1.はじめに

 売上原価に含まれる人件費については再生材割合100%として各事業者の再生材割合の算定を行う([環境消費税のしくみ - 2.しくみ - 現行消費税との相違点]参照)。

 人件費率の高い業種では物的資源よりは人的資源の投入によって付加価値が産み出される部分が大きい。したがってモノの消費が少ないにもかかわらず付加価値が大きい、すなわち、地球環境への少ない負荷でより大きな付加価値を産み出していることになる。持続的経済にとってこれは望ましいことと言わねばならない。

 例えば、モノの修理を考えてみよう。修理原価をみてみると、その大部分が人件費であることが多い。取替部品のコストは僅かなものである。器具を分解し、診断し、故障ヵ所に到達し、修復し、また組立直し、テストする一連の作業は手間がかかる。故障に直面したとき、修理するか新品を買うかの判断はゴミを出すかどうかに直結している。同時に資源を新たに消費するかどうかの岐路でもある。器具等の故障はそれを構成する多くの部品が正常に機能しているとき僅か1点又は数点の部品の障害によって発生する場合が殆どである。製品寿命を全うさせるよう修理して道具を使い込む消費パターンを支持したい。このような考え方と修理サービス等の人件費を再生材割合の算定基礎に含めることは整合的である。また、人間の労働は食事と休息の後繰返し発揮されるから、これを再生材とみなすことに道理は認められるであろう。

2.人件費の意義

 人件費には給与・賞与・退職給与・雑給等所得税法上給与所得とされるものを含める。いわゆる法定福利費と呼ばれる社会保険・労働保険料の会社負担分やその他の福利厚生費は会社によって負担が異なり不公平が生ずることからしても再生材割合算定のための人件費の範疇には含めないことが妥当と考えられる。人材派遣会社からの派遣請求額は人件費には含まれないが、請求書上で再生材割合が表示されるから、含めた場合と大差なくなる。

3.環境消費税収への影響

 (1)売上原価中の人件費比率

 [環境税のしくみ - 3.税率]で環境消費税の税収見込を国税分18兆円、地方税分9兆円としたが、これは売上原価中の人件費率10%、我国のリサイクル率40%として推算したものである。人件費を売上原価と販管費に分けて集計したデータが手に入らなかったため、この売上原価・人件費比率の推計は次のように行った。

 [既存税制との調整]で示した「財政金融統計月報」(法人企業統計年報特集)産業別経理からの資料によれば、法人の売上総利益率は近年僅かに低下の傾向はみられるが20%のあたりで安定している。この20%から3%の売上高営業利益率を差引くと17%が残る。いくつかの企業の売上高人件比率(販管費)を有価証券報告書総覧でみてみると1%台から28%強(この会社は営業損失を計上)まで分散しているが5%を中心としているように見える。これが5%とすれば、企業は残りの12%で賃借料その他の諸費用をまかなうことになるが妥当な水準であろう。

 さて、「財政金融統計月報」は売上原価と販管費のそれぞれに含まれる人件費集計値を提供している。そこで、まず、販管費中の人件費(A)を売上高の5%と見て上記資料の売上高に掛けて求める。次に、同資料の人件費集計値から上で求めた人件費(A)を控除すると売上原価に含まれる人件費(B)が求められる。この人件費(B)を同じ資料の売上原価集計値で割ると10%前後の比率が得られる。他方、法人企業統計年報特集のデータによれば、我国の全産業についての売上原価・販管費をあわせた人件費率は12.5%であるので、売上原価中の人件費率はこれ以上ではありえない。したがって、売上原価・人件費比率は10%程度と見てよいのではないかと思う。個別企業の有価証券報告書はその製造原価報告書のなかで売上原価中の労務費を開示している。念のため、これをアットランダムに見てみると、その比率は石油精製業に属す企業の1.4%からソフトウエア企業の71.1%までバラツキがあるが、10%仮説を棄却する程でもない。

 (2)売上原価中の人件費を再生材割合算定の基礎に算入することによる環境消費税収への影響

 以下、Pを人件費以外の課税仕入投入要素価格、Lを人件費、Vを人件費算定基礎算入前の初用材割合(VMUR)
(V0=V1=V2と仮定する)、Tを基準税率、各添字は製造取引の段階とすると次の関係が得られる。

