[法人所得課税廃止による減収額試算]
表-2のように、1994年において、所得金額700万円以上の個人の課税所得金額合計は21兆,7790億円、所得税額合計は5兆8910億円であるので平均税率は27%になる。法人所得34兆8740億円に個人所得税の最高税率50%を掛けると17兆4370億円が源泉控除税額、平均税率27%に基づく個人所得税額は9兆4160億円であるので還付税額は8兆210億円となる。他方、配当所得4兆800億円(源泉所得税額8160億円から逆算)にかかる平均税率27%に基づく個人所得税額1兆1016億円も同時に失うことになる。したがって、増収額9兆4160億円、減収額13兆4736億円(12兆3630+1兆1016億円)で差引き4兆576億円となる。
上の計算では配当税額控除の廃止による増収分を含めていない上、法人所得持分の所得加算による所得階級の上方シフトを考慮していないので、法人税廃止による税収減は4兆円を上回らないとみることができる。
表-1 法人所得税収 (単位10億円) | 表-2 所得階級別課税所得金額 (単位10億円) |
表-3 一人当たり課税所得金額 (単位万円) | ||||||||||
*印は1993年度、他は1994年。 | ||||||||||||
項目 | 金額 | 比率(%) | 所得階級 (万円) |
人数 (千人) |
課税 所得金額 |
算出税額 | 所得階級 (万円) |
平均課税 所得金額 |
左の内 1,800- 3,000 |
左の内 -3,000超 | ||
法人所得 | 34,874 | 100.0 | ||||||||||
法人税 | 12,363 | 35.5 | 700-1000 | 657 | 4,158 | 710 | ||||||
*道府県民税 | 762 | 2.1 | 1000-2000 | 567 | 6,581 | 1,653 | 700-1000 | 633 | 0 | 0 | ||
*市町村民税 | 2,371 | 6.8 | 2000-3000 | 113 | 2,547 | 876 |
1000-2000
|
1,161 | 0 | 0 | ||
*事業税 | 4,568 | 13.1 | 3000-5000 | 76 | 2,732 | 989 | 2000-3000 | 2,254 | 454 | 0 | ||
税引後所得 | 14,810 | 42.5 | 5000超 | 54 | 5,761 | 1,663 | 3000-5000 | 3,595 | 1,200 | 595 | ||
配当所得 | 4,080 | 2.3 | 合計 | 1,467 | 21,779 | 5,891 | 5000超 | 10,669 | 1,200 | 7,669 |
[個人所得税の最高税率を35%へ引下げる]
さて、上の制度変更によって、個人総体では9兆1226億円の減税、法人総体では5兆740億円の増税となる。これは我々の意図するところと逆である。法人税廃止といいながら法人の納付税額が増加しているからである。法人の留保所得を現水準に維持するという前提で、どこまで所得税の最高税率を引き下げることができるだろうか。1994年の「申告所得税標本調査」に基づく所得階級別の課税所得金額を拠り所に、18百万円超の課税所得に対する税率を35%に引き下げる場合の影響額を考えてみよう。
表-3の「一人当たり課税所得金額」に各所得階級に属する人数を掛けて18百万円超30百万円以下の課税所得を求めると2兆730億円なので、この所得帯に対する減税額はその5%の1040億円。また、30百万円超の課税所得を求めると4兆5930億円を得るので、この所得帯に対する減税額はその15%の6890億円となる。したがって、両者の和7930億円が最高税率を50%から35%に引き下げることの税収への影響額となる。このとき、法人での源泉控除税額は12兆2059億円、所得金額700万円以上の個人の課税所得金額合計は21兆,7790億円で変わらず、所得税額合計は5兆8910億円から5兆980億円に減少するので平均税率は23.4%となる。法人所得持分に対する個人所得税額は8兆1605億円であるので還付税額は4兆454億円となる。
上の計算では配当税額控除の廃止による増収分を含めていない上、法人所得持分の所得加算による所得階級の上方シフトを考慮していないので、法人税廃止による税収減は4兆円を上回らないとみることができる。
以上を要約すると、所得税の最高税率を50%から35%に引下げた場合、増収額は法人所得持分に対する所得税額8兆1605億円、減収額は14兆2576億円(12兆3630+1兆1016億円+7930億円)で差引き6兆971億円の減収となる。
