チャイルド・プレイ




「ああっ・・・、や──っ、あ、あ、ん、あ・・・・っ」


「・・・・は・・・・うっ、あ──・・・、っ、いるか・・・・い、るか」




極限まで突っ張った後に弛緩した身体で、お互い達したと知った。激しい行為の余波で、口を利くこともまま
ならない。大きく波打つ背中が二つ。乗っかった男も乗っかられた女もギラギラと眼を光らせて、ヒタと互いに
見つめあう。やがて火照る身体が少しずつ平熱を取り戻し、呼吸も穏やかに整い始めた。男が赤く染まる頬
に手を伸ばし、口づけようとした瞬間__ドゴ、と男は寝台から蹴り落とされた。


「アホ!ドアホ!早よ、これ解いて!!」


女は縛られた両手を掲げてみせた。蹴り落とされた男が頭を抱えながら身を起こす。


「なにすんの、いるか。あー、もーメチャ痛いわー」


「それはこっちのセリフやわっ!なんやねん、帰ってくるなり、こんな、こんな・・・!!」


一糸纏わぬ女の身体が怒りに震えている。男は腕の戒めを解いてやるとフーフーと息を吹き付けた。


「痛かった?ごめんな。せやけどしゃあないねん、これはこーいうプレイやから。」


「はぁっ!?」


女の剣幕に男がテヘ、と笑う。唯でさえ秀麗な美貌が、その微笑で無駄に輝く。


「・・・あんな、男が、仕事して帰ってくるねん。せやけどな、それがただの仕事やないんや。もうごっつ酷い仕
事でな、男はもー腐るやら辛いやらで、いっぱいいっぱいやねん。そんでどーにも辛抱たまらんて、家で待っ
てる優しい恋人にムチャしてまうんや。そんでコトが終わった後、『なんであんなことしたんやろ』、て後悔して
男は泣いて詫びるんやけどな、恋人は『もうええねん』、て優しく笑って許すんや。・・・・そーいうプレイ。『鬼畜
プレイ』言うんやけどな。」


分かった?小首を傾げる男に、女はガックリと膝をつきたくなった。男の言いたいことは大体分かった。これは
たぶんきっといつもの。


「・・・アンタ、またロクでもない小説読んだやろ。おおかたイチャパラの新刊でも出たんとちゃうん!?まったく
しょーもない本ばっかり読みくさって、いい加減にしてほしいわ!」


女の罵りは火を噴くように熱かったが、男は至って涼しげだ。イチャパラ信奉者に似合わぬその冷静さに、女
は一時自分の眼を疑った。男は再びテヘ、と笑うとバリバリと頭を掻いた。


「あんな、本と、ちゃうねん。実はオレ、今な・・・・むっっちゃネットにハマってんねん」


「は!?ネット・・・・って、何、インターネットのこと?」


「そう、そのネットや。このあいだいるかが教えてくれたやろ、あれおもろいなー」


確かに以前、世事に疎い男に初めてインターネットを経験させた。しかし、それはぜんそくの持病を持つ男の
為、役立ちそうなサイトを幾つか教えただけであって、それが何で帰宅するなり裸で縛り上げられた今の自分
の状況にリンクするのか分からない。

__いやまて、もしやまさか。


「・・・アンタまさか」


「いや最初はな、真面目にぜんそく関係のサイト見てたんやで、ホンマに!それがカチカチいわしてるうちに、
妙なトコ行ってもうてな、・・・・いや妙いうか天国いうか、いやその・・・・ようするにイチャパラみたいな話が死
ぬほど読めるトコや!オレもう驚いてもうてな、__せやかてもう、よりどりみどりなんやで!人妻、ロリ、看護
婦に女教師、それから兄妹モノにィ・・・・」


「あーもうええわ!分かった、分かりました!!結局アダルトサイトにハマってるって話やろっ!?」


なんつー情けない。女はこめかみを揉んだ。大方アダルト小説の検索リングにでもブチあたったのだろう。ぜ
んそく関連のサイトからそんな所に飛ぶわけがない。最初からソッチ方面を検索していたに違いない。ヘルス
ケアの一環として教えた行為が、まさかそんな方向に飛び火するとは。後悔先に立たず、覆水盆に返らず。
女は軽蔑の目で男を見た。


「・・・なにが『鬼畜プレイ』や。だいたいアンタ仕事してへんやんか。働いてるのはウチやんか。」


「あ、いや、それはこっちに置いといて・・・」


「置いとけるか!それになんやのん、仕事するたび恋人犯しててどうするねん。社会にでたら辛いことばっか
りなんやで、そんなコトにいちいち付き合っとれんわ!つーか、そんなヘタレ、よういらんわ!!」


「・・・いやだからフツーの仕事と違うんやて、なんやら酷いっちゅーたやろ」


「それがなんや!ウチなんか毎日毎日ニキビ面の青臭い子供らに囲まれて過ごしてんねんで、これこそ酷い
の極みやないの!もーただでさえヘトヘトやねんで、頼むからこれ以上妙なことせんといて!!」


「またまたそんなこと言うて。いつもと違うって、燃えたやろ?気持ちよかったやろ?口ではそんなこと言った
かて、身体は正直やで。いるかのアソコいつもより三割・・・いや四・・・軽く倍はヌレヌレやっ・・・イデデデッ」


