敵、ある愛の物語




__好き、とかね、セックスしたい、ってのとは違うんです。



煩雑な喧噪に満ちた居酒屋の一角で、中忍教師はカカシの言葉に静かに耳を傾ける。その柔らかい目尻に
僅かばかりの朱が射したのは、カカシのあからさまな物言いの所為か、はたまた廻った酒の所為か。



__繋がりたいなんて、生易しいものじゃないんです。何て言うのかな、もっと根元的な・・・その人の身体の
中全部に、自分の頭からしっぽの先まで、潜り込みたいというか・・・・。とにかくね、重なりたいとかくっつきた
いなんて次元の話じゃなくて、もうね、・・・・一つの塊になってしまいたいんです。一緒にね。


「ははぁ、それはたぶん、母胎回帰というヤツですね、はたけ上忍。」


__は?ボタイカイキ?・・・何それ?


「人間の持っている本能のようなものですよ。私達はこうして生活していても、母親の腹の中にいた時の心地
よさを意識下で覚えていて、かつそれを求めているんです。ほら、風呂に入ったり、プールや川や海で水に浮
いたりすると、気持ちいいでしょ?あれも回帰願望の一つです。・・・はたけ上忍はその方に母性を感じてい
て、その母性と一体化したい、包まれたいと思ってるんじゃないですか?」


__本能?じゃ、別に俺は異常じゃないってこと?


「そりゃあ、もちろん!人間は、特に男には顕著な潜在的願望の一つですよ、母親と一つになりたいってのは
ね。ひいてはそれがエディプス・コンプレックスに繋がっていく訳ですが__俗な言い方をすれば、巨乳好き
の男が多いのも、その影響ですよ。ほら程度はどうあれ、女性のふくよかな身体って時には扇情的であるけ
れど、安堵感や安心感を与えるでしょう?男にとってそれは当然の希求というか、生理現象の一つですよ。」


__へえぇ、なるほどねぇ。・・・・いややっぱり先生に相談して正解だったな、勉強になりましたよ。上忍連中
とじゃこうはいきません。アイツらガサツなだけで、何の役にもたちゃしませんからねぇ。


「あはは、そんなこと。俺の持ってる知識といっても、教職課程でとった程度のものですからね、大したことあり
ませんよ。__でも、はからずも上忍のお役に立てたのなら嬉しい限りです。」


__いやほんとにねぇ、なんていうか胸のつかえが下りましたよ。分からない事が分かるようになるって、気
持ちがいいモンですねぇ。お墨付き頂けたから、尚更ですよ。



衒いのない賞賛を口にすれば、隣に座る男は意外なほど長い睫を伏せて羞面を作る。酒に濡れた口唇が照
明の光を鈍く弾き、赤く滑った。



__それで?


「は?」


__先生も、巨乳ちゃんが好きなの?ご多分に漏れず?


「なっ、なんですか突然!?お、俺のことはどうでもいいじゃないですか!・・フツーです、別に普通ですよ!」


__へぇそうなの?なら今度花街にご一緒しましょうよ、今夜のお礼に綺麗どころを紹介しますよ。


「い、いやっ、そんな、お気遣いなく!お、お気持ちだけで結構ですから!!」



さっきまでの教師然とした余裕はどこへやら、慌てふためく態度で房事に不慣れだと知れる。朱を掃いた様に
染まる項を凝視していると、ついと上がった男の視線とぶつかった。



「・・・でも、お幸せですね。」


__え?


「その女性ですよ、そこまではたけ上忍に想われるなんて、女冥利に尽きますね。」


__・・・そうですかねぇ。俺みたいな変わり者に気に入られちゃあ、迷惑なだけじゃないですかね。



懸命にカカシの言葉を否定する声を聞き流しながら、頬杖をついて杯を傾けた。


でもねぇ、イルカ先生。俺が皮を剥いで引っ被ってしまいたいと思ってる相手は、柔らかい躰と滑らかな肌を持
つ女じゃなくて、いかにも武骨な目の前のアンタ自身なんですけどね。おかしいなぁ、アンタに子宮は無いし、
ゴツゴツした身体はいかにも触り心地悪そうなのに。この疑問を口にしたら、アンタはどう説明してくれるんだ
ろうね?


腹の中で逆巻く思考を掌で温めながら徳利を持ち上げ差し出すと、イルカは嬉しそうに杯を握る。酒に浸る口
唇から目を離せないままカカシはほんの僅か、イルカに肩を寄せた。



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