その1 妖精事件







■普賢。■


背の高い太乙が小さな普賢の手を引いて歩くのは難しく、いつしかふたりが歩く時には、普賢が太乙のコートの裾や結ばずに下がったベルトの端を掴むのが習慣になっていた。


ちょこちょこと太乙の少し後ろを懸命についてくる普賢の頭を見おろしながら、太乙はゆっくりと歩く。

隣の玉虚寺まではほんの数歩。
大谷石の高い石垣に沿って歩くと、急に開けた門構えの奥に、重厚なつくりの古い本堂が建っている。
その本堂に向かう飛び石と玉砂利の前庭は掃除が行き届いていて、それでも絶え間なく降る紅葉と白い玉砂利が鮮やかなコントラストを成して輝いている。
埃っぽい日ざしが眩しいのか、普賢は目をしばたたかせながら、庭の中程でふいに立ち止まった太乙を見あげた。

「呂望…君?」
本堂の脇に、箒を抱きしめるように両手で握ったまま、じっと動かない子供が立ちつくしている。
何かにひどく驚いているらしく、顔を真っ赤にして、微動だにしない。
太乙が声をかけても、勿論気づく気配もない。
その呂望の大きく見開かれたどんぐり眼が喰いいるように見つめる視線の先には―――、
「……普賢?」


普賢の方は、無心に太乙を見あげている。
太乙と目が合って、眩しそうに手のひらを額にかざす仕草が愛らしい。
太乙は確かめるようにもう一度望の視線を追い、それが普賢を捕らえていることを確認して、少し首をかしげて普賢に尋ねた。
「……普賢、呂望君のこと、知ってる?」
「…りょ…ぼう?」
「うん。…あそこに立ってる男の子」
太乙の言う方向を見て、しばらく考えている風情だった普賢は、もういちど太乙を見あげると、ふるふると首を横に振った。
「……しらない」
「…ここのお寺の子なんだよ。ご挨拶しようね。」
普賢は黙ってこっくりと頷く。
腑に落ちないものはあったが、普賢相手に深く追求する術もなくて、太乙はそう言うとまた歩き出した。直立不動で心なしか震えているようにさえ見える、小さな望に向かって。





よく眠れない昼寝のあと、望は裏庭の掃除にかこつけて墓地に行こうと思っていた。

ただぼんやりと妖精を待っていてもダメな気がして、何かをしていれば油断して現れたり、近寄ったりしてくれるのではないかと幼い頭脳で必死に考えて、箒を持って墓地に行くことを決意した望は、本堂の脇に立てかけた子供用の竹箒をぐっと掴んで、そのまま裏庭に走っていこうとしていた、丁度その時。

しゃり、と玉砂利を踏む音が門から聞こえて、振り返ったまま動けなくなった。

目の前に、あの日の妖精がいる――――――――――。

みずいろの、ふわふわのコートを着て、埃の立つ砂利路の真ん中で、やわらかな冬の日光に取りまかれて眩しそうに、空を見上げている―――――――――。

頭が急に熱くなって、心臓がドキドキして、足はもう竦んでいて身動きができなかった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……!!!
持っていた箒をぎゅっと握りしめて、望はもう、何がなんだか解らなくなっていた。


「こんにちは。呂望くん」
直立不動の望に、太乙が声をかける。
望の目の前には、小さな普賢。
「………」
挑むような目でまっすぐ自分を見つめたまま何も言わない望に、普賢は「コンニチハ」と少し舌足らずに挨拶すると、両手を前で揃えて、ぺこりと頭を下げた。
望は今にも泣きだしそうな、怒っているような表情で固まっていて、太乙はそれ以上声をかけるのに少し躊躇っていた。
普賢は、行儀のいいおじぎから顔をあげたとたん目に入ったその望の複雑な表情を不思議そうに覗き込んでいる。


冷たい風が、ふわりと子供たちの間をすり抜けていった。
「…くしっ」
普賢が小さなくしゃみをして、困ったように太乙を見あげた。







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