その1 妖精事件







■ヒガンバナ■


水分をすっかり失って、白い和紙の上に並べられた曼珠沙華の押花を、普賢は瞳を輝かせてまんじりともせずに見つめていた。
5本ほどのそれは思いがけず鮮やかな真紅を美しく留めていて、セロハンを重ねるよりずっと優しげで透明な花びらの色合いを普賢は殊更気に入ったようだった。

飽きもせず押花を眺めている普賢に、太乙がどうするのかと尋ねると、普賢は「しまう」と即答した。飾るでも、何の遊びに使うでもなく、普賢はその押花をちいさな手で1本ずつ大切に和紙にくるむと、さっきまでチョコレートの詰め合わせが入っていた木箱に丁寧にしまいこんだ。
行き場を失ったチョコレートは、台所のテーブルの上に一列に並んでいる。(勿論、その行列も普賢の手になるものだ。)


結局、2週間経っても普賢の身元は不明のままだった。
それらしい捜索願も出されておらず、警察や興信所からも、未だこれといった報せはこない。
そうするあいだに普賢は少しずつ太乙と交わす言葉も増え、家の中には次第に普賢の持ち物や身の回りのものも増えていった。
古い家屋のくすんだ陰影に、色鮮やかな子供の存在は不思議と調和してゆき、まるで生まれた時からそこにいるかのように普賢はここに馴染んでいた。

何故か太乙は、このまま普賢がずっとここにいるのだろうと心のどこかで確信していた。
期待や願望ではなく、なんだかそうなることがあたり前のような気がしてならなかったのだ。


押花をしまった木箱を抱きしめたまま、普賢はその置き場所を思案しているらしくぐるぐると部屋の中を見回している。
やがて食器棚の前で紅茶葉を選んでいた太乙の側までくると、太乙をじっと見あげて「そこがいい」と、食器棚の上を指さした。
「ここに置くのかい?」
太乙が訊きかえすと、普賢はこくっと力強く頷いた。

「これでいいかな?」
太乙が背伸びしてやっとての先が届く背の高い食器棚の上に、その木箱はこれから長い間眠ることになる。
普賢は、嬉しそうにもういちど頷くと、きびすを返して居間へ戻っていった。





「そういえば、あのヒガンバナはどこで摘んできたの?」
太乙の問いに、普賢はパステルを握りしめた手を止めた。
「…あっち。」
ちいさな指先が指し示した先はまさしく墓地の方向だったのだが、その正確さには太乙もさすがに思い至ることができず漠然と寺の敷地かその向こうの公園だろうと考える。普賢の指さす方角の先を眺めながら、太乙はぼんやりと先週のあのできごとを思い出していた。
何かを真剣に思いつめていたあの子供―――望は、元気にしているだろうか。
結局、何が言いたかったのか解らず終いだった。
(そういえば隣に挨拶に行っておいた方がいいな…)
そろそろ普賢を近所に紹介しておいた方がいいだろうと、ふと思う。


「普賢、でかけようか。」
牛乳と紅茶の割合が9対1くらいの温かいミルクティを飲みながら、カップに口をつけたまま普賢は頷いた。
「お隣に挨拶に行こう。」
「うん。」
そう答えた当の本人が、「挨拶」の意味も解っていないことは太乙も承知の上で、
「じゃあ、コート着ていこう。外は寒いからね。」
太乙はにっこりと笑うと、コートハンガーに掛けてあった普賢のコートを取る。
鮮やかなみずいろの、軽い素材のそのコートは普賢が初めて出会ったときに着ていたもので、手作りなのかどこにもタグや品質表示はついていなかった。

普賢にコートを着せ終え、自分の上着を羽織りながら普賢の小さな後ろ姿を見ていた太乙は、ふっと突然、望の言葉を思いだした。

――――――みずいろの、フワフワしたヨウセイ……。







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