表-1. 個人所得税の最高税率 | |||||
・ | 1982年 | 1998年 | |||
税目 | 課税所得 (万円超) |
税率 (%) |
課税所得 (万円超) |
税率 (%) |
|
所得税 | 8,000 | 75.0 | 3,000 | 50.0 | |
県民税 | 150 | 4.0 | 700 | 3.0 | |
市民税 | 4,900 | 14.0 | 700 | 12.0 | |
最高税率 | 8,000 | 93.0 | 3,000 | 65.0 |
ベンチャー企業を窒息させ、その成長の芽を摘み取るにはどうするのが最も効果的だろう。
例えば、課税所得が8000万円を超えたら税率が93%になるように、強度の累進所得課税を行うとかなり効き目があるかもしれない。ベンチャー企業主が自分の給与を低めに抑えて会社に利益を貯め込み、配当しないことも考えられるので、この場合には会社に法人税を重くかけて、法人の課税所得の68%位を納めさせるのもいいのではないだろうか。また、ベンチャー企業主が儲かりすぎてたくさん給与をとるだけでは未だ足らず、さらに限度いっぱいの配当をしたなどというときは、法人所得と個人の配当所得を合わせて93%位税金をかけてやれば、ベンチャーの成長の芽をほとんど摘み取れるのではないだろうか。
表-2. 全額留保の場合の法人所得に対する最高税率 | |||||||||
・ | 1982年 | 1998年 | |||||||
税目 | 課税所得 (万円超) |
税率 (%) |
換算税率 (%) |
実効税率 (%) |
課税所得 (万円超) |
税率 (%) |
換算税率 (%) |
実効税率 (%) |
|
法人税 | 800 | 42.00 | 42.00 | 800 | 34.50 | 34.50 | |||
留保金課税 | 課税所得の65% | 20.00 | 13.00 | 課税所得の65% | 20.00 | 13.00 | |||
法人住民税 | 課税標準は 法人税額 |
20.70 | 8.694 | 課税標準は 法人税額 |
20.70 | 7.142 | |||
法人事業税 | 700 | 12.60 | 12.60 | 700 | 12.60 | 12.60 | |||
持分に対する所得税 | なし | なし | |||||||
所得税額控除 | なし | なし | |||||||
持分に対する住民税 | なし | なし | |||||||
合計 実効税率=換算税率の合計/(1+事業税率) |
76.29 | 67.76 | 67.24 | 59.72 |
実は、これは架空の話ではない。1982年までにおける我国の法人税、所得税の現実の姿であった(表-1...表-3参照)。サディスティックといってよい程の過酷さである。では、1998年ではどうだろうか。上の数字と置き換えてみよう。
「課税所得が3000万円を超えたら税率が65%になるように累進所得課税を行うとかなり効き目があるかもしれない。ベンチャー企業主が自分の給与を低めに抑えて会社に利益を貯め込み、配当しないことも考えられるので、この場合には会社に法人税を重くかけて、法人の課税所得の60%位を納めさせるのもいいのではないだろうか。また、ベンチャー企業主が儲かりすぎてたくさん給与をとるだけでは未だ足らず、さらに最大限の配当をしたなどというときは、法人所得と個人の配当所得を合わせて79%位税金をかけてやれば、ベンチャーの成長の芽をしっかり摘み取れるだろう。」(表-1...表-3参照)
表-3. 全額配当の場合の法人所得に対する最高税率 | |||||||||
・ | 1982年 | 1998年 | |||||||
税目 | 課税所得 (万円超) |
税率 (%) |
換算税率 (%) |
実効税率 (%) |
課税所得 (万円超) |
税率 (%) |
換算税率 (%) |
実効税率 (%) |
|
法人税 | 408 | 42.00 | 21.40 | 800 | 34.5 | 34.50 | |||
法人税(配当軽減税率) | 32.00 | 15.70 | 適用廃止 | ||||||
平均法人税率 | 37.10 | 34.50 | |||||||
法人住民税 | 課税標準は 法人税額 |
20.70 | 7.680 | 課税標準は 法人税額 |
20.70 | 7.142 | |||
法人事業税 | 700 | 12.60 | 12.60 | 700 | 12.60 | 12.60 | |||
計 | 57.38 | 50.96 | 54.24 | 48.17 | |||||
配当に対する所得税 | 100-50.96% | 93.00 | 45.61 | 45.61 | 100-48.17% | 65.00 | 33.69 | 33.69 | |
配当税額控除 | 100-50.96% | 6.40 | 3.14 | 3.14 | 100-48.17% | 6.40 | 3.32 | 3.32 | |
