日の名残り
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突然頭上から降ってきた声に繰り返していた律動を止め、カカシは用心深く周囲を探った。
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『お前自分が何やってるか分かってんの?まったくお前の忍耐力の無さには呆れてものも言えないね。』
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だが長く警戒することもなくすぐに緊張を解いた。誰よりも良く見知った声と気配。それは自分自身のものに他
ならない。
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『見ろよ、可哀想に。状況に耐えられなくて自分で意識を飛ばしちまってる。』
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言われて組み敷いていた女を見ると、半眼から覗いた瞳になんの反応も伺えない。カカシは裸身を起こすとベ
ッド脇に立つ男に目を据えた。
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忍服を着込み、額あてで左目を隠し口布を上げているその姿は紛れもなく自分そのものだ。しかしこうして対
面するのも随分と久しぶりだ。
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__なんでオマエがここにいる?オマエが出てくるのは余程の時だけだろう?おかしいな、別に今オレは・・・
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『お前何にも分かってないのな。そう、お前は只今離人症の発症真っ最中だよ。過度の快楽と充足感と自己
嫌悪と罪悪感で今お前の精神は恐慌状態にあるのさ。だから俺が呼ばれたって訳だ。まぁ、もう少し落ち着
いてきたら俺も用済みだろうけどね。』
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忍服を着たカカシは窓から覗く朝焼けの空を一旦眺めると、冷えた侮蔑の視線を裸身のカカシに戻した。
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『お前この始末どうつけんの?さんざっぱら嗅ぎまわってたんだ、このセンセがもうすぐ所帯持つっての知って
るだろ?』
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__どうもこうも、こうなったらもう手放すつもりはないよ。具合もいいしね。相手の男は中忍だろ?まぁ、何と
かなるさ。
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『上忍師の言い草とも思えないね。ガキ共になんて言い訳するんだよ、あんなに好かれてるってのに』
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__別にこっちからわざわざ話すことでもないさ。どうせほっといても自然に耳に入るだろ。それよりオマエこ
そ何?いい加減消えてくれない?邪魔だよ、見りゃわかるだろ?
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ベッド上のカカシはイルカの髪を一房手に取ると、感触を確かめるように指に巻き付けてまた手を離す。神経
質に何度も繰り返されるその仕草に、忍服を着たカカシは目を細めると嘲笑を投げた。
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『それはそれはご主人様。仰せごもっともですがね、俺は自分の意志じゃ出て来れないんだけどね?お前が
呼んだからここにいるんだ、それを忘れないでもらいたいね。』
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__オマエが出てきたのは何かの間違いだ。オレは今安定している。オマエが言うような酷い状態じゃない。
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『お前まさかこのまんまで済むとは思ってないよな?』
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『バカだバカだと思ってきたけどお前は本物のバカだよ。ふざけてる場合か?人ひとりの人生狂わせたツケは
必ず来るぞ、覚悟しとけ。大体お前がテンパッてるのはミエミエなんだよ。だから俺を呼んだんだろうが。』
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__さっきから黙って聞いてりゃ随分と言ってくれるな。これまで散々汚い任務や殺しをしてきたんだ、今更何
のツケだよ?オマエの言葉には何の説得力も無いね。さっきも言ったがオマエが出てきたのは何かの間違い
だ。そんなに暇ならそこで大人しく見物してろ、馬鹿。
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カカシはイルカのこめかみに口付けると再びその躰にのし掛かった。頭上から大仰な溜息が聞こえる。される
がままのイルカの肌に、見せつけるように舌を這わせると黒い睫が微かに震えた。
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同時に傷だらけの自分の背中が見えるのはヤツの視点が混在しているのか。いや、これはヤツの存在が消
えかかっている証であり、自分とヤツの自我の境界が曖昧になってきた時に起きる現象だ。
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ああそうだ、さっさと消えろ。オレは今正常だ。自分がしたいことをした、ただそれだけだ。許しを乞うつもりもな
い。力ある者がそうして何が悪い?
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ただでさえ常日頃危険に晒されている身だ、遠慮なんてものをしている内に自分が命を落としたら、それこそ
死んでも死にきれない。そうだろ?
