プリティ・ウーマン
|
遠ざかる銀髪、カーキ色のベストに包まれた長身の猫背。流石は上忍、待ってと声を掛ける間もなかっ
た。・・・いや掛けたところで、どうにかなる訳でもないのは重々分かってはいるが。
|
|
ギリ、と睨め付けた視線のままで振り返る職員室内では同僚教師ムトウとカネモトが猥談に講じている。放課
後を迎えた気安さからかその声は一際大きい。ムトウの手には『○△州知事に買春疑惑!! 記者会見で
否定せず!?』の文字が踊っていた。
|
|
「四時間だか三時間だかで四十四万円だってよお!!やっぱ遊びも豪勢だねぇセレブ様は!!」
|
|
「いやマジでどんなサービスしてくれるんだろうねぇ・・・?だって四十四万円だよ!?」
|
|
「そりゃ生半可なアレコレじゃすまねぇよなぁ!!オレらの給料一ヶ月分越えちゃってるもんねー軽〜く!!」
|
|
ゲハハハハアと下卑た嗤いに周囲は眉を顰めたが当人達は何処吹く風。校長教頭が揃って不在な上に明日
は土曜、重ね重ねの解放感が男達のタガを外しているのは明らかだった。
|
|
「しかもブッ通しで四時間ってよお、この知事さん忍じゃねぇんだろ?パンピーだろ!?ヤるじゃねぇの、民間
人にしちゃよぉ」
|
|
「見上げた体力だよねぇ、いっそウチにスカウトしたらどうよ。なぁイルカ?」
|
|
・・・なぁって、私に一体どう答えろと。そんなことより急遽これからの予定を変更して回避システムを構築し直
さなければならない。今日は珍しくアカデミーの残り仕事も雑務も無く受付のシフトからも外れている。定時で
上がった後は商店街でのんびり買い物でもして、日が落ちる前には帰宅出来ると思っていたけれど。
|
|
「バッッカじゃないの。ったくこれだから男ってヤツは」
|
|
「そうそう。好きでもない男の相手なんてさ、一時間四十万貰ったって辛いってもんよ」
|
|
「「ヒィィィィッッ!!すみませんすみませんッッ」」
|
|
「イルカぁ、こんなバカ共のバカ話に付き合ってたって頭腐るだけだよ、仕事もハケたんならさっさと帰んな」
|
|
「そうそう。さっきはたけ上忍見掛けたよ、きっと外で待ってんじゃないの?」
|
|
カネモト、ムトウ両教師との間に割って入ったのはアカデミーの二大女傑、カンドリ先生とホクト先生だった。男
をも軽く凌駕する上背。上肢、下肢を隙間無く覆うバネのような筋肉。全身から放たれる強靱なチャクラは、並
みの男なら触れただけで失神させることすら可能だろう。その性別を超越した強烈な個性故、アカデミーの内
外でも畏怖と畏敬の両極の扱いを受ける二人だった。
|
|
「そ、そこまで罵倒されるほどのことでもないだろ、『高級娼婦』って言葉に反応しない男がどこにいんだよッ」
|
|
「だってよカネモっさん!!男が夢見て何が悪ぃのよ、綺麗なオネェちゃんヒィヒィ謂わせてぇってのは誰だっ
て一緒だろ!?なぁイルカッッ!!」
|
|
だから私に何処をどう同意しろと・・・あの、それよりちょっと頼みがあるんですけど仕事ありませんかこれから
二時間か三時間くらいかかる面倒なヤツ
|
|
「バーカ!!『オレ様のテクでヒィヒィよがる売春婦』なんて『ニッコリ笑って本番許してくれる可愛いソープ嬢』
と同じくらい眉唾なんだよッッ」
|
|
「そうそう。何しろ相手はサービス業なんだからさ、楽に仕事するためならそりゃ大袈裟な喘ぎ声の一つや二
つは出すっての。その辺の機微もテクも分かんないでホントバカだよね男って」
|
|
あのー、すみません人の話聞いてます!?何でもいいですから仕事!!ありませんか!?
