税制を誰が決めているのかを知ろう

 税制は税法により定められる。税法は法律だから国民の代表が集まる国会で決まる...かたちをとっている。しかし、TV国会中継を見ていても、税法が審議されている情景はほとんど見られない。ほんのわずかの審議で決まる法律とは何だろう。形だけの審議なのに、なぜ国会を通過できるのだろう。国会で環境税を導入すべきかどうか議論されるのはいつだろう。環境消費税が法律になることは期待できるのだろうか。誰かに任せていればいいのだろうか。以下に二つの社説と特集記事の上・中・下を掲げる。不思議、疑問、期待が湧きあがり、それらに対する答の端緒が現れて来る。まず、現実を知ることが出発点である。その向こうに、変えなくてはいけないものが見えてくるように思う。

[自民税調任せの税制は打ち止めに]
(平成13年12月15日の日本経済新聞社説より引用)

 政府・与党は2002年度税制改正の内容を決めた。税制は国がめざそうとする社会の写し絵であり、小泉純一郎首相による税制は、政権の看板である経済構造改革を促すものでなければならない。だが、来年度税制改革からは改革促進の意図が伝わってこない。むしろ浮き彫りになったのは、骨太な税制を打ち出すことができない「税制の危機」の深刻さだ。
 来年度の税制改正に求められるのは経済活性化の視点である。小泉改革が経済資源を成長分野に移し経済再生をめざす以上、それを促す税制を打ち出すのが当然だ。経済の構造を大きく変えるには小手先の税制改正ではなく、課税ベースの見直しも含め所得税や法人税といった基幹の税制にメスを入れることがどうしても必要になる。
 ところが税制論議は国債発行を30兆円以下にするという首相の方針を受け、大きな増税も減税もしない前提で始まった。最初から土俵を小さくしたのでは、基幹税制の再構築は議論になりにくい。代わって焦点になったのが枝葉ともいえる発泡酒やたばこの増税だが、これも迷走のあげくに見送られた。理念なき税制改正といわれても仕方あるまい。
 売り物は連結納税制度の導入だが、制度を利用する企業グループには付加税を課す方針だ。これでは制度のメリットが薄くなる。目先の税収は確保できても企業の競争力回復の足かせになりかねない。経済の活性化を通じ、将来の税収の基盤を強化することが財政再建につながるという視点が決定的に欠けている。
 税制の大きな絵を描くことができないのは、国債発行の30兆円枠だけが理由ではない。それ以上に深刻なのは、税制の決定権を握ってきた自民党税制調査会の機能不全だ。年末に各業界、各省庁から集めた税制改正の要望を取捨選択する自民党税調は、利害調整の役割は果たしてきた。しかし、今求められているのは経済再生の理念の下で税制全体を再構築することだ。慣行や慣例にこだわる自民党税調にそうした税制改革を期待できないことは、今回の税制改正の過程ではっきりした。
 もとより税制は内閣主導で決めるのが基本であり、自民党税調主導は打ち止めにしなければならない。首相もようやく年明けから経済財政諮問会議で税制の議論を始める意向だ。遅れを取り戻すためにも、骨太な税制を打ち出してほしい。

[点検 与党審査-自民税調の限界 (上)揺らぎ始めた「絶対の権威」]
(平成13年11月21日の日本経済新聞朝刊より引用)

 「経済財政諮問会議が税制改正の提案を出してくるかもしれないが、これまでの(政務調査会の)部会中心の積み上げ方式をきちっと守っていこう」。16日、党本部で開いた自民党税制調査会の顧問会議。相沢英之会長らはこう申し合わせた。