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最早もうひとりの自分が発する声は聞こえず、ただ咎めるような強い視線だけが肌を刺す。傍らに佇むその半
身は既に半透明に透けかかり、陽炎のように揺らめいている。
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カカシはイルカの左手の薬指に光る細いリングを見つけると、引き抜いて既に残像さえ定かでない自分の影
に向かって投げつけた。
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女は、自分が考えに考え抜いた決断に猛然と抗議したばかりか、公衆の面前で特定の生徒を擁護した。
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忍の社会において階級差は絶対だ。それにも拘わらず中忍が、しかもくの一が公然と上忍に食ってかかると
は前代未聞の出来事だ。その場は火影の取りなしで事なきを得たが、その後も女の態度に反省の二文字は
見えず、時折顔を合わせれば子供達に向ける柔和な瞳をきつい眼差しに変えて投げつける。その不遜な態
度を支える自信は何なのか。不快感を大きく上回る疑念に、いつしかカカシの眼は常にイルカを追っていた。
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成る程、虎の威を借る何とやらか。それならそれで、お灸を据えてやるべきだろう、今後の事も考えて。
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女がひとりでいる時間を狙いすまし、そのドアを叩いたのは数週間後のことだ。
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とはいえ、その時点で最後までするつもりは毛頭なかった。
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圧倒的な力の差を見せつけて、ひれ伏したイルカの口から謝罪の言葉が漏れればそこで鷹揚に許してやる
つもりだった。許婚がいることも知っていたし、少々イルカの肝を冷やしてやればそれで満足のはず、だった。
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許しを乞うどころか、イルカは死に物狂いで抵抗した。
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あらん限りの手段で最大限の殺気と怒気を滾らせて、確実にカカシを殺すつもりで刃をふるった。
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カカシの腹に蟠っていた嗜虐心が爆発的に膨れ上がり、背筋を駆け昇って脳髄を焼く。
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あれは自分にとって拷問や飢餓などの極限状態に置かれた際の、精神的な逃避行為に過ぎない。戦場でな
らともかく、平時の里で発症したのは初めてだった。その上、別人格に散々に詰られた。自分がそこまで追い
つめられていたとは思いたくもないが、平常心でなかったのは確かだ。
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何もかもが不測の事態に転がっている。そう自覚しながらも、最早イルカの身体を手放せないことだけは予測
ができた。
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カカシはベッドの上に身を起こすと軽く頭を振った。薬の副作用か頭痛がする。
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隣で横たわるイルカの身体は規則正しい寝息を立て、その目元には疲労のためかうっすらと隈が浮いてい
る。カカシは目を逸らすと、代わりにもう何度眺めたか分からない壁のシミにボンヤリと目を留めた。
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イルカにすっぱりと手を切られた許婚が縊死して果てた後も、イルカは閨で刃をふるい続けた。しかし数ヶ月も
経たない頃から徐々にその矛先が鈍り始め、いつの間にかパタリと止んだ。そうして次第にカカシとの会話の
糸口を探すようになった。
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それはカカシにとって興味深い変節だったが、誰だって刃よりは言葉を向けられる方が良いに決まっている。
危険な刺激も捨てがたいが、何より言葉は痛くない。
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男が質問するなど珍しい。イルカは首を傾げてカカシの顔を覗き込んだ。
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__お前なんでオレを査問会に突き出さないの?お陰でお前世間じゃ結構な言われようだよ。
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__私が本当に求めているのは心からの反省と謝罪です。少しばかり収監されたところで、アナタが心底自
分の行いを悔い改めるとは思えません。・・・心配しなくても、アナタを告訴するようなことはしませんよ。
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カカシがイルカの頬を張り飛ばすと衝撃で吹き飛んだ身体は部屋の真ん中に転がり、黒髪が畳の上に乱雑
に散った。呻く身体に馬乗りになると押さえつけ、取り出した薬ビンの中身を無理矢理含ませる。暴れるイル
カの指がビンを弾いたのにも構わずに手で口に蓋をし、喉元が嚥下の動きを見せるとカカシの唇から笑みが
零れた。
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イルカの指が激しく畳を掻きむしり、部屋の隅で蹲るその肩は荒い息で激しく上下していた。素早く身体に吸
収された薬の効果はものの数分で現れ、全身に走る小刻みな震えがそれを顕著に現している。
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媚薬というには強烈すぎる、催淫剤よりは正確な化学的効果をもたらす医薬品。カカシ、お堅いセンセと遊ぶ
ならこれ使ってみ、楽しいぜ。下卑た嗤いを貼りつけて、小さな包みを手渡す同僚の顔がチラと浮かんだ。
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は、は、は、は。犬の様な息遣いで見上げる黒い瞳には何の疑問も浮かんでいない。問うだけ無駄だ、それ
はお互い良く分かっている。最初から屈従させ辱めることが目的の行為に理由などいらない。
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指でイルカの背骨をなぞると全身が硬直し、こめかみに汗が浮く。今は風に吹かれるような軽微な刺激でさえ
辛いはずだ。まったく大した精神力だよ、イルカ先生。カカシは敬意を込めて耳元で囁いた。
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__とりあえずオレしか鎮めてやれないけど、どうする?