持分に対する所得税 | なし | なし | |||||||
所得税額控除 | なし | なし | |||||||
持分に対する住民税 | なし | なし | |||||||
合計 | 93.43 | 78.54 | |||||||
表-2及び表-3で、実効税率を算出するため(1+事業税率)で割るのは、事業税については支払った事業年度 での損金算入がみとめられるからである。損金算入すると法人税の課税所得が減ることになる。 |
1998年では、法人税率が34.5%、所得税の最高税率が50%になりかなり税が軽くなったわけだから、上の計算はどこか間違っているのではないかと思われるかもしれない。しかし、表が示すように、悲しいかな、これは正しい数字である。これが1998年における我国の法人・所得課税の現実の姿であって、相変わらずベンチャー窒息型となっている。
これを見れば、第2次大戦後の我国において、起業家の資産形成が年々の所得の蓄積によって達成されたと考えることは困難である。では、彼らの資産形成の中身は何だったのか?それは、事業拡大のため購入した土地価格の上昇や、その保有する自社株や持合いにより取得した株式等に代表される株式の値上益などのキャピタル・ゲインであったと考えるしかない。所得重課・資産軽課が我国税制の一貫した潮流であったからである。時々報道される相続税に関する記事でも、不動産・株式が相続財産の中心となっている。しかし、バブル経済が崩壊し資産デフレとさえいわれる今後において、既存税制を続けることがどれだけ我国経済の成長の芽を摘み取ることになるかは明らかである。
「既存税制との調整」では、所得税に一本化するかたちで法人税を廃止し、所得税の最高税率を35%に引き下げることを提案した。ここでは、提案した所得税制が単に法人税率を引下げる案と比較してどのように異なるかを考えてみたい。
税率の比較の前に次の数字を見ておこう。ベンチャー育成型所得税制は中小企業のための特殊領域の税制と考えるのは早計であることが分かるからである。
事業所・企業統計調査(10月1日現在)(総務庁統計局統計調査部経済統計課事業所・企業統計室)によれば、平成8年において、我国の事業所総数6,717千社、従業者数総数62,781千人のうち、従業者数100人未満の事業所数は6,653千社、そこに働く従業者数は46,341千人である。企業数にして99%、従業者数にして74%が従業者数100人未満の中小企業に属す。
これを従業者数50人未満の事業所に絞ってみると、その事業所数は6,547千社、そこに働く従業者数は39,118千人である。企業数にして96%、従業者数にして62%が従業者数50人未満の中小企業に属すことになる。これを、さらに、従業者数4人以下の事業所についてみると、その事業所数は4,150千社、そこに働く従業者数は9,012千人である。企業数にして62%、従業者の14%がそこで働いていることになる。
我国法人税・所得税をベンチャー育成型に変えても、それが適用される最大多数の企業は中小企業であるといえる。同時に、中小企業が大きな雇用提供の場になっていることも分かる。起業や中小企業の成長を支援することから私たちは雇用という大きな配当を得る。
表-4. 個人所得税の最高税率 | |||||
・ | 2000年以降 | 試案 | |||
税目 | 課税所得 (万円超) |
税率 (%) |
課税所得 (万円超) |
税率 (%) | |
所得税 | 3,000 | 37.0 | 3,000 | 35.0 | |
県民税 | 700 | 3.0 | 700 | 3.0 | |
市民税 | 700 | 10.0 | 700 | 8.0 | |
最高税率 | 3,000 | 50.0 | 3,000 | 46.0 |
平成11年3月31日法八「経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律」及び地方税法附則第40条「個人の道府県民税及び市町村民税並びに事業税の負担軽減に係る特例」が公布され、平成11年4月1日以降税率が引き下げられている。「失われた10年」と呼ばれるにふさわしく、所得税・法人税法及び地方税法の本法の税率はそのままにして、その抜本的見直しまでの暫定的措置として負担の引下げを図ったものである。そして税制面から循環型社会への道筋をつけることもなく得るところなく税収を失った。個人の所得税率を65%から50%に一挙に引き下げたわけだが、その効果の程は如何だろう。今度は暫定税率と試案での実効税率の比較をしてみよう。
表-5. 全額留保の場合の法人所得に対する最高税率 | |||||||||
・ | 2000年以降 | 試案 | |||||||
税目 | 課税所得 (万円超) |
税率 (%) |
換算税率 (%) |
実効税率 (%) |
課税所得 (万円超) |