|
|
「んぐッぬうぅぅぅぅ〜〜ッッ!!巫山戯んなッッ!!ちょいとガタイがでかいと思ってデカいツラしやがってなに
もかもデカいんだよお前等はァァァッッ!!」
|
|
「もうその辺で止めときなってムトウさん!!それ以上はマジ死線越えちゃうっていやもう手遅れかもしれない
けど!?」
|
|
んもーー!!いい加減にして下さいよッッ、一体全体なんて言葉遣いしてるんです皆さんそれでも教師の自
覚あるんですかッッ!?
|
|
仕事くれっていってんの!!もうッッ今日は久しぶりに早じまいしてゆっくり出来るとおもったのにィィィ!!
|
|
「落ち着けイルカッ、言ってることが繋がってねぇぞ!?」
|
|
ヘンな猥談なんかしてるからッッ絶対あの人バカなこと考えてるに決まってるんだッッ!!さっきから言ってる
でしょッッ仕事下さいよし・ご・とーーーッッ!!
|
|
「「「「Σ(||゚Д゚)ヒィィィィィィィッッッ イルカがキレたーーーッッッ」」」」
|
|
家に帰るとバカがいた。案の定。やっぱり。気を鎮めるのに数度の深呼吸を要したのは気障すぎる物言いに
ではなく、上忍が身につけている珍妙な着衣の所為だ。しかも手を引かれて案内された寝室で、また深い溜
息を吐くハメになるとは。
|
|
あの・・・もし良かったら説明して貰えますか、貴方のその恰好とこの部屋の有り様の訳を・・・
|
|
「あっコレ!?似合うでしょ、スーツっていうんだって!!」
|
|
「異国じゃデスクワークする男って、上から下までみんなこの恰好なんだってせんせ知ってた!?いやー手に
入れるのに苦労しちゃったよ、木の葉じゃ滅多こんな服着ないもんねー」
|
|
「ノンノンノン。お願いだからその名を呼ばないで、オレは今某国の某州知事なんですから。あ、この部屋は
ね、ちょっとしたサービスというか雰囲気出してみたというか」
|
|
・・・案の定。やっぱり。力無く蹌踉めいた足の下には柔らかな花弁の感触。深紅の薔薇のそれは、ベッドの
上はおろか部屋中にまで撒き散らされていた。サイドボードには高級酒と思しき酒の瓶と背の高いグラス、控
えめに灯りを落とされた室内で揺れるアロマキャンドル。ふふふ、頑張ったデショ?上忍の鼻は褒められて当
然と、高々と上を向いている。__しかし、だがしかし、この諸々の後始末を一体誰がするというのか。
|
|
「今までせんせと色んなプレイしてきたけどさあ、盲点だったよねぇ娼婦ネタ!!夕方せんせを迎えにいったら
大声で猥談してるヤツがいてさ、キュピーーンって来ちゃったんだよねーコレだーーって!!・・・せんせゴメン
ね?色々買い物しに走り回ってたから一緒に帰れなくて。でもすっごく可愛いドレス用意してあるから!!」
|
|
防御策を練ろうと無理矢理捻りだした残業時間は、どうやら上忍に益々付け入る隙を与えてしまったらしい。
しかしここで言いなりにになっては引き受けた採点をしつつ頭を巡らせた二時間が無駄になる。努力して笑み
を浮かべ上忍に向き合うと、鼻先にヒラヒラと揺れる布地を押しつけられた。
|
|
「さッ、これを着たらせんせもVIP専門超高級売春組織『クラブエンペラー』のぶっちぎりナンバーワン、ミスイル
カですよ!!馴染みの顧客のオレに買われてさ、今夜も目眩く時間を過ごすのv あ、でも初めての出会いっ
てのも捨てがたいよねー、うーんどっちにするかなぁ」
|
|
「はぁッッ!?ちょッ何言ってんのこんだけ色々用意してんのにッッ!!大体なんでせんせが文句タレんのよ
買うのはオレよ!?」
|
|
いえそうじゃなくてですね、・・・一つ、提案があるんです。
|
|
顰められた銀の眉、涼やかに通り抜ける鼻梁、薄い唇、碧玉と紅玉を思わせるオッドアイ。『写輪眼』の異名
をもつこの高名な上忍を形作る各々のパーツは、これほどまでに美しいのに。
|
|
そうです。要するにね、カカシさんは売春ごっこがしたいんでしょ?買ったり買われたりの。
|
|
ならね、ちょっと趣向を変えてみませんか。結局いつもと同じじゃつまらないでしょ?