消費税廃止による減収額が9兆9128億円であるから、国税収入の減少額は両者合わせて約16兆円となる。これは環境消費税の導入による18兆円の増収見積額より小さい。実際には企業が最終消費者として負担する環境消費税分の増収が見込めるから、これと合わせ、一定限度以下の所得階層に対する環境消費税の還付、取引所税(470億円)、有価証券取引税(3660億円)の廃止、最高税率以下の所得階層に対する所得税減税等に充てた上、個人所得税の最高税率を35%よりさらに引下げる余地もあることが分かる。
[法人所得課税廃止の理由]
所得税 | 法人税 | 消費税 | |
1990 | 25,996 | 18,384 | 5,779 |
1991 | 26,749 | 16,595 | 6,220 |
1992 | 23,231 | 13,714 | 6,551 |
1993 | 23,687 | 12,138 | 6,984 |
1994 | 20,418 | 12,363 | 7,040 |
1) 1995 | 19,564 | 12,714 | 7,185 |
2) 1996 | 19,338 | 13,548 | 7,435 |
[第五] 大蔵省主計局「財政統計」及び大蔵省主税局調査課「財政金融統計月報(租税特集)」によれば、所得税、法人税及び消費税の1990年以降の収入額は表-4のとおりである。
税率区分 | 最低税率 (万円以下) |
最高税率 (万円超) | |
90-94 | 5 | 10%(300) | 50%(2000) |
95以降 | 5 | 10%(300) | 50%(3000) |
この間、法人税率は37.5%、消費税率は3%で一定であったのに対し、所得税率は表-5のように推移した。この間の税収の最高額と最低額の比をとると所得税1.31、法人税1.51消費税1.29となっており法人税収の振幅の大きさが目立つ。住専の不良債権処理による潜在的減少を考慮すれば法人税収の振幅はさらに大きく現れるだろう。
94年 | 90年 | |
売上高 | 1,439.0 | 1,428.2 |
売上原価 | 1,135.3 | 1,149.4 |
販管費 | 270.8 | 229.1 |
税引前利益 | 18.8 | 38.1 |
売上高利益率 | 1.30% | 2.67% |
法人税住民税 | 14.3 | 20.5 |
人件費 | 200.7 | 166.2 |
次に、大蔵省財政金融研究所統計部「財政金融統計月報」(法人企業統計年報特集)産業別経理から抜粋して作成した表-6をご覧頂きたい。
売上高が1428兆円から1439兆円へ微増しているのに対し、法人税及び住民税は90年の20兆円から94年の14兆円へと大幅減となっている。このように法人所得税収は企業活動水準の波動からそれを増幅した影響を受けることを免れない。実際、95年10月28日の日経朝刊によれば、94事務年度(94年7月から95年6月までの1年間)の法人税確定申告で、全国256万社の63.8%が所得を赤字またはゼロと申告した。黒字法人の所得総額も35.8兆円と90年度の53.1兆円の3分の2まで落ち込んでいる。法人所得税への過度の依存は税収を極めて不安定にする。これが第5の理由である。
[法人所得課税廃止の直接的効果]
[法人所得課税廃止の間接的効果]
問題は基金だけにとどまらない。2025年には我国の4人に1人(25.8%)が高齢者(65才以上)となり、若年人口(14才以下)比率14.5%を大幅に上回るといわれるとき、年金財政の基礎的部分である老齢基礎年金や老齢厚生年金までが破たんするのではないかと多くの高齢者予備軍(今は働き盛りの人達)が不安をもっている。
「大蔵省は14日開いた財政制度審議会(蔵相の諮問機関)の総会に、国と地方を合わせた政府の長期債務残高が98年度末に529兆円に達するとの試算を提出した。旧国鉄長期債務や国有林野債務をを引き継ぐため債務残高は膨らんでおり、名目国内総生産(GDP、約520兆円)も初めて上回る見通しだ」(98年1月15日の日経朝刊)。
財政システム全体が抱える負債は国家財政、地方財政、財政投融資等について集計してはじめてわかるが、経済企画庁「国民経済計算年報(平成6年版)」によると、その残高は92年度末に既に287兆円に達し、大蔵省理財局国債課「国債統計年報」によると92年度末国債残高は181兆円弱であった。ここ数年の伸びの凄まじさが分かる。1兆円という金額は一人あたり1千万円の給与で10万人を1年間雇える程の莫大な金額である。529兆円ではこれが5290万人分となる。かたや若年人口が減少しているときに、年金破綻の不安、財政破綻、円への信認破綻が杞憂であると誰が言えよう。
法人税廃止の間接的効果として期待される資本市場の活性化は、間近に迫っている高齢化社会に向けたひとつの重要でしかも低コストな準備となる筈である。法人税廃止は株主優遇=高所得者優遇、だから法人税廃止反対・環境消費税反対という考えがあるとすれば、その便益を受ける人達の範囲はもっと広いこと、しかも、いずれ反対者もその人達の仲間入りをするということを含めて再考の余地があると思えるのである。