イルカ日記 1



◯月×日

俺は今日、随分と久しぶりにアカデミーの収蔵庫に向かった。三代目に言い付かって、古い呪術の類の巻物
を探し出すためだ。昔からプロフェッサーと異名を持つ三代目のこと、あの年になっても旺盛な探求心は尊敬
に値するが、常々その資料探しに手足の如く使われるのには閉口した。火影の傍には秘書と名の付く役職
の者がいない。その必要性を何度も指摘してはいるものの、慢性的な人手不足でなかなか実現しないのが
現状だ。まぁ俺もガキの頃から世話になりっぱなしで、三代目には未だに頭が上がらない。これくらいのサー
ビス残業は仕方ないかと思いながらも、廊下を赤く染める夕焼けに溜息が出た。これからあの薄暗い部屋で
目当てのブツを探し出すのに一体どれくらいかかるのか。かなり古い巻物だからおそらく三つある内の一番奥
の収蔵庫だろう。あーぁ、帰りは気晴らしに一楽のラーメンでも食って帰るか。こんなだから彼女の一人も出来
ないんだよなぁ。

俺は鍵束を取り出して音を立てて開錠すると扉を開けた。

閉めた。

その間、コンマ五秒。理由を聞かれれば簡単だ、中に先客がいたからだ。男と女、ひとりずつ。しかもその二
人が。


・・・してた。ヤッてた。まぐわってた。


言っちゃあ何だが俺の動体視力はイチロー並に完璧だ。俺の一番誇れる身体能力と言ってもいい。その俺の
眼に映った女の顔に見覚えは無かったが、えらい美人だった。そしてもうひとりの男の方は__間違いない、
見間違う筈もない、あの風体、銀の髪__七班の指導教官、はたけ上忍だ。


俺は扉の前で踵を返すと宿直室まで戻り、煙草を吸いながらきっちり30分時間を潰した。そして再びゆっくり
とさっきの場所に向かった。


カカシ先生、とナルトらに呼ばれているあの上忍を、俺は良く知らない。引継ぎの時と、受付所で数回言葉を
交わした程度だ。あの背格好で素性も知れないことから、俺は最初かなり七班の行く末を懸念した。しかし子
供達はどうやら彼を慕っているようだし、任務も今のところ何とかそつなくこなしている。なにより三代目の人
選だ、間違いなんてことがある筈が無いだろう。そう自分に言い聞かせつつ見守ってきた、つもりだったんだ
が。


・・・しかしなぁ。


普通するか!?あんな所で。

はたけ上忍は以前外回り専門の、戦忍と呼んでも差し支えない程の仕事をこなしてきたらしい。だがいくらな
んでも自分の家くらいあるだろう。もしくは連れ込み宿とか。いくら人気のない場所だとはいえ何を好きこのん
で、あんな埃だらけの黴臭い薄汚れた場所でしなきゃなんないのか。しかも、あんな美人と。・・・いや、決して
羨ましいとか・・・そんなんじゃないぞ、断じて!!余程切羽詰まってたのかは知らないが、いずれにせよ言い
なりになる女も女だが、引きずり込んだ男も男だ。此処は子供達の為の学舎だ、それくらいは分かっているだ
ろうに。一般的にリビドーが抑圧される職に就いている人間は私生活が乱れ易いというし、はたけ上忍の任
務なんてその最たるもんだろう。それは俺にも分かる。・・・・だけどなぁ・・・ガイ先生の様に清廉潔白な人柄を
求めるワケじゃないが、到底常識の範囲内とは言い難いだろう、あれは。本当にあの人に七班を任せて大丈
夫なのかなぁ・・・。
ただでさえ煩わしい雑事に追い回されているというのに、また一つ増えた心配事のタネに軽い頭痛を覚えな
がら、俺は恐る恐る扉を開いた。


さすがに部屋の中には人の気配も姿もなかった。しかしとっぷりと日の暮れた倉庫で、一本の懐中電灯だけ
を頼りの探し物は思いも掛けず難航し、待ちくたびれた三代目から小言をくらうハメになった。まさか本当の事
を言うわけにもいかず、言い訳をぐっと呑み込んだ俺はその後一楽の激辛ラーメンを大盛りでヤケ食いし、夜
半に胃痛で悶絶した。


くっそぉぉぉ、あの色ボケ上忍!全部アイツの所為だ!!