|
|
「趣向・・・?っていったって、何をどうすんのよ。あのねぇ、今更キャンセルなんてナシだよ!?オレだって折
角こんなカッコして、見てよこの『ネクタイ』って妙ちくりんな紐まで首に巻いてんのに!!」
|
|
いやいやそうじゃなくてですね、立場を逆にしてみたらどうかってことですよ。
|
|
貴方が私を、じゃなくて私が貴方を買うんです。だからカカシさんが娼夫ってことになりますね、どうですか?
|
|
そうですねぇ、例えば・・・私はお金持ちのマダムなんだけど夫との関係は破綻していて愛に満たされていなく
て、その寂しさや欠落感を貴方っていう人に埋めて貰うとか・・・、そんな設定なんか考えられますけど、あり
がち過ぎますかね?
|
|
抱きつかれるのと花弁の散ったベッドに押し倒されるのと同時だった。ぎゅうぎゅうと腕の中に閉じこめられ締
め付けられ、息も出来ない。絶え絶えに苦しいと訴えるとようやっと拘束が緩んだ。
|
|
「せんせぇ〜〜ッッ!!オレが待ってたのはコレよ!!コレなのよッッ!!せんせもようやっとオレの恋人って
自覚を持ってくれたんだ!?あぁぁ長かったよーーここまで来んのにッッ」
|
|
「せんせいっつもオレが可愛く誘ってもイヤイヤっていうか仕方なしっていうかさぁ、どーせ最後はアンアンいっ
ちゃうクセにいっちょまえに抵抗だけはするじゃない?オレはただ滾る愛を分かち合いたいだけなのにさ、毎
度毎度そんな反応されて傷付かないとでも思ってた!?」
|
|
「まぁいいのよ、オレだってそんな狭い男じゃないし?せんせのこと愛してるし?せんせがこれから心入れ替
えて付き合ってくれるってんなら過去の恨み言なんて綺麗サッパリ忘れてあげちゃうしぃ!?」
|
|
「この際だからさ、もうちょと凝った設定にしない?オレさ、ただの娼夫ってよりはせんせの元教え子ってシチ
ュがいーなー!!それでさ、せんせはずっとオレの憧れの人だったんだけどある日大金持ちの買収屋かなん
かに見初められてさ、ガッコの先生から億万長者の奥様になっちゃうの!!」
|
|
「でもさー、可愛いイルカ先生を無理矢理嫁にしたはいいけどその旦那ヨボヨボのジィさんでさー、下半身全く
役に立たないワケ」
|
|
「いくらイルカ先生でもさぁ、そりゃ欲求不満になるってモンでしょ!?そんで熱い身体を持て余して街をさすら
うせんせとさ、優秀な生徒だったのにある事情から男娼に身を落としてるオレが運命の再会を果たすワケ。も
ーこっからが怒濤の展開で大変よ!?驚きに目を見張るせんせとオレ!!羞恥に耐えきれず身を翻すオレ、
縋る先生!!オレの秘めた過去を知ったせんせの同情心が、深く激しい愛へと変わるのに時間は掛からな
いのであった・・・ていうね!?」
|
|
・・・ハァ・・・よくもまぁ、そこまでくだらないことをズラズラと・・・
|
|
いえいいんですけどね、カカシさんがそうしたいって云うのなら
|
|
「ノンノンノン、そんな呼び方しちゃダメダメ。オレは年下の元教え子なんですから、呼び捨てにして?よ・び・
す・て」
|
|
激しい頭痛がしたが山登りでいえば八合目まで来ている。覆い被さる上忍の頬を両手で挟み囁いた。
|
|
会いたかった・・・カカシ。今夜も私のものになって。
|
|
「う、ぐ・・・ッッ!!ちょ、せんせまって、ソレやばいって・・・!!マジ漏れそ・・・」
|
|
約束して?身体の芯まで蕩けさせてくれるって。・・・お願い、何もかも忘れさせて
|
|
いつもの柔らかな綿の手触りとは異なる、指先をしゅるりと弾く奇妙な布地の感触__半泣きで覆い被さる上
忍の背に手を回した。クスリ、と笑った拍子に漏れた吐息が形の良い耳の奥に届いたのか、それは私にも分
からない。
|
|
・・・あ、あ、ああ・・・ッッ、ソコ・・・、も、だめぇ・・・ッッ
|
|
あ、あ、あ、ヤダ、もっと、そこぉ・・・、ソコ、もっとぉ・・・ッッ!!