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震えるうなじを舐め上げると、細く長い悲鳴が上がった。
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別段手の込んだ虐め方はしていない。むしろ誠実に丁寧に、丹誠込めて長時間、イルカの全身をくまなく愛撫
した。指で舌で、舌で指で。そしてどんなにカカシ自身を乞われても聞き入れなかった。
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__触って、弄って、舐めて、擦って、挿れて、突いて、動いて、揺すって__もっと。 お願い、だから
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言わせたい言葉を全部吐かせても、カカシは与えなかった。耐えきれずにカカシ自身にのびるイルカの指を何
度も払い退けた。は、は、は、は。交互に重なる吐息が螺旋状に混じり合い奇妙なリズムを奏でる。
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__ただじゃ、あげられないよ。オレの上に乗ってみな。オレを気持ちよくしてくれたら、ご褒美に動いてやっ
てもいいよ。
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暗示にかけられた人形のようにイルカはのろのろと身体を起こした。薬で思考を奪われたその望みはただ一
つ、身の内でのたうつ淫蕩な熱から解放されることだ。イルカはカカシの身体に跨るとゆっくりとその中心に腰
を落とし、微かな水音が響くと待ち望んだ歓びにその喉が白く震えた。は、は、は、は。最初は躊躇いがちだ
った、ぎこちない動きが少しずつ熱を帯びてやがて大胆に速度を上げる。あられもない言葉で快楽を表現しな
がら身体を揺すり上げるイルカの姿は淫猥に過ぎた。これでは気持ち良いどころか、自分の方が幾らも保た
ない。カカシは床に転がったままの薬ビンを取り上げると、残ったままの中身を一気に飲み干した。
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それから後の狂態は、焼き切れたフィルムのように、コマ切れにしか残っていない。
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隣で横たわっていた身体が身じろぎして、背を向けたまま呟いた。その声は掠れ、地を這うように低い。
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「・・・アナタはどうしてそんなに導火線が短いんですか」
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からかいとも詰りともつかない問い掛けに、カカシは顔を背けた。
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「まぁ確実にお前よりオレの方が先に死ぬんだ、その時まで付き合ってよ。どうせ、そう長い間の事じゃないだ
ろうしさ。」
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捨て鉢なカカシの言葉にイルカが初めて身を起こした。
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「・・・死ぬ死ぬって、どうしていつもアナタはそうなんですか?こんな稼業だから仕方ないかもしれないけれ
ど、私はアナタほど厭世的な人間を見たことがありません。加えて自虐的でもあるし・・・」
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先を続けようとするイルカを振り切ってカカシはベッドを降りた。これ以上イルカと話して昨夜の愚行を繰り返さ
ない自信は無い。いつもの如く勝手に風呂を使い、体を洗うと服を着込んだ。寝室には戻らずそのまま玄関に
向かう。チラリと肩越しに振り返ると再び寝そべったイルカの背中が見えた。
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「ほうら、ご覧。これがアメジスト、こっちがオパール、あぁ、ブラックオパールもあるよ。ルビーとサファイアは同
じコランダムという鉱石から採れるのは有名な話なんだが、知ってるかな?コランダムの宝石質の中で、赤以
外のものを総てサファイアと呼ぶのさ。それはトパーズ。ピンクトパーズは今かなりの人気商品だよ。
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黒曜石は知ってるね?昔の人間が矢尻なんかに使ってたからね。火山が噴火するだろう、その時マグマが
急速に冷やされて出来るんだ。厳密に言うと石じゃない。ガラスだよ。これはトルマリン。そっちがアレキサン
ドライト。そうだ、紅水晶も見ておきなさい、ローズクォーツと言えば有名かな?結晶の見える紅水晶は珍しい
からね、これはかなり貴重な標本だよ。」
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下忍たちは男の手から無造作にこぼれ落ちる原石を、息を詰めて見ていた。
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Cランクとはいえ、宝石商を護衛しその自宅まで送り届ける任務は、子供達にとってかなりの重労働に違いな
かった。子供とはいえ、依頼人が抱える荷の高額さは良く理解している。気の毒な程に気を張りつめ、全身で
警戒する子供達の健気さに絆された宝石商は、その城と呼べるような豪邸に辿り着いても皆を引き留め、カカ
シ率いる下忍達を篤くもてなした。
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「すごいわ、私こんなの初めて見た。加工してある宝石も素晴らしいけど、こうして石のまま眺めてもとっても
素敵。」
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せめてもの目の保養にと気前よく列べられた鉱石を前に、三人組の紅一点はルーペを握り締め、顔を上気さ
せて呟いた。
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「お嬢ちゃん、鋭いね。私も全く同じ意見だよ。宝石の本当の美しさや魅力は、こうして人の手が加わっていな
い原石の段階にあるんだよ。このアメトリンの標本をご覧。これは紫水晶と黄水晶が一つになった結晶なんだ
が、まるで神が悪戯したかのような神秘的な色合いだろう?本当は輪切りになった標本が一般的なんだが
ね、私はわざわざ原石のまま取り寄せたのさ。」
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褒められて得意そうに澄ましたその表情は、少女というよりは立派に女そのものだ。
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「よし、賢いお嬢ちゃんに免じて今日は大盤振る舞いだ、ここで一番高価なものを見せてやろう。
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・・・・ご覧、これが宝石の中の宝石、女王の中の女王、ダイヤモンドだよ。」
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期待に胸を膨らませて男の手元を覗いた子供達は、やがて戸惑った表情で顔を見合わせた。
