[炭素税の問題点]

[共通炭素税構想] 先述した共通炭素税構想は、残念なことに、欧州連合内各国の意見が分かれ頓挫状態にある。

 そもそもEC委員会が91年9月に炭素税構想を発表し、具体化の検討を進めてきたとき、EC産業界は「ECだけが導入したら日本や米国に対する競争力が失われる」と強く反発、湾岸産油国も「新税はCO2削減効果より経済に対する悪影響のほうが大きい」などと反対していた。最近では、「EU単独でも新税を導入すべきだ」とする独仏と、「環境保全のためにどのような経済的措置を取るかは各国の自由。(EUの)共通炭素税構想は国家財政に対するEUの越権行為とも言え、認めるわけにはいかない」(94年10月4日、EUの環境相理事会での発言)とする英国が対立、さらにスペイン、ポルトガルなど経済力の弱いEU内の「南」の国は依然、「二酸化炭素排出抑制に伴うコストは英独仏などの工業国が負担すべきだ」と主張して意見調整を複雑にしている。実施に向けて前進しているのか後退しているのかさえ定かでない。

 では日本での論議はどうか。(以下、日経朝刊97年11月12日号より引用)『温暖化防止の総合対策を検討している温暖化関係合同審議会は、13日にも橋本竜太郎首相に提出する最終報告の内容を固めた。焦点の炭素税導入について「慎重であるべきと判断した」との表現を盛り込む。...中略。これを受け、政府は将来の課題として炭素税の検討余地は残すが、地球温暖化防止会議を機に導入することを断念する。...中略。ただ、経団連など産業界は国際競争力を損ない空洞化を加速すると強く反対している。通産省が導入に抵抗し、大蔵省も既存の化石燃料課税との調整が必要となるため消極的で、関係合同審では大部分の委員が難色を示している。このため、総合対策には炭素税導入を盛り込まない。』1992年の産業構造審議会、地球環境部会の報告書は炭素税構想には「経済成長に多大な影響を与える可能性がある」として、慎重な検討が必要だと強調した(92年5月28日、日経朝刊)。ここ5年以上の間の慎重な検討の成果はあらわれなかった。

[炭素税の問題点] 炭素税は化石燃料を課税物件とし、その炭素組成に応じて従量税率を定め、国産の場合は採取者を、輸入の場合は保税地域から引き取るものを納税義務者とする個別間接税のかたちをとることになるものと考えられる。

 このような間接税の問題点としては次の点があげられる。化石燃料はエネルギー源であり、物流のもとであり、現代社会の基本的素材であるから、この社会に流通する工業製品のなかから化石燃料と無縁のものを見つけることはおよそ不可能と言える。それほど化石燃料は姿かたちを変え製品のなかに入り込み製品価格の一部になっている。このため、個々の製品価格のうちいくらが炭素税相当分であるのか算定することが至難となる。したがって、ある製品を輸出する場合、その製品に含まれる炭素税相当分をその製品価格から分離しいわば裸にして輸出するための国境税調整(輸出品に関する炭素税の還付及び輸入品に含まれるべき炭素税相当額を見出し水際で課税すること)を適切に行うことが困難である。したがって、炭素税を他国に先行して導入した国の産業は、製品価格に含まれる炭素税相当分だけ競争上不利となるという懸念を払拭できない。ECの共通炭素税構想が「日米同時実施」を条件とし、EC産業界が「ECだけが導入したら日本や米国に対する競争力が失われる」と強く反発するのはこのためである。

 また、炭素税もCO2排出抑制効果についての「洩れ」(leakage)の問題を免れない。一般に、ある国の環境政策の変化が、国際貿易を媒介として、他国の環境破壊の増大を誘発する場合に「洩れ」があるという。炭素税について考えると、炭素税導入国では課税対象品の価格が上がるため、非導入国からの輸入が増え、その分、非導入国での生産が増える。導入国でのCO2排出抑制効果を非導入国での排出増大効果が相殺することになると主張される。この「洩れ」の度合についての経済学者のコンセンサスは今のところ存在しないが、炭素税導入国が増えればそれだけ減少することは確実であると考えられている。

 このように、炭素税にとって、他国との協調は、国際競争力に関する租税の中立性の要請からばかりでなく、そのCO2排出抑制効果の「洩れ」の面からも、極めて重要なファクターである。ところが、他国との協調、これが天空の満月のように手に届きそうで届かない。地球温暖化防止条約をめぐる各国の動きをみるだけでもこのことはよく分かるだろう(末尾に掲げた、全国青色申告会総連合調査役・評論家:江澤 誠氏の記事も参考とされたい)。

[環境税=炭素税ではない] 炭素税をめぐる状況には全体として日暮れてなお道遠しの感を否めない。炭素税への期待が大きいだけに、大型環境税実現への遅々たる歩みには悲観もよぎる。当面、私たちは炭素税の導入を求めつつも、各国が単独でも速やかに実施可能な強力な環境税を模索する必要があると思う。炭素税が環境税のすべてではない筈である。


[参考記事]

江澤氏は以下の記事の中で、地球温暖化防止京都会議をめぐる各国(とりわけ米国)の交渉姿勢やその背景を詳しく説明されている。特に「排出枠取引」についての指摘は鋭い。
環境記(2)(2000/12/11)
環境記(1)(2000/10/24)
地球温暖化防止とマーケット(その5)(2000/9/5)
地球温暖化防止とマーケット(その4)(2000/5/25)
地球温暖化防止とマーケット(その3)(2000/3/29)
地球温暖化防止とマーケット(その2)(2000/2/24)
地球温暖化防止とマーケット(その1)(2000/1/19)
20世紀は二酸化炭素排出の世紀であった(その6)(99/11/18)
20世紀は二酸化炭素排出の世紀であった(その5)(99/9/20)
20世紀は二酸化炭素排出の世紀であった(その4)(99/8/6)
20世紀は二酸化炭素排出の世紀であった(その3)(99/7/12)
20世紀は二酸化炭素排出の世紀であった(その2)(99/6/1)
20世紀は二酸化炭素排出の世紀であった(99/3/25)

Initially posted:January 18, 1998. Updated:December 31, 2000