税率 (%) |
換算税率 (%) |
実効税率 (%) |
|
法人税 | 800 | 30.00 | 30.00 | (源泉控除) | 35.00 | 35.00 | |||
留保金課税 | 課税所得の65% | 20.00 | 13.00 | 廃止 | |||||
法人住民税 | 課税標準は 法人税額 |
20.70 | 6.21 | 廃止 | |||||
法人事業税 | 800 | 10.08 | 10.08 | 廃止 | |||||
持分に対する所得税 | なし | 個人持ち分 | 35.00 | 35.00 | |||||
所得税額控除 | なし | (源泉控除) | -35.00 | -35.00 | |||||
持分に対する住民税 | なし | 個人持ち分 | 11.00 | 11.00 | |||||
合計 実効税率=換算税率の合計/(1+事業税率) |
59.29 | 53.86 | 46.00 | 46.00 |
表面税率は人を惑わしやすい。我国の所得税制は法人と個人を通しての所得に対する二重課税の排除が極めて不完全であるために、法人税率を単純にいじってみても、全体としての負担があまり減らないことがわかる。これに対して、試案では二重課税の排除が完全であるために、最終的な実効税率が暫定税制と比べてみても全額留保の場合で5.86%、また、全額配当の場合11.45%それぞれ低くなっている。(なお、表-5及び表-6で、実効税率を算出するため(1+事業税率)で割るのは、事業税については支払った事業年度での損金算入がみとめられるからであることは表-2及び表-3についてと変わらない。)
表-6. 全額配当の場合の法人所得に対する最高税率 | |||||||||
・ | 2000年以降 | 試案 | |||||||
税目 | 課税所得 (万円超) |
税率 (%) |
換算税率 (%) |
実効税率 (%) |
課税所得 (万円超) |
税率 (%) |
換算税率 (%) |
実効税率 (%) |
|
法人税 | 800 | 30.0 | 30.00 | (源泉控除) | 35.00 | 35.00 | |||
法人税(配当軽減税率) | 適用廃止 | ||||||||
平均法人税率 | 30.00 | (源泉控除) | 35.00 | ||||||
法人住民税 | 課税標準は 法人税額 |
20.70 | 6.21 | 廃止 | |||||
法人事業税 | 800 | 10.08 | 10.08 | 廃止 | |||||
計 | 46.29 | 42.05 | 35.00 | 35.00 | |||||
配当に対する所得税 | 100-42.05% | 50.00 | 28.75 | 28.75 | 廃止 | ||||
配当税額控除 | 100-42.05% | 6.40 | 3.71 | 3.71 | 廃止 | ||||
持分に対する所得税 | なし | 個人持ち分 | 35.00 | 35.00 | |||||
所得税額控除 | なし | (源泉控除) | -35.00 | -35.00 | |||||
持分に対する住民税 | なし | 個人持ち分 | 11.00 | 11.00 | |||||
合計 | 67.09 | 46.00 | 46.00 |
それにしても、企業が稼いだ所得に対して全額留保の場合で5割を超える税金を課したり、さらに全額配当の場合には企業が産み出した所得の67%も税金として吸い上げてしまうとはどういうことだろう。このほか企業には社会保険料の会社負担分が課される。政府管掌保険の場合、通勤交通費を含む給与に対して、厚生年金は8.73%(児童手当拠出金を含む)、健康保険は4.25%(この他40歳以上の従業員については介護保険0.54%が上乗せ)、労働保険は1.55%(2001年4月以降)の保険料率となっている。合計で給与の14.53%(介護保険がある場合は15.07%)に上っていることも忘れてはならない(ここでは話を単純化するため各人あたり負担の上限は無視した)。事業に投下される資金の主要部分を所得から生み出さざるを得ない中小企業主にとって、試案は国際標準には遅れるものの現状を大幅に改善することになる。
貸し渋りというかたちの銀行の機能不全がめだってから久しい。銀行が貸し手と借り手の間に立って資金流通の媒介をするという間接金融方式。重厚長大型産業への資金供給方式として抜群の効率性を誇ったこの間接金融方式が、個々のビジネスの木目細かな資金ニーズに応えることが苦手な方式であることがはっきりしてきた。実際、中小企業にとって、銀行はあまり役立つ存在とは考えられていない。しかし、他方1380兆円といわれる個人金融資産に占める現預金の割合は53.8%、株式6.7%、投資信託2.3%、年金9.4%その他27.8%といわれ、預貯金740兆円が殆んどゼロに等しい金利で役立たずの扱いを受けている。これほどのミス・マッチがあろうか!
