[持続型農林水産業の判定基準]

 それでは、「持続型」農林水産業であるかどうかをどのように判定したらよいのだろうか。これは一定の環境基準(以下、「特定基準」と呼ぶ)とISO14000Sの認定の組み合わせで行うことが現実的なのではないかと考える。もし、農林水産業に従事する企業や組織がISO14001を取得し、かつその事業が持続型農林水産業に適合した方法で行われていることが外部の第三者機関によって認証されるならば、公的にもこれを認知し、補助金の支給や環境消費税法における再生材割合の判定基準に援用する方法である。

[持続型農林水産業への応用] 環境ISOのしくみの概要から次のことが言えるだろう。

(1) ISO14000シリーズは様々な業種に適用される汎用的な枠組みであるから、他の製造業と同様、農林水産業に従事する企業や組織であっても取得が可能であろう。実際、99年1月8日の日経朝刊には「環境ISOのEMS 森林事業に導入 住友林業、今年夏にも認証取得」とのタイトルの下、次の記事が掲載されている。

「 住友林業は全国に約4万ヘクタールを保有する森林事業で、国際的な環境保全規格である『ISO14001』に準拠した環境マネジメントシステム(EMS)を導入した。今夏にも正式に認証を取得する見通し。国土の千分の一に当たる面積がEMSによって管理されることになり、国内では最大規模の環境ISO取得になる。同社は二酸化炭素(CO2)の吸収などで注目されている森林の環境保全に力を入れる考え。
 EMS導入に先立って事業計画の作成や伐採、植林、林道整備、レクリエーション施設の建設など森林事業に関連する約百六十の項目で環境への影響を分析する手法を確立した。CO2の排出・吸収量の増減、地域の水資源や生態系などの自然環境に加えて、地域経済や社会環境などを含めた二十二項目について、同社の森林事業が及ぼす影響を調査、改善する。
 認証は北海道、四国、和歌山、九州の四つの事業所で一括して取得する考え。昨年十二月に文書管理の体制などを整えたのに続き、近く内部監査を実施。その後外部の認証機関の審査を受ける。
 森林事業の環境ISO取得は国内では初めて。海外でもブラジル、南アフリカなどで数社が取得しているだけという。同社は年間約四万二千立方メートルの木材を伐採しているが、環境への影響を定量的に評価するEMSの導入で森林事業の有効性をアピールする。日本の森林事業は製紙会社などが手掛けており、住友林業が認証取得すれば、同様の動きが広がりそうだ。」

 農業や水産業に、さらに、より小規模の事業者にも認証取得の動きが広がることが望まれる。

(2) ISO14000シリーズの取得に際しては環境管理の目標水準、改善の優先順位、改善方法等は組織によって異なり自主性が許容されるから、公平の観点からすれば異なる組織に適用される一律の基準を設ける必要がある。しかし、環境の質は地域により異なるから、この基準は全国一律の基準であるばかりでなく、地域の歴史的・社会的・地理的特性を反映した固有のものである必要もある。このように特定基準は一律性と固有性という矛盾した両面をもつから、その設定手続はこの両面を反映できるものとして構成する必要があるだろう。特定基準の設定方法については以下で改めて考えたい。
 さて、このように特定基準を作成した上で、持続型であるかどうかの判定基準としては、当該組織の環境管理の方針、環境管理の目標が特定基準を含んでいること、環境声明書がその目標が達成されたことを表明していること、及び認定を受けた環境審査員による認証が与えられていることを条件とする必要がある。この特定基準は税法や補助金支給基準が独自に定めなくとも適切な規格があればその援用により替えることもできるだろう。

