ボイス・オブ・ムーン




剥き出しの腕が、頭上に伸びる。


全力疾走後の疲労感に似た気怠さに、寝返りを打つことすら辛い。視線だけで行方を追うと、長い指がオーデ
ィオのボリュームを絞った。


__ットタタタタタットタタタタタッンタタタッ


不連続で規則性のないリズムが部屋を満たし、空中に幾何学模様が浮き上がる。



「・・・先生、終わった後いつもこの曲聞くのね。好きなの?」

「ああ、これ?チック・コリア。知らない?」



月毎の生理前、私はいつも堪らなくセックスがしたくなる。身を焦がす劣情の炎に苛まれても、一番抱いて欲
しい人は今この故郷にはいない。だから二番目の人に身を任せる。眠たげな目をした元上司は、相変わらず
眠たげな顔で私を受け入れる。



「ジャズって、嫌い。因数分解みたいで頭が痛くなる」



限りなく自慰に近い、スポーツのようなセックス。余計な睦言も、愛撫も無い。確実に快楽のポイントだけを突
く、キャッチボールの様な性行為。投げ合うボールは小気味良い音を立てて、互いのグローブに吸い込まれ
る。



「・・・お前数学得意じゃなかった?てっきり理系かと思ってたよ。」

「意外?実は文系でした。暗記が一番得意。」



上滑りな意味のない会話を続けていると、耐え難い睡魔が襲ってくる。殺伐とした快楽と引き替えに生まれる
深い眠りは暖かい毛布の様に私を包み、虜にする。



「・・・・先生、・・・すごく眠い・・・このまま泊まっていって、いい・・・・?」



__ダッダダダンタットトトトタタタタットッダッ



変速的なリズムに合わせて幾何学模様が踊り出す。薄い口唇が何かを告げた様な気がしたけれど、遠く響く
鐘の音のように掠れて消えた。温い沼に全身を浸す快楽を想いながら、私は漆黒の闇に墜ちた。




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