その2 プレゼント暴力







■登校■


「そうか…今日がその日であったか……」
昇降口の下駄箱の蓋を開いて、ため息混じりに望がつぶやく。

早朝の校舎はまだ寒く、ため息はふっと白く膨れて、ゆっくりと冷たい空気に溶けた。
望の下駄箱には、上履きの形がすっかり崩れるほどギュウギュウに詰め込まれた、カラフルなラッピングの小箱や鮮やかな色彩の紙袋やリボンがひしめいていた。うっかり手をつけるとばらばらとこぼれ落ちそうだ。
「……靴と一緒に食べものが入っているのって、なんだか気持ち的に釈然としないものがあるけどね…」
詰め込まれたプレゼントを、雪崩を打たないようにそろそろと、ひとつずつ細心の注意で下駄箱から取り出す望の隣で、普賢がのんびりとそんなことを言う。
「今日は、望ちゃん…一日大変だね」
にっこりと笑うその顔には全く屈託がない。


毎年のバレンタインデーの狂騒ぶりにも、高校生にもなればさすがに慣れる。

小学校の高学年の頃からだろうか、いつしか巻き込まれてしまったこの恒例の告白祭典に、最初は驚きもし、傷つきもした二人だったが、今はもう八方丸く治めながら軽くいなす術も覚えた。
どこへ行っても他人を惹きつけて止まない望の人望は高校へ進学しても全く衰えるどころか益々高まり、おかげで今日のこんな事態を招いているわけだが、まだ学校へ到着したばかりの段階でこうなのだから、この一日がどうなるかは想像に難くない。前哨戦とはいえ半端でない贈物の量に、ややげんなりしながら、望はまたため息をついた。
「……おぬしの方はどうなのだ?」
「3個入ってたよ。」
上履き発掘作業を続けながら、望は普賢の言葉に解ってはいても微かな不愉快を禁じられない。
望と普賢が恋仲であることは勿論絶対に秘密だったし、少し近寄りがたい雰囲気がある普賢ではあっても、バレンタインチョコレートの2つや3つや5つや6つ、贈られて当然と言うよりはむしろ、どうしてもっと普賢に惚れこむ人間がいないのか不思議なくらいなのだが、そうは思うものの望はやはり少し寂しい。
「……解ってはいても、やっぱり少しムカつくのう…?」
無邪気に微笑んでいる普賢だって、同じ寂しさを味わっている。
それは解っているけれど、確かめずにはいられなくて、小さな声でそう尋ねる。
「……そうだね。やっぱりちょっとクヤシイけど、でもなんだか、望ちゃんには純粋に同情するよ」
さっさと上履きを履きながら、普賢も小声で答える。
周囲には誰もいなかったが、微妙な会話を他人に聞かれる訳にはいかないのだから仕方ない。

「望ちゃん、来月のお返しでお小遣い無くなっちゃうんじゃないの?……この数だと」
「それどころか貯金をおろしても足らぬかもしれぬ…」
普賢の実に的確な指摘に、望はすっかり意気消沈する。

律儀な彼らにとって、ホワイトデーこそまさに悪夢の日だった。
その好意を受け入れられないならなお更、お返しは丁寧にした方がいい。贈られたものをそのまま突っ返すのでは余りに失礼だろうし禍根を残さないとも限らない。そうした彼らの経験則と信条が、仇になっているのだ。
「あ……チョコ、これに入れるといいよ、望ちゃん」
普賢が目の前でデパートの紙袋をかぱっと開く。
「なんでそんなモノ持ってきておるのだ?」
ひょっとして自分の分を入れるつもりだったのか?と尋ねる望に
「望ちゃんに要るんじゃないかと思ったんだよ」
「気が利くのう…」
普賢がまたにっこりと笑う。
実のところは望もこの日のことは当然予測はしていて、カバンの中には普賢が出したものと全く同じ紙袋が畳んであったのだが、なんだかそんな用意周到なところが普賢に悪い気がして取り出せなかった。
そういう望の心遣いまでを見越して普賢はこんなことをしてくれるのだろう。
望は改めて、しみじみと普賢のことが好きなんだと思ってしまったりする。
いまキスしたい。
抱きしめたい。
それができないことをよく解っていて、望は切なさで少し胸が痛い。

始業30分前の昇降口にはまだ人気もまばらだったけれど、全く人目がなくなる訳ではない。
がさがさと派手な色の小箱や袋を紙袋に詰め込みながら、望はちいさくため息をついた。

そうして、一日が始まる。







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