Hyacinthus L.(ヒヤシンス)・・・ユリ科
地中海地域、とくにその東部に多く分布し、熱帯アフリカ、南アフリカに数種類自生する。総数約30種。
属名の由来は、アポローンの投げた円盤にあたって死んだヒュアキントス(Hyakintos)の血から生じたといわれる花に対して用いられたギリシア名からとされる。
神話の中のヒュアキントスは、ラケダイモーンのアミュークライ(Amyklai)市の美少年で、アポローンに愛された。彼がアポローンと共に円盤を投げていた時、アポローンの投げた円盤が当たって、少年は死んだ。ほとばしり出た血から花が咲き出たが、その花弁にはAI、AI(ギリシャ語で ああ という意味)あるいはヒュアキントスの頭文字Yがついていた。この花は今日のヒアシンスではなくてアイリスの1種であったろうと想像されている。しかし、トマス・ブルフィンチでは次のように述べられている。
「ここに述べられている花が今日のヒアシンスと同種のものではないことは明らかである。これはたぶんアヤメ科の1種か、さもなくばヒエンソウあるいはパンジーの1種であろう。」また、ロバート・グレーヴスでは次のように述べている。
「ホメーロスのヒアシンスというのは、青いヒエンソウhyakinthos grapta(grapta hyakinthos、「文字の書かれたヒアシンス」の意)のことで、花弁の付け根のところに初期のギリシャ文字のAIに似たしるしがあり、クレータ島のヒュアキントスにゆかりの花である。」
スミスでは次のように述べられている。
「これは現在のヒアシンスではなく、おそらくグラジオラスであって、下部の花弁に彼の死を悲しんだ悲嘆の言葉である‘AI AI’(ああ、ああ)という文字をあらわすという斑紋のあるGladiolus italicusであろうといわれている。」
なお、チッテンデンで簡単に述べられている文は次のとおりである。
‘Ancient Greek name used by Homer and others,the flower being said to spring form the blood of the dead Hyakinthos.’
属名の由来について、チッテンデンでは前記のように述べているが、他の書でも大体同様な表現をしている。Hyacinthusという属名はヒュアキントス(Hyakinthos)からの植物名からであることは間違いないものであると思うが、その血潮から咲き出した花は、前記のように現在のHyacinthusとは異なる植物である。
スミスは、ヒュアキントスhyakinthosという言葉は、初期の非ギリシャ語earlier non-Greek language(トラキア-ペラスギ語 Tracopelasgian(トラキア・・・ギリシャ、マケドニア北東部の古名、ペラスギ・・・有史以前にギリシャ、小アジアなどに居住した種族)から由来するもので、それは明らかに「水の青色」と関係があると述べている。
また、コーツは次のように述べている。
「花弁はギリシャ文字のai、ai(ああ、ああ)と記されているというが、これは現在のHyacinthusの仲間のどれにも見ることはできない。そしてただ1つ間違いないことは、古代人の考えた花は今日のヒアシンスではないということである。ヒエンソウかグラジオラスではないかといわれているが、もっともそうらしいのはMartagon Lily(チッテンデンによると、Lilium Martagon、Martagon or Turk’s Cap Lily.ヨーロッパ及びアジアに分布。花は暗紫赤色で、暗紫色の多数の斑点がある)であると思われる。」
要するにHyacinthusの名の由来は、神話に基づく花の古代ギリシャ名からであるが、現在のHyacinthusは神話の中のヒュアキントスの血潮から咲き出した花ではない。神話に結びつく植物がどれであるかは、前記のように定説がない。しかしコーツのMartagon Lily説があるにしても、言語学的にみてhyakinthosは水の青色と関係があるというスミスにおける記述と、ホーメロスのヒアシンスは青いヒエンソウのことであるというR.グレーヴスの説は、両者において共通性が感じられ、留意すべきだろうと思われる。