いつの間にかにじり寄っていた男を、女は再び蹴り落とした。


「あーっ、もうっ!アンタそのえげつない直接話法なんとかしいや!!もー、イヤ!顔を見るのもイヤ!!ただ
でさえアンタといるとセックス、セックス、セックス、そればっかりやんか!!そのうえ今日はムリヤリあんなこ
とさせられて・・・もういやや、別居しよ!ウチホンマに静かな生活が送りたいねん、鍵置いてでてって!!」


男はベッドの下で暫くゴソゴソと動いていたようだった。しかし、いつもは女のヒステリーをのらりくらりとかわす
男が何も言わない。黙っている。不審に思った女が下を覗くと、男が膝を抱えて丸まっていた。


「・・・いるかは、オレとエッチするの、そんなにイヤなん・・・・?」


「え」


翳りのある萎れた声に少々焦る。いやダマされるな、都合の悪いときの泣き落としはこの男の常套手段だ。


「オレな、自分が役立たずなのは充分分かってんで。身体弱いからよう働けんし・・・でもな、オレいるかが好
きやから・・・・ホンマに好きやから、一緒にいる時はちょっとでも楽しく過ごしたいんや。・・・・せやかてオレに
出来るこというたら、いるかを気持ちよくさせるぐらいしか能が無いやろ?せやからオレ・・・ちよっとでも勉強し
ようおもて、オレ・・・・」


ぐずぐずと鼻を啜る音が聞こえる。女は思わず下に降りて、男の顔を覗き込んでいた。


「なっ・・・・なに、なにも泣くことないやん、全く大袈裟やな・・・」


その隙を見逃さず、男はガバリと抱きついた。


「前にも言うたけどな・・・、オレ二人でエッチを楽しみたい、分かち合いたいって思うたのは、いるかが初めて
やねんで。ホンマのホンマやで。前はただ突っ込んで出すだけやったし、こんな気持ち初めてなんや。いるか
を見てるとな、なんかもうワケわからん程キューっとなってな、心も身体もホカホカに暖かくなるんや・・・ホンマ
やで?せやから、機嫌直してぇな。出ていけなんて言われたら、オレもう死んでまうわ。オレにはいるかだけ
なんや。お願いや、頼むから・・・な?な?」


半泣きの男にギュウギュウ抱きしめられて溜息を吐いた。またこれだ。この手口だ。だが分かっているのにそ
の度絆される自分が悪い。一番悪い。女は面食いな自分を恨んだ。__ああ、男がこれ程男前でなかった
ら。最早諦めの境地で女は男の背を撫でた。


「・・・ばか。ばかし。ばかかし。」


「照れるわ。」


「誰が褒めとんねん、誰が。」


二人同時に吹き出す頃には、男の調子もすっかり戻っていた。鼻歌を歌いつつ、女の胸に顔を乗せる。


「せやけど、ネットておもろいだけやのうて、便利やなぁ。いろんなもん通販できるんやもんなぁ、驚いたわ。
・・・あ、それでな、いるか。来月誕生日やろ?プレゼントにネットで服買うたろ思てんけど、それでええか?」


「えっ、ホンマ!?」


実入りの少ない男の珍しい申し出に、女が思わず明るい声を出す。既に頭の中では数々のブランド品が駆け
めぐっていた。


「そんな、悪いわぁ・・・・でもアンタがどうしても言うんなら、喜んで!」


「うん、オレもいろいろ考え中なんやけどな、取り敢えずメイド服と看護婦の制服と、いるかはどっちがいい?」


「・・・・・は?」


「看護婦も捨てがたいけどなー、やっぱりメイドは可愛いもんなー。あ、ちゃんとカフスとか、頭に付けるひらひ
らとかついてんねんで。あっ、そうや!ガーターベルトも忘れたらアカンな。アブナイ、アブナイ」


「はぁぁぁぁぁっ!?」


「・・・あー、どうしよ、なんかメイド姿のいるか想像するだけでムラムラしてきたわ・・・。な、いるか、もう一回し
よか?」


男はさっきとは打って変わった不敵な笑みを浮かべて女に覆い被さった。慌てた女は尻餅をついて後ずさる。


「ななななな、何いってんの、冗談やないわ!さっきあれほどしたやないの!!もう無理!ホンマに無理!!
これ以上は身体壊れてしまうわ、堪忍して!!」


「まぁまぁ、そんな遠慮せんと。」


大きな手が我が物顔で這い回る。女はとにかく逃れようと必死に身を捩った。


「してへんて、最初からしてへんて!そやから堪忍して!頼むから、な!な!?」


さっきの自分とおなじセリフを吐く女の姿に、男は薄笑いを浮かべた。そうやって半端に嫌がる肢体が余計に
男をそそると、女は未だに分かってないらしい。教師のくせに学習能力の無いこと、甚だしい。__大体男が
女と暮らし始めて思いを遂げられなかったことなど、一度も無いのだ。



ねこにまたたび、かかしにいるか。



この夜もご多分に漏れず、いるかは骨までかかしに喰われたのだった。




〈 了 〉



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