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| >>カゾクの裏事情 | |
| サガ×兄と、ALCYONにおける聖域内の人間関係についてちょっと話をさせて戴きます。ホントはこの手の話がいちばんしたかったのかもしれないのですが、このサイト設立当初の姫神がココ(このページ設立当初からあったのです。)一体ナニをしたかったのかは、今となってはいまいち謎なので、様子をみてそのうち削除なりしようと思います。当面はニギヤカシということで。(たまに楽しんでくださる方もいるようなので。) | |
| >>contents | |
| ■サガとアイオロス ■アイオロス争奪戦 ■白と黒 ■カゾクの肖像(擬似カゾク) ■シュラとアフロディーテ ■カミュ(この奇怪な人物) |
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| ■サガとアイオロス■ |
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今更なんですが、もともとALCYONの出発点では、兄、受じゃなかったんです。実は。だから、最初っから「兄は受よっ!」とか言いつつ本を作っていたわけではなくて、長い間イロイロと話を描いているうちに、「兄って、受なんじゃないかなぁ?」ということになっていったらしいのです。というか、そもそもそんなにカップリングを強く意識してはいなかったみたいです(ウソ)。「兄とサガって、相思相愛のハズ」という1点だけが重要で、あとはどうでもいいかな、というくらい。 兄が最終的に現在の位置に落ちついたのは、どうやら(いまにして思うと)攻のつもりで描いていたにも関わらず、あまりにも性格的にうすぼんやりしているために、いつのまにかポジションを(主に)黒サガに奪われた、というのが実情のようです。描いていた当時は姫神本人にもあまり自覚がなかったのですが、最近自分の本を読みなおしてなんとなくそう理解しました。ですからワタクシ、読む分には兄が攻めでもサガが受けでも(オナジだって)一向に構わないわけです。 さて。サガが相手と決まったとはいえ、問題はまだ残っています。サガ、二人居ますから。 ここを深く追求するとなんだかサンカク関係まがいのヤヤコシイ事態になりかねないので、いつもあまり考えずに話をしているのですが、サガは白も黒も兄のことが好きで、兄もサガのコトは両方とも好きで、その上全員がそれはそれで良いと思っているあたり、ヘンな相思相愛と言うか、なんか自分でもフォローの仕様がないんですが。…まあいいや(いいのか)。 ところで、「どっちが受」って、それってそんなに重要なことなんでしょうか。たまに、自分の主張とは逆のカップリングに遭遇してこの世の終わりのように嘆き悲しむ方(ジャンル問わず)に出会うことがあるのですが、割と不思議でなりません。 といいつつ、こんなことが問題になってしまうのは、書き手がキャラクターの性格をどうとらえているかが1番反映されてしまう部分だからだとは思うのですが…あ、あとみてくれの問題とかもあるのでしょうか。 なんか、以前はよく「1番好きなキャラを受だと思っちゃうのよね」とか世間では言われていたようですが、そんな単純な問題ではないような気がします。確かにそういう人、多いそうですけれども。自分の愛されたい願望を1番好きなキャラに投影するんだそうで。以前ちょっと流行ったことのある理屈です。 ただ、ひとつはっきり言えるのは、自分とチガウ認識(どっちが受か、とか。)が存在していたからと言って、差別をしてはいけません。「気持ち悪い」とか、思うのは勿論自由ですが、その人の前でそういうコト言っちゃいけませんよ。 |
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| ■アイオロス争奪戦■ |
| なんか結構イロイロ紆余曲折があったみたいです。いえ、カップリングの話なんですけど。 いくら兄が受とか思ってても、「総当り」というのは姫神的にダメなので、誰とそういうことになるのかなぁ、というコトについて本を出す段階に至るまでに紆余曲折があったのです。 これは、自分で話をいろいろシミュレーションしてみたりもしたのですが、原作で黄金聖闘士の誕生日と年齢が明らかになったことが、最終的には一番の決め手になったような気がします。あのとき星矢同人界にはかなりの衝撃が走ったと記憶しているのですが、ほとんどの作家さんが「あの設定は見なかったことに」という結論に至ったのに(賢明ですな)、融通の利かない姫神は、「原作がそう言うなら仕方あるまい」と無理やり納得して話を先に進めるに至ったのです。 ともあれ、原作設定に従うと、兄と恋仲になれそうな人間の選択の幅は殆どなくて、サガしか残っていなかったという次第。(いや別に消去法で相手を選んだわけでは。) 年齢の制約さえなければ、それじゃあ誰とカップリングしてたんだ、とかいうツッコミは不可です。自分で読み返して青ざめて、自主的になかったことにしました。コワすぎ。 でも、みんなそれぞれ、それぞれの好きになるなり方で兄のことが好きでした。兄を嫌ってる聖闘士はいない…これは願望の現れなのかも。 中でも兄×アフロディーテは、もしかしたら描くつもりが最後まであったのかもしれないです。まあ、そのあたりの話はウラニワでまた。 |