第一段階

  基準税額 仕入税額 VMUR
人件費外 P0T P0V0T V0
人件費 L0T 0 0
合計 (P0+L0)T P0V0T P0V0/(P0+L0)


したがって、第一段階ではV0がP0V0/(P0+L0)となり、V0のP0/(P0+L0)倍になる。
これを上の推算から約90%であるとみるわけだから、人件費を算定基礎に算入すると、第一段階においては算定基礎不算入の場合と比べて約10%の減収になるといえる。

第二段階

  基準税額 仕入税額 VMUR
人件費外 P1T P1V1T V1
人件費 L1T 0 0
合計 (P1+L1)T P1V1T P1V1/(P1+L1)


したがって、第二段階ではV1がP1V1/(P1+L1)となり、V1のP1/(P1+L1)倍になる。
ところで第二段階は第一段階から原価要素を購入しているから
集合値としてのV1をP0V0/(P0+L0)で置き換えることができる。
したがって、第二段階ではV1=V0がP0P1V0/(P0+L0)(P1+L1)となり、
V0のP0P1/(P0+L0)(P1+L1)倍になる。
これは上の推算から約90%の2乗であるとみるわけだから、第二段階においては人件費算定基礎算入は算定基礎不算入の場合と比べて約20%の減収要因になるといえる。同様にして、第三段階では約30%の減収要因になることになる。以下同様。このように考えると減収率の上限はあるのか、またあるとすればそれはいくら位かが疑問となる。以下、これについて考えてみよう。

この製品連鎖での人件費算定基礎算入前の環境消費税収R0は3段階で製造が完成すると仮定するとき、次のように計算される。

R0={(P3−P2)V2+(P2−P1)V1+(P1−P0)V0}T

他方、人件費算定基礎算入後の環境消費税収R1はR0のV2、V1、V0をそれぞれ
P0P1P2/(P0+L0)(P1+L1)(P2+L2)、
P0P1/(P0+L0)(P1+L1)、
P0/(P0+L0)で置換えればよい。税収減はその差として計算される。

我々はこの社会の製品は5段階川上に遡ると基礎的素材に行き着くと予想した([輸入品の再生材割合]参照)。
そこで売上原価率を80%とし
V0=V1=V2=V3=V4=0.6と仮定して売値100に対する環境消費税収R1を計算すると次のようになる。

{(100−80)×0.95V4+(80−64)×0.94V3+(64−51)×0.93V2+(51−41)×0.92V1+(41−33)×0.9V0}T
=28.3T

これに対し環境消費税収R0

{(100−80)V4+(80−64)V3+(64−51)V2+(51−41)V1+(41−33)V0}T=(100−33)×0.6T=40.2T

したがって、税収減割合は

(40.2-28.3)/40.2≒30%

となって50%=10%×5段階より小さい。

 当初10%であった人件費率がなぜ30%に膨れあがるのだろうか。それは第一に中間材は取引段階で重複なく累積されていくのに対し、労働は各段階毎に新しい原価要素として積み重ねられていくこと、第二に売上マージン20%が各取引段階を通じて同じと仮定しても金額面で各段階毎に異なるウェイトをもってくるからだと考えられる。

 そこでマクロ的視点をとるため、産業連関表の平成2年取引表を見てみよう。内生部門計426兆円に対し付加価値部門の雇用者所得は232兆円となっている。人件費の売上原価対販管費の比率は約0.8×0.1:0.05=8:5と推量されたから、この雇用者所得の13分の8すなわち143兆円は売上原価にかかる人件費とみられる。すると売上原価中の人件費の比率は我国総体として143/(426+143)≒25%となる。

 多くの仮定に基づく上のモデルによる税収減比率の計算値は産業連関表に基づく比率にかなり近い。本稿では、前提条件の単純な方を選び、売上原価中の人件費を再生材割合の算定基礎に含めると不算入の場合に比べ25%程度の税収減になる、とみて環境消費税収を見積もることにした。


Last updated:January 20, 1998, Copyright:Shuichi Sunaga