めぐり逢えたら



フラれた。この私が。


実にアッサリ、そしてキッパリと。


火影岩が見下ろすテラスで、私はボンヤリと鉄柵に凭れていた。見下ろす木の葉の里は雑多な建物が所狭
しと建ち並び、土地という土地を隙間なく埋め尽くしている。しかしその合間を縫う幾多の新緑の輝きが、目に
眩しい。砂塵が常に吹き荒れる自分の故郷を脳裡に描きながら、私は頬杖をついた。


私には同郷の、恋人がいた。


恋人というよりは、幼馴染みと言えるかも知れない。彼の父親が先代風影の側近中の側近だった所為で、私
達は幼い頃から常に近しい存在だった。幼い思慕は成長するにつれ大人のそれに変わり、周囲の人間も私
達を『内裏雛』と囃し立て、漠然とではあるがこの先ずっと一緒に__生涯を共に歩んで行く相手だと思って
いた。


だが、終わりは突然。


『木の葉崩し』。大蛇丸にまんまと乗せられた我が里。実父風影の逝去。木の葉との同盟関係の締結。弟我
愛羅が風影を継ぎ、そのサポートと木の葉とのパイプ役としての責務。

雑事に忙殺される日々の合間をぬい、久しぶりに顔を合わせたその彼はいとも簡単にこの私を切り捨てた。

曰く、


『君の為にも、もう逢わない方がいい』。


言葉とは実に滑稽だ。『君の為』。表向きそう表現された彼の心情は、その実私を一顧だにしていない。其処
に私の意向が反映される隙は、一片たりともない。


噂は、火のようにあっという間に広まる。


カンクロウがぎこちない慰めの言葉を吐き、あの我愛羅までもが私の健康状態を気遣った。


__傷ついた。大変に、傷ついた。


恋人に切り捨てられた事実より、周囲の腫れ物に触る様な扱いが余程神経に障った。その居心地の悪さに
耐えきれず、任務にかこつけ私はさっさと木の葉に逃げ出した。










「あれ、誰かと思ったらテマリさんかよ。」


見知った顔の中忍が声を掛けてきた。一度この男の窮地を救ったことがある。中忍選抜試験の準備もあり、も
う随分と気安く口を利くようになっていた。


「砂に帰ってたんじゃねぇの?もうこっちに来てたのか。なんだよ、ボーっとして珍しいな、彼氏にでもフラれた
か?・・・・あれ、もしかして図星・・・?」


いつもながらの不躾な言葉遣いに、何故か怒る気にもなれない。高く昇っていた日は傾きかけて、溶け落ち
そうなオレンジ色に変わりはじめていた。男が寄ってきて私を真似、鉄柵に凭れる。


「あー、いや、アンタ時々ある意味すごく分かり易いっつーかなんつーか・・・・いや別に馬鹿にしてるわけじゃ
あなくて、まぁその・・・・」


普段の私なら、格下の男にこんな口の効き方をされて黙ってはいない。__しかし。


異国の丘で見る夕陽。渡っていく鳥の鳴き声。


その哀切な響きがその時、私を実に感傷的な気分にしていた。気付けば、私は事の顛末をポツリポツリと男
に打ち明けていた。打ち明けながらも、私は自分に問い掛けていた。__いったいどこで何をどう間違えてし
まったのか。確かに主従関係からすれば逆転した私達の立場だったが、私はそれを打ち消そうと精一杯気を
遣ってきた。決して嫌な思いはさせていなかった筈だ。


「・・・ふーん、成る程ね。」


頬杖をついて聞いていた男が実に気の抜けた声で相槌を打つ。その三白眼は前を向いたままだ。


「そりゃあアンタも辛かったろうけどさ、結局は本物じゃなかったってコトだろ?まぁ終わっちまったコトは仕方
がない、忘れるより他ねーんじゃねーの」


本物?本物じゃない!?私達が過ごしてきた時間も知らずになんて言い草だ。こんなヤツに話した私が愚か
だった。どうしたってこの痛みが分かる筈もない。所詮は他人事って訳だ。