海老のように丸まって痛む腹をさすりながら、俺は布団の中で呪いの呪文を吐いた。





◯月×日

受付でバッタリはたけ上忍と出くわす。会いたくないと思っている時に限ってこうだ。なんとかの法則ってやつ
か。すかさず

『イルカ先生、昨日はどーも』

と言われ、耳まで赤面する。うわ、やっぱりバレてたか。ソッコーで扉を閉めたし、まさか顔は見られていまい
と思ってたが甘かった。なんのかんの言っても相手は上忍だもんなぁ。・・・・いやちがうだろ。そうじゃないだ
ろ!「昨日はとんだ所を・・・」って恥じらうのはアンタの方だろ!!なのになんで俺が赤くなってんだ。

モゴモゴと口ごもる俺に、余裕の態度をカマして遠ざかる少々猫背な後ろ姿を見送りつつ、住んでる世界の
違いを実感する。





◯月×日

最近の残業疲れで熟睡していた筈の俺は、突如真夜中に飛び起きた。


サクラ。


いやまさか、まさかな。まさか、そんなことがある訳ないだろう。サクラは12歳だ、まだ子供だ。そんなことに
なったら、それこそ犯罪だ、犯罪者だ。変態だ。大体上忍師というものは下忍達を教え導きながら、上司とし
ての立場も持ち合わせる、かなり荷の重い役職だ。半端な責任感では全うできないし、俺の知っている上忍
師の方々は、皆例外なく立派な人たちばかりだ。しかし。


俺の脳裡に、先日の絡み合う男と女の姿が過ぎった。微かに漏れ聞こえた、息遣いが蘇った。


あんな所であんなことをする人間の性癖が、まともだと言えるのか。歪んだ性的興味がサクラに向かないと、
どうして言える。いやしかし、仮にも上忍だ。しかも三代目の指名した人間だ。本来なら、こんな事を勘ぐるだ
けでも顰蹙を買うなんてどころの話じゃない。・・・だがその可能性が全くないと言い切れるか?そう自問すれ
ば、また不安が首をもたげてくる。ならどうする、確かめるか?しかしどうやって。ことがことだけに直接サクラ
に聞くには刺激が強すぎやしないか。かといってあの上忍に直に訊ける訳もない。格下の中忍が出過ぎたマ
ネをすれば半殺しか、__いや、下手すると殺されるな。

あああ、どーすりゃいいんだ、ちくしょう。こんなしょうもない心配で目が冴えちまうのも、あんな現場を見ちまっ
た所為じゃねえか。どう責任取ってくれるってんだ、全く。


とにかく明日、さりげなくサクラにカマをかけてみるか。


ごろごろと寝返りを打ちながら、俺は結局悶々と夜明けまで悩み続けた。





◯月×日

帰宅途中の商店街で、偶然サクラを掴まえる。おあつらえ向きに一人だった。しどろもどろの俺の問いに、察
しの良いサクラは破顔一笑して明るく答えた。


『大丈夫よ、先生。カカシ先生にとって私は女の範疇に入ってないもの、セクハラなんてされてないわ』


安堵の溜息を漏らす俺をサクラは面白そうに眺めていたが、不意にはにかんだ表情を見せた。


『ありがとう、先生。私のこと、心配してくれたのね。』


・・・・かわいい。可愛いなぁ、サクラは。俺は何だか胸が詰まって桜色の頭を掻き回した。サクラだけじゃな
い、ナルトやサスケでさえそうなんだが、この年頃の子供は自分に向けられる感情に非常に敏感だ。自分に
対する愛情や感心を感じ取ると、自己顕示欲と羞恥が入り交じった、実に独特な表情を浮かべる。俺はそん
な子供達の顔を見る度、この子達が愛されて育つようにと祈らずにはいられない。俺でさえこんな簡単に胸一
杯になってしまうというのに、サクラのご両親からすればどんなにか娘が愛しいだろう。子を持つ親の心情を
慮る時、俺はやっぱり自分の家族が欲しくなる。


久しぶりに団子でも食って帰るか、俺の言葉に嬉しそうに頷くサクラの口から、俺はしかしとんでもないことを
聞いた。


『先生、イチャイチャパラダイスって知ってる?カカシ先生ねえ、その本が大好きで任務の間もずーっと読んで
るのよ。』


俺は青くなった。イチャパラっていったら里でも有名な18禁指定の・・・え、え、エロ本じゃないか!それを子供
の前で堂々と読んでるってのか!!しかも下忍選抜試験の時でさえ皆の前で開いて見せたという。


・・・・いったい何なんだ、あの人。やっぱりどうも少し、とういうかかなり普通じゃ無いらしい。


一旦は軌道修正されるかに見えたはたけ上忍の印象は最悪の方向に曲がったまま、俺はサクラの肩を抱い
て団子屋の暖簾をくぐった。小首を傾げて俺を見つめるサクラの問いをさり気なくスルーしつつ、何でも好きな
もの食えよと言えば、翠色の瞳は弾むようにメニューを辿り始める。

一難去って、また一難。内心で冷や汗をぬぐいつつ、俺は嘆息した。生徒達がアカデミーを卒業し、上忍師の
手に委ねてしまえばお役御免だと思ってきたし、事実今までもそうだった。しかし七班に限ってはそうもいかな
いらしい。・・・もう一度、三代目に相談してみようか。


無邪気に甘味を頬張るサクラの顔を見ながら、俺は七班の行く末に頭を痛めた。






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