分厚い「電話帳」

 税調は21日の総会から2002年度の税制改正大綱の検討を本格的に開始する。最終決定は来月14日、残された時間は3週間。発泡酒やたばこの増税、連結納税の導入の是非など個人や企業の関心が大きいテーマについて、例年通り短期間で結論を出す。
 20日昼、議員有志による「発泡酒を愛する会」の準備会合。衛藤征士郎会長は「税率を50年間凍結したい」と気勢を上げた。午後は党の機関である「たばこ・塩産業特別委員会」と「葉たばこ価格検討小委員会」の合同会議が、たばこ増税の反対を決議した。例年通りの光景ではある。
 80歳の山中貞則最高顧問ら長老議員が並ぶ税調は部会などが提出する要求項目に○(受け入れ)、×(却下)、△(引き続き検討)などの印をつける。法人税の租税特別措置法や所得税の控除を細かく決め、いわゆる「電話帳」と呼ばれた分厚い冊子が出来上がる。
 その決定は絶対的。党の政策責任者である政調会長も口を出しにくい「聖域」だった。年度途中で改正を求める声にも「一年に何度も制度を変えるわけにいかない」と一蹴(いっしゅう)してきた。1999年7月に成案化した産業再生税制は当時の小渕恵三首相が山中氏に頭を下げ、ようやく実現したほどだ。
 その「絶対の権威」が揺らぎ始めている。
 9月、諮問会議の一委員である本間正明阪大教授が証券税制の私案を提示、6人の学者によって諮問会議内の私的な勉強会「歳入問題プロジェクト」を発足させた。

諮問会議の挑戦

 財務省の関係者が解説する。「最近の政府税制調査会は業界団体の代表が順番に意見を言う陳情に近い場所になってしまった。諮問会議が純粋に税制を議論する機関になろうとした」。税調の幹部が諮問会議の存在にわざわざ言及したのも、首相主導の武器である諮問会議が税制に切り込もうとしているという微妙な空気を感じ取ったためだ。
 かつて中曽根康弘首相は作家の堺屋太一氏やベンチャーの旗手とされたリクルートの江副浩正社長らを「暴れ馬」として政府税調に送り込み、政府の決定権限を高めようとした。しかし、党税調の壁は厚かった。「政府税調を軽視はしない。無視する。」と山中氏が言い放つほど権限は大きかった。

経済対応で後手

 経済環境の変化の激しさも税調の限界を印象づける。今国会で株式の譲渡益を一部非課税にする証券税制改正案が可決されたが、そもそも証券税制改正は5月に麻生太郎政調会長と相沢氏の間で検討課題として浮上していたもの。山中氏が「何も議論しないわけにはいかないな」と漏らし、改正の流れを決めたのは株安が進行した9月上旬になってから。腰の重さばかりが目立つ。
 低迷する日本経済を立て直すのに税制はどんな役割を果たせるのか。税調にはそうした発想がない、という批判も出ている。

[点検 与党審査-自民税調の限界 (中)権力集中 進まぬ新陳代謝]
(平成13年11月24日の日本経済新聞朝刊より引用)

 21日朝、自民党本部。連結納税など「2002年度の税制改正要望」を決定した経済産業部会の終了直後、部屋を出てきた伊藤達也部会長(40)がつぶやいた。「せっかくまとめたんだから、税調幹部会の議論に加わりたいなあ」

長老議員が実権

 自民党税制調査会では各部会から上がる要望を集約して総会で議論し、税制改正案をまとめるのが表向きの流れだ。総会には幹事を含む税調メンバー45人のほか、原則として党所属の国会議員や秘書はだれでも入れる。ところが現実には顧問を中心に構成する「最高の意思決定機関」の顧問会議、顧問や正副会長などが参加する正副会長会議で大体の方向性が固まる。
 いずれもメンバー以外に開催場所や時には日時すら知らせない「秘密会合」だ。
 自民党の中堅、若手議員の育成組織ともいえる政務調査会の部会長には総会で意見を言う機会があるとはいえ、顧問会議や正副会長会議には入れない。
 山中貞則最高顧問(80)、相沢英之会長(82)、奥野誠亮顧問(88)、坂野重信顧問(84)--。税調を仕切るベテラン議員たちだ。マイクを握って要求を叫ぶ部会長の姿は12月に開かれる税調総会の恒例だが、幹部らがまともに取り合う空気は乏しい。
 橋本派で当選3回の伊藤氏は「2002年度の税制改正論議では党税調と部会がもっと連携し、政調、税調の両会長で内容を最終決定すべきだ」と主張してきたが、いまのところ実現する気配はない。