2001年3月13日、日経平均株価が11,710円を記録し、構成銘柄が異なるとはいえ16年ぶりの安値をつけた。政府・与党はこの株価下落に驚き、個人株主拡大策を打ち出そうとしている。株式譲渡益の源泉分離課税廃止の先送りのあと、株式譲渡益の申告分離税率を26%から20%への引下げ、配当への二重課税の軽減、株式の相続財産への不算入など、経済が好調に転換しても税収が増えない租税特別措置を積み上げようとしている。しかし、今必要なのは緊急株価対策によって税制を複雑化することではなく、法人・個人を通じた二重課税の排除、株式譲渡益とともに株式譲渡損を所得に取り込み、かつ、法人の所得とともに損失も個人株主の所得に含めることを可能とする簡素な構成をもった法人税・所得税の再構築である。
すでに「既存税制との調整」で述べた法人税を所得税に一体化する試案によれば、最高税率に達しない中所得階層にとって、株式保有は法人が利益を出せば法人が源泉控除により前払した税金を自分の所得税から控除できるから、たとえ配当がなくとも投資メリットがある。配当があればこれは非課税だからもっとメリットがある。では、法人が損失を出した場合はどうか。
試案によれば個人株主にはその被所有法人が損失を生じたとき、その損失持分(損失金額÷発行済株式総数×持ち株数)を他の所得と損益通算することが認められる。例えば、給与所得が5百万円で損失持分が百万円であれば、損の百万円と益の5百万円が通算されて、所得金額は4百万円に減ることになる。株主の被所有法人が所得を生じたとき課税されるのであるから、損失を生じたとき他の所得と損益通算するのは当然の道理である。もちろん、ベンチャー企業への投資のうち所得を生じるものと損失を生じるものがあればこれらは損益通算される。また、株式の譲渡益を総合課税方式に戻し、株式譲渡損と他の所得、例えば、給与所得などと損益通算できるようにし、かつ、譲渡損失の繰越控除(当年で控除しきれなかった損失を翌年以降の所得から控除すること)もできるよう原則にもどす必要がある。このような所得税制はリスクをはらむ直接金融型投資にとって不可欠な条件である。株価が上がることしか考えない証券税制でなく、上がることも下がることも損失を生じることもある直接金融に対応した税制が必要とされている。逆に試案のような税制の下では利益予想が落ち込んでも株式保有のメリットは持続するから、株価の下ぶれは現行制度のもとより抑制されると期待できる。
これに対し、現行税制はどうなっているか。配当所得があった場合の二重課税が不十分であることは既に示した。株主となっている会社が損失を出しても、それは個人の課税所得には影響を与えない。株式の譲渡所得については源泉分離と申告分離の二つの方式から選択することになっている。源泉分離を選択すれば譲渡損(売り値が買い値を下回ること)があっても課税される。申告分離を選択しても株式譲渡損は株式譲渡益としか損益通算できない。また、譲渡損の繰越控除は認められないのが原則であって、例外は中小企業の創造的事業活動の促進に関する臨時措置法第7条の2[診断及び指導]に規定する特定中小企業者に該当する株式会社の株式を払い込みによって取得した場合に限られる。現行税制は分離課税方式をとっているために、株価が上がっている場合は納税者にとって有利だが、株価が下がっているときはとてつもなく不利になっている。これでは、リスクを自から引き受ける直接金融方式が育つはずがない。
試案による所得税制は、以上のように、ハイリターンの税による目減りを減らす一方でハイリスクを緩和する。好況期へ転換したときの増収と不況期へ転換したときの減収が経済統計の把握の前に行われるから、財政のビルトインスタビライザーの機能をタイミングよく果たすことになる。ベンチャー育成型所得税制は雇用という第一の配当ばかりでなく、これから急激に進む高齢化社会において、老齢層が直接金融というかたちで資金を後世代の行う事業に供給するとともに投資家としてそのビヘーヴィアを監視し、その産み出す付加価値の分配を受けるという世代間の社会的役割分担も円滑化するであろう。そのような社会では、環境立国を支える企業群に資金がまわりやすくなることも期待できよう。