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「これはまだ研磨する前のものだからな。ダイヤっていうのは磨かないとなかなか光らないものなのさ。そんな
ところは人間の女と一緒だろ。お嬢ちゃんも大人になったらピカピカに輝いて、色んな男たちにたんと宝石を買
って貰いな。その時は私が上物を一杯用意してまってるよ。」
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「あらいやだ、おじさん、私そんなに何人も恋人なんていらないもの。好きな人はたった一人よ。」
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少女が身を捩って黒髪の少年を見つめる。それに気付いた少年はそっぽを向いてしまった。
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少女と言い合いを始めた金髪の少年を諫めながら一点を見つめるカカシに、男が声をかけた。
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「なんだい?何か気に入ったものでもあるのかい、先生。」
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男はカカシが名のある上忍だと知りながらも、数日行動を共にした気安さから先生と呼んでいた。カカシの熱
心な視線に気付いた男の顔が商売人のそれに変わる。
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ごろごろと転がる鉱石とは別の場所に保管してある、透明なケースの中身を指して訪ねた。
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「あぁ、これかい?さすが先生、目が高いね。これは石じゃない、真珠だよ。
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アコヤ貝のなかで何年もかけて成長するのさ。それも養殖物じゃない、正真正銘の天然物だよ。水の国の白
靂湾で採れたレアものさ。見てご覧、この大きさ。気品ある色艶、形。養殖だってこんな立派なものは作れや
しないよ。私も長いことこの商売してるけどね、これほどの希少価値は滅多にお目にかかれないねぇ。」
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なになに、せんせい、買うの?カカシと男の会話に気付いた子供達が寄ってきて聞き耳を立てる。
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男の答えに子供達が息をのんだ。男が依頼料として支払った金額の軽く五倍は越えている。そして躊躇い無
くベストの内側から高額紙幣を取り出したカカシに、子供達は今度こそ揃って叫び声を上げた。
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カカシは手のひらを見つめた。清雅で芳醇な輝きを放つ、白い球体。
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このまま行けば、自分は間違いなくイルカを喰い殺すだろう。
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指摘された通り、イルカに相対する時の自分の気の短さは異常だった。何故あそこまで自制が効かないの
か。まさか__カカシは歩みを止めた。人格の分裂が進んでいるのだろうか。
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今此処にいる自分が人格A、離人症発症時に出てくるアイツが人格B、キレたと同時にイルカを蹂躙するのが
人格Cか。分裂するのは構わないがそれぞれをコントロール出来ないようでは忍としての生命にかかわる。
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いや__それは違う。それは単なる逃避であり願望だ。何も知らないイルカを犯し、踏みにじり弄んだのは他
でもないこの自分だ。人間行き着くとこまで行き着けば、いつかは目が覚める。このままでは、どんな形であ
れ二人揃って地獄行きだ。
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まともなつきあいなどと呼べる筈も無い今迄を振り返れば、別れという言葉を使うのもおこがましい。だが遅き
に失したがもういい加減手を離してやろうと思った。どのみち碌な死に方をしないであろう自分は兎も角、イル
カを道連れにするのは流石に哀れだった。
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胸に手を当ててベストの内側で転がる球体に触れた。せめてもの償いといっては軽すぎるのは分かっていた
が、取り敢えず手渡してみるつもりだった。一体イルカはどんな顔で差し出されたこれを受け取るのか。その
時を想像するだけで過ぎる物悲しい感情の意味を理解しないまま、カカシはイルカの元へ足を向けた。
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訪ねた家にイルカの姿は無かった。いつも通り勝手に上がり込み二時間待ったところで異常に気が付いた。
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一見身の回りのものに変わりは無かったが、水場を使った形跡がない。
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外に飛び出してあらゆる心当たりを探したがその姿はどこにも見あたらなかった。もしや。
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拳を握り締めると背中に冷や汗が流れた。それなのに体温は緊張と興奮で急激に上昇している。
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__そこまで嫌悪しているなら何故そう言わない。こんな風にコソコソ姿をくらます位なら、
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イルカを訪ねた目的も忘れ、先刻まで胸に抱いていた決意とは真逆の激情に流される自分に何の矛盾も感じ
なかった。忍犬を口寄せすれば匂いで行方を辿れると気付き、犬達に導かれてある場所にたどり着いた頃に
は既に日が傾きかけていた。
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草の上に座り込んでいたイルカはカカシを見ると邪気のない笑顔を見せた。
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しかしその尋常でない様子を見て取ると眉を顰めた。イルカの前に立ちはだかるカカシの身体は息が弾み、
微かに震えまで走っている。
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「・・・どうしたんですか?私言いましたよね?今日は一日此処にいるって」
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空気が震えるほどの大声に身を竦ませながらもイルカは毅然と言い返した。