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| ■白と黒■ |
| 白サガと黒サガ…アニメでは髪の色が違っていたので区別の仕方も違っていたと思うのですが(「善」と「悪」という分けかたもあったけど、なんだかあんまり聞かなくなった)、姫神は黒サガの方をかなり贔屓にしております。 白サガ=善、黒サガ=悪、という捉えかたはしていません。彼ら自身の言う「善」とか「悪」が、どういうことなのかイマイチよく解っていません。サガの主張する「悪」と、自分の知っている「悪」という概念が一致しない、と言った方が良いかもしれませんが。 うちの黒サガは、うちオリジナルの設定が元で誕生しているので(要するに妄想の産物なワケです)、「抑圧されたサガの負の人格」を具現しているだけではなくて、「失われた父の代理」に近い、ということになってます。なんか、原作では最後に「ぎゃあぁぁぁ!」とか言いながらサガの身体から出ていってしまったので、あれでは二重人格どころか、「ただ悪霊がとりついていただけ」なんではないかと思わざるを得ませんが、さすがにアレ(悪霊説)はちょっといただけないというかいただきたくない次第でして、多重人格説をとらせてはいただいてますが…。 |
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| ■カゾクの肖像(擬似カゾク)■ |
| うちでは、黄金聖闘士の「家族」というのが、結構話に出てきます。両親が健在な黄金聖闘士が多いです。ちょっと意識的にそう設定したのには事情があるのですが、今となってはどうでもいいことです。別に不幸な過去がなくたって人間は強くなれるし、立派にもなれるはず、っていう考えもアリってことで。 話は変わるのですが、結構悪ふざけで始まった「家族の肖像」というシリーズがあって、以来、よく考えさせられてしまうのが、「家族ってなんだろう?」という問題です。☆矢がらみというよりは、現実の世界の方で家族問題と係る機会が多くあって、いつも頭を悩ませていたので、その悩みとか疑問とかが逆に☆矢の世界に反映されていってしまったようです。 家族というのは、「かくあるもの」として最初から存在するわけではなくて、「かくありたいもの」へ向かって、その構成員全員でつくりあげて行かなければならないものだという気がします。血の繋がりとか、戸籍上の役割に甘えていてはダメみたいです。 逆に、血のつながりなんか無くても、戸籍入ってなくても、理想的な家庭的な関係、「カゾク」的関係はつくることができる。そういう家族を「擬似カゾク」と呼んでいるのですが、本当の(戸籍上の?)家族と、擬似カゾクには優劣はつけられないのではないかとも思います。 既にできている「家族」という関係に甘えて努力を怠ると、家庭というのはあっというまに崩壊します。本当の「家族」って、実は生み出すのも維持するのもとても難しい関係なんじゃないでしょうか。 |
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| ■シュラとアフロディーテ■ |
| 落ちついた大人のカップルというイメージです。 ところで、姫神がアニメをどうしても好きになりきれなかった最大の原因は、今にして思うとアフロディーテだったんではないかと思います。アニメ→映画とエスカレートして行く彼のヘンなシュミ(謎のナルシスト)に涙が止まらなかったファンは多かったハズ。なんだって、あんなことになったんでしょうね…。アフロディーテ…原作ではリリシイ人だったのに。美人だってのは、そんなにいけないことなんでしょうか。 だから、アニメ観て☆矢ファンになった原作を知らない人には、ゼヒとも原作を読んで戴きたいとは常々思います。アフロディーテのためだけにそう思っていると言っても良いくらいです。とはいえ、原作でも冥界編になったらアフロディーテがやっぱり豹変していてびっくりしたんですけれども。 |
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| ■カミュ(この奇怪な人物)■ |
| 今、遊佐未森の「靴跡の花」聞いてます。基本的にカミュのイメージはこんな感じ。 ☆矢の同人に係るようになった当初からカミュファンは身近に沢山いて、「ああ、人気があるんだなぁ」と思ってはいました。勿論、姫神もカミュのことは嫌いではありません。 でも、正直言ってこの人は「ヨクワカラナイ」。 原作を読めば読むほどその真意が掴めないのに加えて(十二宮編の行動自体が謎だったし、冥界編との行動の一貫性がないし)、原作とアニメの結局つじつまが合わなかった相違が追い討ちをかけました。 それにしてもあの人は、冥界編で豹変する以前は、「何の為に戦っているのか」、その真意を大変理解しにくい人でした。逆にいえば想像の余地が随分あったんですね。 ただ、その辺のことはいいとして、カミュのこと「受」だとは思えなずにいます。まぁ、理屈じゃないですから。感性の問題なのでアレコレ議論する話でもないのですが、ミロとカミュの×××話するなら、ミロが受の方が良いです。 |
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