人生で一番忘れられない日

わたしのいちばん思い出の日は、結婚記念日でも子供のうまれた日でもない。
1975年5月25日。
この日がわたしの人生において、一番強烈な思い出のある日だ。
高校2年生だったわたしは、この日人生最大の失敗をおかしたのだった。


高校1年生の時、となりの席にすぎのくんという、ごくあっさりした性格の男の子がいた。
字はヘタくそなのに、仮面ライダーの絵を描かせるとうまかった。

すぎのくんがある日「おまえエレキギター好きか?」とわたしに聞いた。
当時わたしは「ガロ」という3人組のファンだった。
メンバーの1人がエレキギターマニアで、リッケンバッカだレスポールだと
ギターを集めまくっていたおかげで、わたしもちょっとだけエレキギターの知識があったので、
反射的に「うん、エレキギター大好き!」と言ってしまった。(かなり軽率)

彼はロックに興味を持ち始めたらしく、メンバーを集めてバンドがやりたいと言った。
ほどなく同志が集まり、みんなで放課後のレコード鑑賞や楽器屋めぐりを始めた。
ちなみにメンバー5人のうち女はわたし1人。今にして思えば、すぎのくんは
背が高くて男みたいなわたしだからこそ、気軽に仲間にしたんだと思う。
しかし、2年生に進級してクラスが別れたころから、わたしは暴走してしまった。
恋にめざめてしまったのだ。

すぎのくんと以前のように気軽にしゃべるチャンスがなくなったことと、
2年生になったとたん背が伸び、大人っぽい顔つきになって
見違えるようにカッコよくなったすぎのくんに、女子たちが目をつけはじめたことで、
わたしはいてもたってもいらぬ気持ちになり、みるみる恋しさがつのってしまった。
そして勇気を出して、彼にデートのお願いをしてしまったのだ。

たのみこんで、なんとかいっしょに映画を観に行ってくれることになった。
決戦の日は5月25日と決まった。しかしここで困ったことになった。
貧乏な高校生のわたしは、デートで着ていけるようなマトモな私服を持っていなかったのだ。
親が買ってくれるわけもないので、おこづかいで生地を買い、自分で縫うことにした。

縫ったのは、よせばいいのに、滅茶滅茶かわいいギンガムチェックのワンピース。
前ボタン開きのデザインで、袖口のカフスにもボタンがついているのでボタンだらけ。
家庭科ではまだボタンホールは習っていなかったけれど、なんとかがんばることにした。
(昔はボタンの穴かがりができる家庭用ミシンなどまったく普及してなかった)

ワンピースは前日24日に縫い上がった。あとはボタンの穴をかがるだけ!
しかしこれが思いのほか手こずった。縫っても縫ってもまだまだまだまだある。
明日はデートだからお肌のためには早く寝ないと!と、あせればあせるほど進まない。
やっと完成した時には、もう朝になっていた。

予定していたバスに乗り遅れ、10時の待ち合わせに5分遅刻した。(すでに暗雲‥‥)
初めて見るすぎのくんの私服姿に、わたしはすっかり舞い上がってしまった。緊張の嵐。
どえらい可愛いワンピース姿で現われた無気味なわたしを見て、
すぎのくんは一瞬ぎょっとして、
「おまえ、オモロイ格好するね!」
と笑っていた。(今にして思えばかなり不気味な女装だったと思う)

映画は「ザッツ・エンタテインメント」という、わけのわからんドキュメンタリーだった。
始まって5分後にはもう、こんな映画にしてしまったことを後悔した。
しかし、そのあとさらに、わたしはもっと大きな後悔をすることになった。
ワンピース制作で徹夜したわたしは、すぎのくんとの初デートという一世一代の大舞台で
あろうことか居眠りをしてしまったのだ!!

いったい何分寝たのだろう‥‥すぎのくんに起こされた。「出ようか」と言われた。
わたしはその瞬間はっきりと、これですべてが終わったことを悟った。

すぎのくんは、たいして怒ったようすもなかった。
2人でしばらく街を歩いてから喫茶店に入り、少し話をした。
穴があったら入りたい。時間を巻き戻したい‥‥後悔でいっぱいのわたしは
すぎのくんに申しわけないことをしたと思い、せいいっぱいあやまった。
自分でさそっておきながら、遅刻したり居眠りしたりした理由を話した。

すぎのくんは、わたしの「オモロイ格好」が、自作だということを知って驚いていた。
製作が間に合わずに徹夜した結果の大失敗だったことを知ったすぎのくんは、
ものすごくやさしい目をして、しみじみとわたしを見た。そして
「ふーん。そうか〜。おまえ、その服けっこう似合うよ‥‥」とつぶやいた。

わたしはなんだか涙が出そうになってうつむいていた。
すぎのくんは、最後にわたしにこう言った。

「いつかきっと、おまえにも彼氏ができるよ。
 だからそん時には、その服きていけよな」

‥‥玉砕。 (T-T)


こうして、すぎのくんのすばらしくやさしい台詞で、わたしの恋は終わった。
あれから毎年、5月25日が来るたびに、この日のことを思い出してしまう。

ちなみに、
すぎのくんとはバンド仲間として、その後も卒業するまでずっとつきあった。
初デートの日のすぎのくんのやさしさに、あらためて片思いは燃え上がり、
すぎのくんが風邪で休んだと聞けばお見舞いに家までおしかけてみたり、
バレンタインデーだ誕生日だとイベントのたびにプレゼントを続けた。(バカ)
すぎのくんは、決してわたしに恋することはなく、さりとて冷たくもなく、
仲間としてざっくばらんにつきあってくれた。

すぎのくんに彼女ができたのはずっと後、3年生のクリスマスの頃だ。
聡明で清楚で控え目な、美しい人だった。

2002年5月25日


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