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言った、言ってない、言った、言ってない。押し問答を繰り返すうちカカシは突然イルカを地面に突き倒すとそ
の身体に覆い被さった。
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「ちょっと!重い、重いですって、体重かけるの止めて下さい!」
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堪らず上げた悲鳴を無視して体を押しつける子供じみた所為に、イルカはカカシの背を叩く手を止めた。
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「・・・そうですか、ご免なさい。でもねぇ、泣くことないじゃないですか。」
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言われたカカシの方が驚いた。鼻を啜り上げてはいたがその自覚が無かった。羞恥で顔が上げられず、ます
ますイルカの身体を押し潰した。
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イルカの手がゆっくりと上がって優しくカカシの髪を撫でる。
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「憎かったら、今まで側にいませんよ。アナタを殺すなんて容易いことですから」
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「この前、アナタの事を自虐的だと言ったでしょう。自虐の対極にあるのは自己愛です。このふたつはかけ離
れているようでいて、実は表裏一体なんです。つまり自虐的であるということは自分を愛したいという欲求の
発露でもあるんです。アナタは今、このふたつの感情の間を振り子のように大きく揺れている。罪悪感という
船に乗ってね。だから自分を持て余して辛い思いをしているんです。」
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イルカの手のひらが、カカシの背をゆっくりと上下する。イルカがかつてこんな繊細な触れ方をした事はなかっ
た。そのあまりの心地よさにうっすらと眠気さえ覚える。
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「・・・アナタ、私といるといつも荒れたでしょう。それは、アナタが私という人間を見ていないからです。アナタ
にとって私はどうやら、アナタという自己を写す鏡なんです。
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何故そんなスイッチが入ってしまったのかは謎ですけど、アナタは私と向き合うと、おそらく私の中に見たくも
ない自分を見てしまってつい暴力的になる。違いますか?」
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「つまりオレがお前とセックスするのは、マスターベーションと一緒ってわけ」
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「・・・それはある意味上手いたとえです。自慰行為って的確に快楽を得られるけど、ある種の空しさや罪悪感
があるでしょう。なのになかなか止められない。嫌だ嫌だと思いながらつい私の所に来てしまうアナタにそっく
りです。」
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「もしアナタが覚悟を決めて、今まで逃げ回ってきた自分と向き合う努力をすれば、気持ちも大分変わります
よ。自分を愛することが出来るようになれば、私にも、周りの人間にも屹度穏やかな心で接してくれる筈です。
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それに罪悪感を持つことだって、決して悪いことじゃ無いんです。それがあるから冷静に自分を見直せるし、
真っ直ぐ道を歩く為の指針にもなる。
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私にそのお手伝いができのるなら、ずっとアナタの傍にいますよ。・・・アナタが望む限りね。」
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与えられた言葉の暖かさに感情が追いつかなかった。今までこんなことを他人から告げられたことも無かった
し、勿論自分が告げたことも無かった。
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身体をまさぐり始めたカカシの手にイルカは慌てて身を捩った。
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「ちょっ・・・!何やってるんですか、いってるそばからっ!!アナタ、私が言ったこと聞いてました!?」
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「だからって、こんな・・・あっ・・・ま、待って、待ちなさい、バチあたりなことは、止めて下さい!」
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互いに息が弾み、官能の波が足元まで押し寄せて来ていた。イルカの下着の中に潜り込ませた指を揺らめ
かせようとした瞬間、体の中心から息の詰まるような痛みが突き上げて脳天まで駆け上がった。
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蹴られた急所の痛みに体を丸めながらイルカの指した石碑を眺めて、今度こそ息が止まった。
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「この人が亡くなって、今日で丁度半年なんです。一周忌には沢山の人たちがここを訪れて私が近づくのは無
理でしょうから、せめて今日一日だけでも此処で過ごしたかったんです。」
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__すみません、痛かったですか?急に大人しくなったカカシを不安げに覗き込む隙をついて、イルカを腕に
抱き込んだ。
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イルカはカカシを睨んだが、大人しくその腕の中に収まっていた。これまでの自分なら、もうとうの昔にキレて
イルカを抱き壊していたに違いない。だが今、自分の中にその激情の片鱗も見あたらない。腕の中のイルカ
の体温が、まるで温石を抱いているようにカカシの胸を暖かく満たしていた。
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怒気を含むどころか笑いを噛み殺した問いに、イルカも笑みを返した。
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「私の専門は薬学ですよ、この世に無味無臭の毒薬なんて幾らでもあるんです。食べ物に混ぜたら一発です
よ、ただでさえアナタよく食べるのに。」
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イルカが額をカカシの喉に擦りつけてクスクスと笑った。今にも溶けて零れ落ちそうな夕陽が、辺り一面を深い
