている。だが今この状態の原因は、すべ
てあの出来事に帰結する。もう一度天井のシミに目を遣ると、静かに瞼を閉じた。




イルカが重要機密漏洩容疑で連行されてから、もう三ヶ月が経っていた。先に捕縛された結城カヅサの容疑
は決定的だった。主に上忍の個人情報が掲載された書類をかなりの量で持ち出そうとし、阻止された。そこ
までは、いい。だがそのカヅサの口から内応者としてイルカの名が挙がったことで、事態は急転した。

イルカの元を警務部隊の内務調査官が訪れた時、偶然里久はその場に居合わせなかった。それだけが不幸
中の幸いだった。__だが。

尋問は過酷を極めた。まずポリグラフにかけられ、その後狭い部屋での口頭尋問は数時間に及んだ。だが何
度同じ事を訊ねられようと、イルカは否定の言葉しか吐けなかった。カヅサの供述はイルカにとっても晴天の
霹靂で、全く身に覚えがなかったからだ。

場所を地下に移すと言われ、イルカは疲弊しながらも腹をくくった。とうとうこれから、拷問が始まると思った。
その道のスペシャリストとして名を馳せる、森乃イビキの顔が浮かんだ。自分は痛みには、強い方だ。だがイ
ビキの攻めに、果たして耐え切れるだろうか。痛めつけられるのは、いい。だがその所為でありもしない事実
を肯定してしまうことが、何より恐ろしかった。しかしイビキは現れなかった。その代わり地下牢に移されたイ
ルカの前に立ったのは、七班の上忍師__はたけカカシだった。




カカシを、敬愛していた。

元生徒達の新しい上官として知り合った男は、里の至宝と謳われながらも実に気さくな人間だった。その輝
かしい経歴や比類無き実力をひけらかすこともなく、淡々と日々を過ごし穏やかに人に接した。それはイルカ
に対しても例外ではなく、幾度も共にした酒の席でまるで旧知の間柄のように深まった二人の友情は、互い
の恋人の惚気話を披露するまでになっていた。

そのカカシが、地下牢に現れた。

それが意味することは唯一つ。__自分はこれから、徹底的にカカシに嬲られる。一縷の望みを賭けて火影
への目通りを願い出たイルカを、カカシの言葉が更なる絶望に突き落とした。


「私を寄越したのは、火影様の要望です。__火影様は今、大変嘆息していらっしゃいます。せめて苦痛を与
えず尋問して欲しいと、私に依頼されました。それに・・・・もし貴方が内応者なら、尚更対面させる訳にはいき
ません。みすみす火影様の命を危険に晒すことになります。」


カカシは医療用の救急キットからアンプルと注射器を取り出すと掲げてみせた。晒された片目が、悲哀に染ま
っていた。苦しませはしないと宣言しながら突き立てられた針の中身を、イルカは容易に想像できた。自白剤
か、催淫剤か。いや、おそらくその両方だろう。体内に注入される液体を冷静に観察しながら、これから繰り
広げられる淫獄を思った。__だがその先に待っていた現実は、それを遙かに越えていた。


持っていた矜持も理性も、カカシの口内で射精してから、すべてが吹き飛んだ。__あとはカカシの為すがま
ま、為されるがままに翻弄され、弄ばれ、共に快楽を貪った。



拘留されて四日目の朝、カヅサの供述が翻り、イルカは釈放された。与えられた数日間の休暇が明け、職場
に復帰したイルカの事情を知る者は、誰一人いなかった。皆イルカが通常の任務に就いていたと思っている。
このままもし自分が戻らなかったとしても、おそらく誰も疑問すら抱かないだろう。真実は闇に葬り去られ、通
常の殉職として扱われてお終いだ。事実、自分はカヅサがその後どう処分されたのか、その事件の真相すら
知らされていなかった。組織の持つ黒い力の恐ろしさに背筋を寒くしながらも、それでもイルカは元いた平穏
な日常に溶け込む努力を、惜しまなかった。

その姿に以前のイルカとの相違点は、全く見受けられなかった。ただ一点を、除いては。



イルカはあの日以来、__恋人の里久を、抱けない身体になっていた。



イルカはガバと身を起こすと、自分も財布を引っ掴み急いで靴を履いた。里久を追いかけて、それから何か美
味いものでも奢ってやろう。さっきの詫びと言っては、あからさまに映るかもしれない。だがこんなことでしか、
今のイルカには里久への愛情を示す術がなかった。


自宅から程近い商店街に駆け込むと、里久の姿はすぐに見つかった。忍服を着た女性と話込んでいる。その
顔に見覚えは無かったが、その佇まいと纏うチャクラで、一目で上忍と知れた。それに何より、その女性はか
なり人目を引く美貌の持ち主だった。


「あ、イルカ」


気付いた里久が嬉しそうに声を上げた。先輩に会ったのだと弾んだ調子で告げる里久の声は、しかしイルカ
の耳に届いていなかった。その視線は唯一点に奪われたまま動かすことが出来ず、身体は硬直し心拍数は
急激に上昇した。

イルカはきつく、両手を握り締めた。



姦しく口を動かす女達のその後ろに__はたけカカシが立っていた。








TEXT  NEXT