「あー、いやその、遊びとか本気とか、そーいう意味じゃなくてさ。なんつーか、つまり・・・立場だ面子だってい
ってるうちは、まだホントの恋愛じゃなかったんだろってコトさ。こう、なんてーの?誰がなんと言おうと、お互い
ガーっと燃え上がって、周りが見えなくなっちまうぐらいが恋愛っつーんじゃねぇの?」


怒りに逆立っていた毛が萎んでいくのを感じる。__確かに、一理あるかもしれない。私は彼を好きだった
が、我を忘れる、という経験は一度もなかった。常にどこか身体の芯が冷えていて__いつも冷静に状況を
分析している自分がいた。

それにしても、この男__私より年下のクセしてなかなか言うじゃないか。まるで老成しているようなもの言い
をする。


「あー、いままでのセリフ、ぶっちゃけ全部オヤジの受け売り。あー見えてオヤジも昔は色々あったみたいで
さ、なんつーの、ワーっとなって、ガーッとなって、バーっといくぐらいの血の上り方しなけりゃ、恋愛って言わ
ないそうでさ・・・」


何がああ見えて、だ。同じ顔のクセして。私は一度見たことのあるこの男の父親を思いだし、笑いを堪えるの
に苦労した。


「まー、つまりさ・・・・」


『イルカ先生ぇぇぇぇぇっっ!!!』


男が言葉を継ごうとしたその時、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。しかも別の男の。二人同時に下の通りを
覗くと、男が男の背に縋り付いていた。縋られてられているのは、顔馴染みのアカデミー教師。縋っているの
はこの里内外でもかなり高名な上忍だ。珍妙な光景に目を丸くしていると、シカマルの溜息が聞こえた。


「あー、あれ、うちの里の天然記念物。」



『待って、待って下さいよぉぉぉ、だからさっきから謝ってるじゃあないですかぁぁぁ』

『うるさいうるさいうるさいっ!!アンタみたいな非常識な人間、見たことありませんよっ!!もうアッチ行って
下さい、アンタしばらくウチに出入り禁止ですからねっ!!』

『そんなぁぁぁ、だって、だまって出掛けちゃう先生も悪いんですよぉぉ。俺せんせーとおはよーのチューしない
と一日力が出ないんですよぉぉぉ』

『・・・・だからって、授業中に乱入してブチまかす馬鹿がどこにいるんですかっっ!もうオレ教壇に立てません
よっっ!!』



「・・・・まぁ、見てられないって言う人間もいるっちゃあいるんだけど・・・」



『ごめんなさいぃぃぃ、イルカせんせ〜〜』

『もー知りませんよっ!アンタなんかっ!!』



「オレのオヤジに言わせれば、あれも『完成された一つの愛の形』なんだそースよ。」


中忍教師はひどく立腹した様子で上忍を背中に貼り付かせたまま、立ち去ってしまった。・・・確かになりふり
構っていない、見本の様なものかも知れない。しかしねぇ・・・


「まーアンタもさ、相手の親に『息子さんを下さい』ってブチまかすくらいが、ちょうどいいんじゃないの?」


さすがにこれには笑った。自分のキツイ性格は重々承知している。そんなこと、天地がひっくり返ろうとあるわ
けがない。__だがしかし。



これから先、我を忘れてしまうような相手が、私の前に出てくるのだろうか。周囲を見失う程に愛せる、そんな
人間にめぐり逢えるのだろうか。



シカマルのピアスが夕陽を受けてカチリと光った。言いたいだけ言うと満足したのか、今度は放心したかのよ
うに黙っている。気の利かない男だ。顔見知りの女が辛い告白をして萎れているというのに、お茶の一つにも
誘えないのか。大分喋って喉も乾いたし、木の葉は砂と違って魅力的な甘味所が多い。今どうしてもというな
ら、付き合ってやってもいい。・・・だがヤツは相変わらず頬杖をついて、口を噤んだままだ。


__しょうがない、そんなにこの夕焼けが見たいなら、もう少しつきあってやるか。



五年後。この男の両親の前で『息子さんを下さい』と額づいているともつゆ知らず、私はシカマルと肩を並べ、
燃え上がる太陽を眺めていた。




TEXT