張り込み



パチン、となにかが弾けるような音。


繁みに身を潜め、そっと覗くと男の人が男の人を殴っていた。__あたしは息を呑んだ。


サクラ!あんたなんでこんな肝心な時、ここにいないのよ!!


殴った男の人はあたし達の大好きなイルカ先生で、殴られた人は七班の__あの先生だった。

驚いた。

だってイルカ先生は中忍で、あの先生は上忍だ。そんなことをして、許されるのだろうか。。そりゃあイルカ先
生は怒ると恐いけど、理不尽な怒り方は絶対にしない。どちらかと言えば、すごく理知的な人だ。だから先生
が怒る時は、必ず何かちゃんとした理由がある。


その先生が、今、怒りに我を忘れた様子で、体を震わせている。


いったい、どうしたんだろう。それに、なんか様子が変だ。イルカ先生は激昴しているのに、どこか悲しそうで、
とても辛そうな表情をしている。それなのに、殴られた方の先生の片目は薄く笑っていて__どこか嬉しそう
ですらある。


イルカ先生は何かを吐き捨てるように呟くと、背中を向けて走り去ってしまった。


取り残された先生はポケットに手を入れて、その後ろ姿をのんびりと眺めている。あたしは気配を消すことに
全神経を集中してそこから離れようとした瞬間、襟首を掴まれた。「ヒッ」という声も出ない。ビックリしすぎて。
逃げようともがきながら恐る恐る見上げると、「なーんだ、アスマんところの子供か」と言われた。いやだいや
だいやだ、放して。あたしは前からこの人が苦手だった。だって、ウチの髭と全然違う。髭は確かにデカくてゴ
ツくてムサいけど、あれでなかなか優しいところがある。それに、上忍とは思えないほど気さくだ。だから気を
遣わなくていい。だけどこの人はその格好のせいもあるけれど、どこか得体が知れなくて__不気味だ。

とりあえず相手は上忍だし、失礼はいけないと思って、「こんにちは」と挨拶した。すると「はい、こんにちは」と
返してくれたけど、その後が続かない。ずっと黙っている。


ビー玉のように青い瞳が、キロリと私を見下ろしている。


あたしは余りの気まずさに耐えかねて、ついに自分から話しかけた。


「・・・ケンカしたんですか?イルカ先生と」


「アンタも見てたでしょ、少なくとも和気藹々とは言わないんじゃないの」


出来るだけ控えめな調子で訊ねたのに、先生は実にあっけらかんと肯定した。


「あの・・・謝りに行かなくていいんですか・・・?」


「__あのね、俺とイルカ先生は同じ円周上に立ってるようなもんなの。逆に逃げたつもりでもどうせこっちに
戻って来ちゃうんだからさ、いーのいーの、ほっといて。」


言われたことの半分も意味が分からない。首を傾げて考えていると唐突にデコピンされた。


「お子様には分かんないかも知れないけどさ、色々あるのよ、大人には。なんのかんのウルサイ奴らも多いか
らさ、とりあえずさっきの事は黙っといてくれる?」


言い終わるか終わらないかのうち、姿が消えた。呆然と残った煙を見ながら、考えた。うるさいヤツって、七班
のことだろうか?特にナルトとか、サクラとか。あたしはいつもするサクラとの口ゲンカを思った。あたしたちは
気が付けばいつも一緒にいるけれど、ケンカになることも多い。でもお互い言いたいことを言って、ソレで終わ
り。けっこうすっきりするし、その場限りで後は引かない。

あたしはなんとなく、イルカ先生が気の毒になった。

あんな人を相手に、ケンカするってどんな気持ちだろう。きっと捕らえどころがなくて、ヌルヌルしたうなぎを掴
まえるようなものなんじゃないかな。なんか疲れそう。


サクラはケンカの原因を知っているのだろうか。


カカシ先生とイルカ先生が、あんなに仲が悪いなんて、全然知らなかった。いやでもケンカするってことは、あ
たしとサクラみたいに仲がいいってことなのかな?あぁ、考えれば考えるほど分からない。サクラに聞いてみ
ようか。でもさっき、口止めされちゃったし・・・・。これが髭なら、引き替えになにか奢らせてやるところだけど、
あの先生とはそこまで親しくない。・・・なんとなく、面白くない。


どうしよう。


『誰にも言わないで』って言えば、サクラにくらい話しても、大丈夫だよね?だって『ここだけの話』って、女の
友情の必須アイテムだもん。こんな美味しいネタ、サクラだって、聞けば絶対喜ぶに決まってる。


あたしは元来た道を引き返すと、足取り軽くサクラの家へ向かった。



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