赤に染めていた。
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「その辺のところを考慮して、もうこの間のようなことは止めて下さいね。あんなこと何度もされたら体が幾つあ
っても足りません。」
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「でも気持ち良かったよね。お前だって結構ノリノリ・・・いてて」
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好きなだけ頬を抓らせても腹も立たなかった。ふと黙り込んで身を寄せ合ううち、どちらともなく口唇を寄せ合
った。指を絡ませ合い、お互いの唇を弄ぶような浅い口付けを繰り返す。舌でゆっくりとイルカの歯列を割り、
余すところ無くイルカの口内を味わいながらカカシは瞠目した。イルカの舌が明らかに自分の意志で絡んでい
る。イルカを抱くようになって、初めての事だった。
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カカシがイルカの背を強く掻き抱くと、イルカは応えるように上げた両手をカカシの首に廻した。口付けは激しさ
を増して、互いの唾液が甘く混じり合い、ひとつになって溢れ、流れる。擦りつけ合う唇の感覚はとうに麻痺し
て、もうどちらがどちらのものかさえ分からない。ぴたりと隙間無く密着した二つの身体の影は、辺りを覆い始
めた夕闇に霞みながらも長く地を這っていた。
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不思議と肉欲は湧かなかった。お互いの顔も判別出来ない程の闇に包まれるまで、二人は唯ひたすら口付
ける快楽に酔いしれた。
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かといって、それからの生活が劇的に変化したわけではない。
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相も変わらずイルカの家で寝て、起きて、食事をして、任務に就く。しかし滅多にカカシが自分の部屋に帰るこ
とはなくなり、入り浸ると言うよりは殆ど生活を共にしていた。
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寧ろ明らかに変わったのはイルカだ。何より閨であれほど耐えていた喘ぎを我慢しなくなった。普段の禁欲的
な表情をかなぐり捨て、自分の前でだけ奔放に乱れる姿を見るのがカカシは好きだった。カカシも以前のよう
な暴力衝動に苛まれることは随分と減った。恥じることなくあからさまな態度で、視線で、言葉で共にイルカと
貪る快楽は今までの先鋭的なものとは質を異にしたが、熱く暖かくカカシの躰を蕩かした。その熱はカカシの
荒んだ精神をも包み込み、穏やかに満たした。
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呼びかければすぐに答えが返る距離に慣れ親しんで、瞬く間に数年が過ぎ去った。
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薄い皮膚の下の頚動脈にあてたクナイが鈍く光る。その切っ先に極微少の震えが走っていた。
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ヨメイハントシ。忍医の口から落ちる音の羅列に意味が通らなかった。イルカを見て、忍医を見て、またイルカ
を見た。イルカは軽く頷くと、現状維持で結構ですと答えた。ゲンジョウイジ。また意味が通らない。とにかくこ
こで治療出来ないなら里を出るまでだ。幸い金は唸るほどある。だがイルカは首を横に振った。
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__原因は分かっています。私は中忍になって暫くの頃、任務中に霧隠れの忍と戦闘になったことがありま
した。その時敵の吐いた毒霧を吸った同僚は即死、同行していた上忍の方が相手を倒しましたが、私は・・・
ほんの少しだけ、その毒を吸ってしまったんです。それからあまり無理が出来なくなって、内勤になりました。
今まで騙し騙し来たけれど、とうとう限界が来たんでしょう。こんなに早くこうなったことは残念ですけれど、ず
っと覚悟はしてきたつもりです。・・・だからもう、無駄な足掻きはしたくないんです。
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知っていた。マドネはアスマの上忍師だった男だ。二年前に殉職していた。
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最近服用し始めた強力な鎮痛剤と睡眠薬のお陰で、イルカはピクリとも動かなかった。黒髪を枕に散らして、
あどけない寝顔で眠っている。首筋に冷たい刃物をあてられても、何の反応も無かった。
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後頭部に降ってきた声に、カカシは大きく躰を軋ませた。随分と久しぶりに聞く、馴染みの声。振り返れば、相
変わらず忍服をキッチリと着込んだ自分が立っていた。
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『殺るんだったら、一息にやれよ。お前が躊躇えば、それだけこの人が苦しむんだ、分かってるだろ?』
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__ああ。ご無沙汰だったな。そうか、久しぶりに発症したか・・・
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『何寝惚けたこといってんだ。一人じゃ殺る度胸も無いから俺を呼んだんだろうが。こうして久しぶりに出てき
てみても、お前は全然変わってないよ。愛する女が死に行く様を見てられないから、一思いに殺しちまおうっ
てか?お前はいつもそうだ。問題から目を逸らして、逃げ回る事ばかり考える。お前みたいな腰抜けが俺の
主人格かと思うと、情けなくて涙が出るよ。』
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__オマエにオレとイルカの何が分かる?コイツと一緒に暮らしてきたのはオレだ、オマエじゃない。それにこ
んな苦しみの中でのたうちながら生きていて何になる?オレなら楽にしてやれる。何も一人で逝かせるつもり
はない、オレも一緒だ。これがオレなりの愛情なんだ。
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『なにいい気になってんだ?それが間違いだってんだ。この人の生き死にを決められるのは、この人だけだ。
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この人がそうと決めたなら、どんなに約束と違うと詰ったところで仕方がない、付き合ってやるよりしょうがない
じゃないか。お前だってほんとは分かってんだろ?だから心臓じゃなくて頚動脈を狙ってる。動脈なら少し外
れれば助かる確率も上がるからな。結局お前は自分を止めて欲しくて俺を呼んだのさ。相変わらず女の腐っ
たようなヤツだよ、お前は。』
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__うるさいうるさいるうさいっ!!消えて失せろっ!!外から眺めてきただけのオマエが偉そうに言うな!