|
|
ひゃッ、イイッッ、イイのぉ・・・ッッ、お願い、もっと、強くして・・・?
|
|
「ぐぁぁぁぁッッ!!やってられっかいい加減にしやがれーーッッ!!」
|
|
俯せた肩越しに胡乱な視線を投げた。うっすらと上気した頬、額に薄く浮く汗、ネクタイの緩んだ喉元。やはり
男前は如何なる状況にあっても男前だ。
|
|
あら?カカシくん手が止まってるけどどうしたのかしら。遠慮無く続けてくれていいのよ?
|
|
「・・・くっそぉぉぉこれみよがしに喘ぎやがってーーッッ!!ワザとだろ!?アンタわざといつもより五割増しで
アンアンいっちゃってんだろ!?」
|
|
ええー、なんの話です?ホントにとっても気持ちイイが故のごく自然な発露ですけど?
|
|
忘れたんですか?今日は私があなたを買ったんです。私のいうこときかなきゃダメって約束でしょ?さ、さっさ
と続けて下さいマ・ッ・サ・ー・ジ・v
|
|
大きな掌底、長い指、関節のくないダコ。強い力でツボを押されると堪らなかった。加えて自分の身体がここ
まで凝り固まっていた事実も、大きな驚きだ。
|
|
「・・・クソッ、上忍弄びやがって、覚えてろよッッ」
|
|
えぇー弄んでなんかいませんよカカシくん知らないの?鬼平犯科帳にコレとそっくりな話があるの。
|
|
鬼平がね、身分を隠して自ら岡場所に情報収集に行くんですよ。で、部屋に上がってちゃんと女の子も呼ぶ
んだけど話を聞いた後マッサージさせてお終いなんです、手を出さないの。まだ幼い遊女は感激して涙目で
鬼平の身体を揉んであげるっていうね・・・カカシさん、今日何の日か知ってます?
|
|
「はぁ・・・!?何の日って、今日は三月十四日・・・あ、あ・・・ッッ!!」
|
|
カカシさん、その『スーツ』って洋服すごく似合ってます。貴方は背も高くて綺麗な顔立ちをしてるから、深いグ
レーの色がとても映えます。
|
|
「な・・・なによ急に、今更おべんちゃらなんか言ったって」
|
|
いいえ?私嬉しいんです、一ヶ月前は貴方にしつこく強請られてチョコレートケーキなんてものを生まれて初め
て作らされて、ヤレヤレと思いましたけどでもやっぱり良かったです。そのお陰でこうして二人で、楽しい時間
が過ごせるんだから。
|
|
洋服の似合う素敵な恋人にこうして優しく労われて癒されて・・・私、幸せです。この里一の果報者です。
|
|
アンタちょっと作者が休んでる間に性格変わったんじゃないの?ブツブツと口の中で文句を言う上忍の耳殻は
しかし、紅く染まっていることを知っている。いいえー?そんなことありませんよ、私は私、今までも、そしてこ
れからもずっとこのまま。
|
|
カカシさん、そこにあるお酒なんですか?すごく綺麗な色してるし美味しそうだし、飲んでみたいんですけど
|
|
何だかお腹もすいちゃったなぁ・・・ついでにおつまみでもあったら嬉しいんですけど
|
|
「かーーっ、これだから大金持ちの奥様はッッ!!何でこんなに世話が焼けるんだろうね!?」
|
|
でももし、貴方の言う通り私が変わったのなら__それは少し、ほんの少しだけ貴方との付き合いに長けたと
いう事なのかも知れない。__ほんの僅かに、少しだけ。
|
|
ふてくされた言葉遣いとは裏腹に、大きな掌がゆっくりと背中から腰を上下する。脳髄から尾ていまでをもすっ
ぽりと包み込む心地よさに目蓋が落ちていく。__眠い。約束通り身体の芯まで蕩かす暖かな熱は、猛烈な
睡魔へと様変わりしつつあった。
|
|
せんせ、せんせと声がする。ダメ、手を止めちゃダメですよカカシくん。もごもごと告げた言葉は、頬の下の枕
に総て吸い込まれてしまったようだった。
|
|