その1 サクラサク







■太乙■


「ふげん、タイツじゃなくて、タ・イ・イ・ツ」
「…たいつ」
望と普賢が、本堂に続く縁側に並んで座って自分の名前を言い合っている。
まだ少し舌足らずなせいか、それとも本気でタイツだと思っているのか、何度望に注意されても普賢の発音は訂正されることはなかった。
「た・い・い・つ」
望の、兄ぶった教え方がおかしくてこみ上げてきた笑いが、湿布をしたばかりの腰に響いた。
「…つっっ」
太乙は先ほどから、本堂にうつ伏せになって腰の痛みに耐えていた。その姿はひどく情けなかったが、望も普賢も無傷だったし、自分が腰を強打したくらいで済んで良かったと赤精子にも言われたし、自分でもそう思う。
それでもそんなマヌケな姿を見せられては、さすがに笑いが堪えきれないらしく、赤精子は太乙の横で木魚を磨きながら肩を震わせている。


あの後、子供の腕力ではさすがに支えきれなかったのか、望がバランスを崩し、普賢が桜の樹から落ちてきた。
咄嗟のことで力の入れ方をどう間違えたのか、強烈な衝撃が腰を直撃したせいで、普賢も、さらにその後樹からずり落ちてきた望もなんとかその腕に受けとめたのだが、太乙は身動きが取れなくなっていた。


普賢は桜の枝を両手に降ってきた。
「桜の枝……切り口を消毒しておかないとなぁ」
太乙のひとり言にも気づかず、その戦利品を分けあって楽しそうに振りかざす、ちいさな背中が春の午後の光のなか、ふたつ並んでいる。

「たいつー」
「ちがうよ、ふげん。た・い・い・つ、だってば」
根気よく食い下がる望の声は弾んでいて、普賢の声には一生懸命さと、ほんの少しこの遊びに(遊びだと思っているのは普賢だけなのだが)飽きてきた気配が伺える。
「……たいつ」
押し問答は終わりそうもなく、太乙は柔らかな陽ざしに包まれる子供たちの横顔を眺めながら、一刻も早く腰の痛みが引いてくれることを、かなり真剣に祈っていた。







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