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いつだって辛酸を舐めてきたのはオレなんだ、オマエじゃない!オマエが一度だってこの痛みを実感したこと
があるのか!?たまに出てくれば人を見下しやがって、もうその顔を見るのもウンザリだ、消えろ!!
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『自分で呼んどいて消えろとは笑わせるな。ならお望み通り交代してやろうか?俺とお前はもとは同じ人間だ
からな、この人に対する気持ちは同じだ。だけど俺はお前のような腰抜けじゃない。この人の望み通り、最後
まで付き合ってやるさ。ただお前にはその覚悟が出来ていない。そうだろ?』
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『無知なお前に教えてやろうか。お前は自分を多重人格だと思っているだろう。だが精神医学では異なる人
格間の意志の疎通は不可能とされている。つまり今の状況を鑑みれば、俺はお前の妄想人格の可能性が高
い訳だ。それなら俺がお前の時間を喰っちまうのも可能だぜ?』
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言葉もないカカシにもう一人のカカシは不意に憐れむような視線をくれた。
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『考えてみればお前も可哀想なヤツだよ。もともとお前は忍には向かない程の気の小さな人間なんだ。だが
ガキの頃からなまじっか身体能力がズバ抜けていたばっかりに、こんな人生を歩むハメになっちまった。
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忍は裏の裏を読めってか?如何にも神経症的なセリフだよな。だからバランスを取るためオレが生まれたわ
けだ。・・・お前もこの人もお互い忍じゃなかったらもっと違う、普通の生き方が出来たかもな。』
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普通。普通の生き方ってなんだ。殺人が合法化されていない世界で、殺し以外の方法で生活の糧を得る。
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そこでオレはやっぱりイルカを好きになって、口説いてどんなことをしてでも一緒になるんだろう。一組の平凡
な夫婦として子供にも恵まれて平穏な生活を送る。何の刺激もないありきたりの日常。ありきたりの生活。
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散々振り回されながらもやがて子供は成長し、独立して自分達の手を離れる。出会った頃と同じ二人きりの
生活に戻って、ゆっくり年老いたオレはともに老いたイルカに看取られて人生を終える。___あまりの馬鹿
馬鹿しさに喉が震えた。ありえない現実、手に入る筈のない幸せを夢想して何になる。まったく三文小説以下
のくだらなさ、愚かなのを通り越して寧ろ滑稽だ。
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『おい、なに呆けてるんだ?キレた後はだんまりか?気味の悪いヤツだな、なんとかいったらどうだ、あぁ?