若手の意欲奪う

 ある若手議員は「本音を言えば、大声で発言するのはばかばかしいんだ」と打ち明ける。減税を言っていればいいという経済状況でもないだけに「長老に生半可に挑んでも論破されるだけだ。なにより税は票にならない」と本音を漏らす議員もいる。2002年度税制大綱論議のスタートとなった21日の総会にも、若手議員の姿は少なかった。
 経験豊富な実力者の重みが若手の税制に取り組む意欲をなえさせ、人材の枯渇が進む。制度に通じ有望株と見られてきた野田毅氏(60)は党外に去り、今は保守党党首。「野田氏に並ぶエース」(財務省幹部)とみられてきた与謝野馨元通産相(63)は落選中。税調の「若手」とされてきた町村信孝氏(57)や石原伸晃氏(44)はそれぞれ党幹部、閣僚となり、現在の議論に加わっていない。
 官僚と打ち合わせながら大綱を書く「ライター」は今年、国税を旧大蔵省OBの伊吹文明氏(63)、地方税を旧自治省OBの滝実氏(63)が担う予定だ。一部の専門家に頼る傾向は強まっている。

長い「出世階段」

 「総合的に税の勉強をしていないと、かないっこないよ」。9月、当選一回の国会議員数人とドイツを訪問中、増原義剛氏(56)は夕食の際に「税調は一部の幹部で決めすぎる」とこぼす同僚議員を励ました。
 大蔵省出身で主税局の課長も務めた増原氏は、帰国後すぐに十数人で勉強会「税制ことはじめ」を発足させた。同会は月一回のペースで財務省と意見交換し、大化改心後の租庸調から始めて、税調幹部とまともに渡り合うための基礎づくりに励んでいる。ただ、こうした動きはなお少数派だ。
 小泉純一郎首相(59)は当選回数や年齢、派閥の事情にとらわれずに閣僚や党役員を登用した。金融分野の「政策新人類」の登場など自民党内でも世代交代の機運は芽生えつつある。しかし、「党税調の出世階段」は相変わらず長く、税調組織の新陳代謝も進まない。

[点検 与党審査-自民税調の限界 (下)聖域守る旧来型手続き]
(平成13年11月25日の日本経済新聞朝刊より引用)

 22日、自民党本部8階のホールには約600人が詰めかけ、座席が埋まった。壇上では衆参両院の自民党議員が入れ代わり立ち代り現れ頭を下げた。

控除創設動かず

 会合を主催したのは「全国青色申告会総連合」。小規模事業者を中心に約110万人の会員がいる青色申告会を束ねる組織だ。納税に関する啓発活動をしながら毎年、自民党に税制改正を熱心に働きかけている。
 この日の「税制改正要望大会」でも、代表者が個人事業主の報酬に対する特例が税法上全く認められていないとの認識を強調し、1991年から掲げる「勤労所得控除」の創設を改めて要望した。ただ、党側を代表してあいさつに立った臼井日出男元法相は既存の控除の拡充で対応する考えを示すにとどまった。
 昨年の衆院選と今年の参院選。小規模事業者に配慮した税制の新設はともに党の公約に盛り込まれた。しかし、現時点で自民党税制調査会が重要課題として取り上げる気配はない。青色申告会の関係者は「昔の竹下(登元首相)さんのような実力者が減っている。最近は正直言って大丈夫かなと思う」と不安顔だ。
 証券業界でも「自民党だけに頼っていては駄目だ」との声が出て久しい。今国会の法改正で実現した株式譲渡益課税の軽減をめぐり夏から秋にかけて業界の幹部が公明、保守両党の議員の部屋を訪れる姿が目立った。特に公明党は申告分離課税への一本化を当初主張し、源泉徴収の存続を望む業界としばしばぶつかった。「勉強熱心。自民党の若い先生よりも、実のある議論になる」。そんな評価も出始めている。