(3) とはいえ、EMAS及びISO14000シリーズの要求する実施事項は綿密かつ周到に練りあげられており、その環境管理のコンセプトは持続的な動機付けに特徴があって常に前進的である。またISO14000シリーズに関してもISO9000についてと同様、今後見直しが継続されていくことであろう。制度の信頼性は高まりこそすれ低まることはない筈である。税務調査をおこなう上でも、密度の濃い調査を短期間で実施することが可能な体制が準備される。また、我国の税法がISO14000シリーズを援用することとなれば、環境ISO取得を強力に後押しすることになる。反射的に我国税法の依拠する基盤も確かなものとなっていくだろう。税法と環境政策を幅広く統合していく上で、このような面での連携プレーは極めて重要と思われる。

(4) 農林水産業についての環境審査員は農林水産業の従事者又は従事希望者から生まれてくることが望ましい。あるときは審査を受ける側に立ち、他の機会には審査する側にまわることも、独立性保持に関するルールを審査者・被審査者の組合わせに関して設定することによって可能となるであろう。内部監査に関しても同様な役割転換が可能となる。農林水産業も学習の連続であろうから、そのような役割転換は相互に学習機会を与え合うことになるだろうし、農林水産業から全く離れることなく所得を得る機会も提供できる。地域間の知識交換も行われることになろう。また、農林水産業及びその周辺産業に従事する層を数万人程度の厚みで増すことにもなるだろう。成功裏に認証を受けた法人や組織に対しては認証費用相当分を補助金として支給すれば、これは一種のデカップリング手法とみるべき農林水産業保護策となるだろう。農閑期の出稼ぎとして家族を離れ土木作業に従事することが行われてきた。副収入を求める場合であっても本業から離れずに所得を得る方が望ましいことは明らかではないだろうか。

[特定基準] 上の(2)で述べた特定基準に含めるべき項目を農業についてあげてみると、例えば、次のような項目を考えることができる。水産業や林業についてもこのような項目列挙が可能だろう。このような作業が特定基準を組み立てるための出発点となる。

  1. 土壌・・・塩分集積、酸性化、微量成分組成、有毒物質による汚染、固密化、浸水現象、土壌浸食、地滑りなどが観察されないこと、または、一定範囲内にとどまること。また、土壌中の有機物レベル、土壌の生産性が一定基準を満たすこと。
  2. ・・・窒素、リン、残留有毒農薬、酸性物質、土壌沈殿物の流出・浸出による地表水、地下水、海水の水質に対する影響が認められない、または一定範囲内にとどまること。地表水、地下水の利用、水資源の空間的・時間的分散利用、地表水の取り込みと排水方法が一定の規格に合致すること。
  3. 大気
    汚染・・・農薬・土壌・家畜臭・バイオマス焼却などによる大気汚染が一定範囲内にとどまること。
    気候変動・・・農業から発生する地球温暖化ガスや、エネルギー消費が一定範囲内にとどまること。
    オゾン層破壊・・・農業が使用する臭化メチルなどのオゾン層破壊化学物質が使用されないこと
  4. 自然
    生物的多様性・・・人間の手が加わった自然に適応した植物・家畜、及び手付かずの野生生物の多様性が保たれていること。当該組織の管理地における生態系の頂点に立つ哺乳類、鳥類、昆虫類、植物、菌類等の固体数及び密度がある範囲内に維持されること、また、その管理地が河川を含む場合はさらに魚類や水生植物についての同様な基準
    生息地・・・農地上の野生生物生息地、半自然及び自然の生息地の保全。また、航空写真によって樹林密度や植生の季節毎の経年比較を行った場合、一定の範囲内の変化にとどめられること。
    景観・・・地形的特性、気候、バイオトープの分布、農法及び社会・文化的価値などが織り成す景観特性が保全されていること。
このなかで、1から3までの項目は多分に物理・化学的基準であるから、温度・湿度・風向等に関する調整方法を含めることにより、一律に適用しやすい項目である。これに対して、項目4は地域特性に根差すため、基準設定をいわば分権的に行う必要がある。その地や水域をよく知る「長老」やNPOを含めた委員会による地域ごとの基準設定方式はその有力な方法と考えられる。


Initially posted February 21, 1999.