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__何だ?お前、泣いてるのか!?おい、何とかいえよ!まったくしょうのないヤツだな・・・・』
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里を見渡せる小高い丘の上で、カカシはぬるい風に吹かれていた。こうして見下ろしてみると、里も随分と小
さい。暫くの間断り続けていた里外での任務を、無理矢理承服させられた時は随分と反発を覚えたものだ。
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しかしいざこうして任務に臨もうとすれば、ある種の高揚感がわき上がるのを否定できない。
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任務内容は火の国の国境付近に巣くう盗賊団の首領の暗殺だった。盗賊如きに何故自分がと問えば、忍崩
れの集団でなかなかに手強いとのことだった。だが、これはこれで良かったかも知れない。密閉された水槽
の中で過ごす様な二人きりの生活は、濃密な空気を纏いながら、確かにカカシの精神の片隅を疲弊させてい
た。今こうしている自分が、随分と新鮮な酸素に触れたように感じているのがその証拠だ。
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そう告げると縁側で涼んでいたイルカはカカシを振り仰いで微笑んだ。その昔、強く脈打つ生命の証のように
憎しみに滾っていた瞳は、今や慈愛に満ちてカカシを見つめていた。その眼差しの暖かさに胸が塞いだ。
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カカシはイルカの隣に腰を下ろして静かに肩を抱き寄せると、暫く黙って庭を眺めていた。
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やがて唇をよせて深く長い口付けを交わすと、浴衣の襟元に指を滑らせた。一回りも二回りも小さくなってしま
った、痩せた身体。豊満だった乳房は今やカカシの掌に収まるほどになってしまった。胸元に舌を這わせて乳
首を口に含むと、イルカの身体がひくりと震えた。裾を割ってイルカの中心に指を進めると、そこは既に情液に
潤み、柔らかくカカシの指を呑み込んだ。イルカの身体に掛ける負担を考えれば、そう易々とカカシ自身をそこ
に収める訳にはいかない。何時からかこうして指と舌で優しくイルカを悦ばせることが、カカシの習慣になって
いた。
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滑る舌でイルカの上半身のそこここを辿りながら中心に行き着くと、ゆっくりと淫核を刺激した。耐えきれなくな
ったイルカの口から喘ぎが漏れ始める。静まり返った軒先に粘着質な水音が響いて、震える声が何度もカカ
シの名を呼び、銀の髪をまさぐった。指が細かく抜き差しされ舌が一定のリズムで速度を速めると、喘ぎはす
すり泣きに変わり哀願するように腰が揺れ始める。切羽詰まった息遣いがやがて短く詰まると、白い喉が仰
け反りながら小さな悲鳴を上げ、華奢な身体が硬直した。
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達して崩れ落ちたイルカの身体の軽さを思い出すと、カカシの胸は張り裂けんばかりに痛んだ。イルカの命が
後どれ程もつのかは誰にも分からない。あの夜「人格B」に好き放題言われたのは腹が立ったが、お陰で少し
は頭が冷えた。アイツの言う通りそれがイルカの願いなら、しっかり見送ってやるしかない。自分が今までイ
ルカにしてきた事を思えば、それは当然の義務だ。そう思える程には冷静になっていた。
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イルカの自分に向ける愛が、いわゆる普遍的な女のものと違っていることなど、カカシはとうに気付いていた。
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何よりイルカが自分に本物の愛情を抱いていたなら、這ってでも生きたいと願い、そう努力したはずだ。そして
今も昔も、一度たりともイルカからカカシを求めてきた事が無い。そんな疑念も湧く暇も無いほど頻繁に体を繋
げてはきたが、それがイルカと共に生きる中で感じる、たった一つの悲しみだった。
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だが愛してくれなどと、どうして自分が口に出来るだろう。
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自分はつがいの鳥のように静かに寄り添う男女の間に割って入り、あまつさえ蹂躙した。男が自死した原因
もすべて自分にある。にもかかわらずイルカはカカシを支え続けた。それ以上何が望めるだろう。カカシの言葉
にイルカが笑う。カカシを気遣い、思いやってくれる。それで充分だった。もともとこの温もりを手にするのは死
んだ男の筈だった。だがその位置に居座って胡座をかいて来たのは自分だ。人生はどこかで帳尻が合う様に
出来ている。天罰が下って当然だ。
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里を覆う薄青い夕闇に抗うかの様に、見下ろす街に灯りがともり始める。その夢とも現ともつかない幻想的な
美しさに見入るカカシの背に、男が声を掛けた。
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二個小隊の副隊長を務める男は、カカシの視線が自分を捉えるのを律儀に待ちながら直立不動で立ってい
た。男の向こうに二人を待つ忍達の姿が見える。見知った顔もあれば初対面の人間もいた。副隊長としての
任に初めて就くという男の緊張した面持ちに目を戻しながら、カカシの指は自然とベストの胸元辺りを撫で、
内側で転がる白い球体の感触を確かめた。
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求められれば素直に身を任せる癖に自分からは決して求めないイルカに、分を弁えたつもりではいてもカカシ
は時折どうしようもなく焦れた。そうして身を焦がす焦燥感に耐えきれなくなると、勝手に難癖をつけてはイル
カの元を飛び出し、適当な女の所にしけこむ。それで乾きが癒される筈もなく、結局はイルカの所に舞い戻る
愚行を繰り返したこともあった。
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ばつの悪さから何度も差しだそうとしたその真珠は結局今までイルカの手に渡ることはなく、カカシのベストの
内側で長く転がり続けていた。
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この任務を終えたら、今度こそこの真珠を手渡してやろう。このままでは味気ないなら、指輪に加工してもい
い。
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そして同時に、正式に籍を入れたいと告げたら、イルカはどんな顔をするだろう。
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控えめな男の問いにカカシは我に返ると、慌ててかぶりを振った。
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「はい、そうお見受けしました。目尻が下がってらっしゃいますよ。」
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任務前に随分な余裕だと言いたげな視線に頭を掻きながら、カカシは自分を待つ仲間の元へ歩み始めた。誰
かに呼ばれた気がして一度だけ振り向いたが、勿論そこに人の姿はない。
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闇に包まれた里の灯りが、まるで宝石の様に輝いていた。
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