公保に自負心

 昨年12月、自民党の税制改正大綱とは別に初めての与党大綱がまとまった。この時は土壇場で、公明党の意向を受けて児童手当に関する財源の拡充で合意した。自民税調に一極集中していた税制の決定権がわずかながら揺らいだ。
 公明党は今月22日の税調役員会で、ベンチャー企業育成など景気対策に関する税制を2002年度の主要検討項目とすることを確認した。保守党の野田毅党首は自民税調に関して「やるべきことをやっていない。証券税制の見直しは遅すぎる」と批判する。政策で存在感を示したい公明、保守両党の税制改正への自負心は膨らむ。
 「たばこ税をちまちま上げたり、庶民が楽しむ発泡酒の増税なんか言わずに、たくさんある租税特別措置を根本的に見直すべきだ」。21日、宮崎市内で講演した野中広務元幹事長は租税特別措置の整理による増収策を提案した。続けて「そういう勇気を小泉さんが持ってくれたらいい」と小泉首相にエールを送った。

税という補助金

 勇気が必要な背景には、租税特別措置法が自民税調の「聖域」だったという事情がある。特定の企業や所得階層に恩典を与える租税特別措置は、同時にその可否を決める税調に特有の権威を与えてきた。青色申告会が求める控除もそのひとつだ。財務省幹部は「税という衣を着た補助金であり、予算のバラマキと変わらない」と指摘する。
 特例の積み重ねによって税制はますます複雑化し、新たな不公平を生む問題も生じる。野中氏や財務省だけでなく、公明党も租税特別措置の見直しに意欲を示している。
 21日の税調総会は各部会からの要望を聴取することに終始し、租税特別措置の廃止に関する議論は一切なかった。日本経済が急激に変化し始めた中、旧来型の手続きで細かな利益配分をいつまで続けるのか。聖域なき構造改革は税制にも及ぶのか。来月14日までの2002年度のい改正作業が一つの試金石になる。

[与党事前審査を廃止せよ]
(平成13年11月21日の日本経済新聞社説より引用)

 小泉純一郎首相は政府与党の意思決定システムである与党による事前審査制の廃止を検討するよう自民党国家戦略本部の保岡興治事務総長らに指示した。わたしたちも与党事前審査制の廃止に賛成である。綿貫民輔衆院議長の諮問機関「衆院改革に関する調査会」や民間有識者の「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)も相次いで与党事前審査制の廃止を提言している。
 与党事前審査制は自民党一党支配の時代に形成された慣行で、党政調会、総務会の承認がなければ、内閣は法案提出の閣議決定ができないという仕組みである。この独特の慣行こそ、議院内閣制の本来の姿をゆがめ、首相のリーダーシップを大きく制約してきた元凶である。
 議院内閣制は本来、内閣を中心とする一元的な意思決定の仕組みである。しかし、意思決定に与党の過剰関与を認める事前審査制は内閣と与党の二元政治の状況をもたらし、政治の責任をあいまいにする。与党がごり押しすれば、首相の方針をねじ曲げることも可能な仕組みである。特殊法人改革をめぐる小泉首相と自民党内守旧派の対立・混乱はこうした二元政治の弊害をまざまざと有権者に見せつけた。
 事前審査制によって自民党は法案の閣議決定とほぼ同時に法案賛成の党議拘束をかける。このため、法案の国会審議で自民党議員はほとんど質疑に立たず、ひたすら採決を急ごうとする。国会審議は形骸(けいがい)化し、採決をめぐる駆け引きだけが目立つようになる。
 与党による事前審査制は族議員の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)を可能にし、政治や行政を不透明、不明朗にする。責任ある地位にいない族議員が不当に影響力を行使するのは責任政治の観点からも問題が多い。首相や閣僚より族議員の方に顔を向けて官僚が仕事をするような姿は本末転倒である。
 議院内閣制の本家である英国では与党による事前審査制の慣行は存在しない。首相、内閣を中心とする一元的な意思決定が当たり前になっている。首相や内閣の方針に異論、疑問があるなら与党議員も国会審議の場で堂々と所信を表明し、その上で賛否を決めればよい。
Initially posted January 27, 2002.