北区 第二回公園づくり講演会 「自然観察公園づくりと住民のかかわり」を聞いて 八木正徳 


平成10年11月 8日、赤羽自然観察公園予定地の斜面地にドングリ苗の植樹を行ったその日の夜 、北トピアのつつじホールで北区第二回公園づくり講演会が行われました。講演は東京農工大学の星野義延先生により、「自然観察公園づくりと住民のかかわり」というテーマでした。講演者の星野先生は植物生態学、植生管理学が御専門で、河川や雑木林の植生(植物の集団)から数少なくなった原生的な自然林の植生に至るまで日本各地の自然を調査研究してこられ、赤羽自然観察公園に関しては計画当初より専門的立場から御意見をいただいている方です。午後 7時を過ぎたところで、北区河川公園課の亀井さんの司会進行の挨拶、建設部の森田部長の挨拶があり、講演会は始まりました。 講演では、まず「自然」の捉え方についてお話しがありました。赤羽自然観察公園では、「自然なものをつくり、自然を財産にした公園づくり」を考えてきたが、ここで目標とする「自然」とはどんなものか。北区で私たちの周りで目にすることのできる身近な自然のほとんどは、人間と係わりをもった、いわば「半自然」的な存在であり、今後も人間と自然とのおつきあいが重要であろうとの指摘がありました。
 この後、星野先生が見て来られた国内や海外の様々な「自然」をテーマにした公園や身近な自然の例をスライド写真を映像しながら解説がありました。日本の「自然」をテーマにした公園の中には、「その地域の自然」を理解しないで、庭仕事の感覚で野草を植えただけで自然公園と称しているものも多く見られる。しかもそれは私たちの身近でよく見かける事例で、「自然だ」、「生き物にやさしい」と思い込んでいるケースが多いというお話しが耳に痛く残りました。では自然に放っておけばよいのかというとそうではなく、ケース・バイ・ケースで「自然をそのままにするか、管理・利用するか」をひとつひとつ考え、「・自然とつきあう→・思い通りにいかず、失敗する→・また、つきあい方を改善して自然とつきあう→・ 」といった自然とのおつきあいを繰り返しながら、その地域にあう「自然とのつきあい方」を探していくことが必要だというお話しが印象に残りました。
 では北区にはどんな「自然」があるのか。北区の自然は何もないという意見に対して、「何もない=当り前にある」ということであり、今北区で当り前に生きている生物の集団や土、水などがその地域の自然を構成し、それらのつながりを理解し、守ることが北区の自然を守ることにつながるというお話しがありました。地域の自然には従来から北区に存在した「土着の生物」に加え、全国的に侵入している外来生物が増えてこの地域の従来からの自然の姿が理解しにくくなっている。是非、赤羽自然観察公園が地域の自然を考え、後世に残せる場所でありたいと私は思いました。しかし、星野先生はトンボやホタルのように特定の生き物をエコヒイキしたり、タカノゾミしたりすることは禁物であるとも指摘されました。北区の地域の自然を構成して長い間生き延びてきた動植物たちが生き残る場所を失いつつある今だから、彼等の居場所を提供できる自然観察公園が重要な存在となり、赤羽自然観察公園が「生き物の賑わう公園」になって欲しいと改めて実感しました。
 難しいテーマを丁寧に解説していただいた講演会でしたが、最後に自然と住民との係わりについて「自然に感動できる大人がいることが大事で、そのことが傍にいる子供に伝わっていくと思います」という星野先生の言葉を聞いて大変勇気づけられ、大人も子供も楽しみ、感動できる機会や場としての赤羽自然観察公園に期待がおおいに膨らみました。

ひこばえ・・・石渡春樹(どんぐりクラブ世話人)


  自然を再生するという公園作りの動機には、何よりも二一世紀を担う子供達の為に、少しでも地域の文化や自然を残したいという思いがあります。そうして次に、長年この地に住み、ご苦労なさってきた老人の方々に終の棲家として、よ りよい安らぎのある場になればという思いもあります▼私ごとで申し訳ないのですが、同居している父が背骨の一節を潰してしまい、歩行困難になってから5年になります。今では歩こうとすると、足裏が緊張で引きつってしまい、一人では立ちあがることもできません。昨年はパーキンソンではないかと、板橋の病院で3ヶ月程検査入院をしました。老人だけの介護部屋では、かつての社会的地位にこだわるような雰囲気があり、父はその事を嫌い出たがりました。母がまだ何とか父の世話ができるので、愚息は時々風呂の世話ぐらいを手伝いますが、親の秘所を洗う時は、無量の感があります▼アルプスの登山や遠くへ旅するのが、唯一の趣味のような父でしたので、外出がままならなくなった今は、近くに少しでも自然が再生してくるのを心待ちにしています。その父を見ながら自分の退職や老後を考えた時に、たとえ遠出ができなくなってしまったとしても、自 宅の近くに日々豊かな自然の営みがあり、しかも、心の安らぐ場があったらどんなに良いかと考えるようになりました▼この公園の自然は、作ることより維持していくことが大切な意味を持つ公園です。長期間に渡る管理を住民の手でやっていくのです。地域の住民の協力、つまり、市民社会作りがキーポイントになります。人の心が通じ合ってこそ心の安らぐ場所があり、その結果として手入れの良く行き届いた、心地の良い自然が再生してくるはずです。それが里山復元の基本だと思っています。


元のページにもどる