その1 サクラサク







■記念撮影■


「あ、ぼうちゃん」
飲みかけていたミルクティーのマグカップを手にしたまま玄関まで望を迎えに出た普賢は、さっきまでの不機嫌が嘘のように嬉しそうに笑った。
「…いっしょにあそぶ?」
望の遠慮がちな誘いにも、こっくりと頷く。
「…あれ、着替えて来なかったの?」
望は、入学式に着ていったスーツをまだ着替えていなかった。
ほんのひととき普賢と離れているのも寂しくて、着替える時間も惜しんで駆けつけて来たのだと思うと、太乙はあきれながらも一途な望の普賢への気持ちを愛しく思う。望は走ってきたせいなのか、照れているのか頬を紅潮させて――――太乙の言葉は耳に入っていない様子で、普賢をじっとみつめていた。
「……それじゃあ、記念写真の撮りなおしをしようか」
普賢と望が、同時に太乙を振り仰いだ。
ふたりの顔がぱっと輝くのがまた可笑しくもあり、いとおしくもあって太乙も微笑を返す。
「じゃ、お寺の庭で撮ろう。」
桜がせっかくキレイに咲いているからね、と太乙が言い添えるのをもちろんふたりとも最後まで聞いていない。嬉しそうな嬌声をあげて、もう玄関を出ようとしていた。

普賢の上機嫌の理由は、さっきひと目で解った。
普賢は、入学式に着ていた望と色違いの揃いのスーツをさっさと脱ぎ捨てて、いまは淡いみずいろのワンピースを着ている。祖父と太乙と、赤精子と伊勢丹に新学期の準備と入学式に着る服を買いに行った日曜日、普賢がどうしても欲しいと言って聞かなかったワンピースだ。
普賢が、本当は入学式にそのワンピースを着たかったことを望は知っている。
校庭の桜にも、春の空の色にもとても良く調和するはずだった淡い色彩とふわりと柔らかな生地は、普賢を誰よりも可愛くしてくれたに違いないのに(もっとも、スーツ姿でも普賢が一番可愛かったと望は思っているのだけれども)、太乙がどうしてもそれを許してくれなかったのだ。


「ぼうちゃん、ぼうちゃん」
最高の笑顔で望と手を繋いで走る普賢のシャッターチャンスを狙いながら、太乙は心の底から子供たちのこれからがずっと幸せであることを願わずにいられない。世の中が好きなことだけでできているわけではないこと、避けて通れない辛いことや嫌なことがあるかもしれないこと、それから、どんなことがあってもきっと乗り越えていけるだろうということを、これからどうやって伝えていこうか――――そんなことを思う。
「たいつー」
普賢はいつのまにか桜の樹の枝にいた。
望に体を支えられて、太乙の頭より少し高い枝の間から眩しい笑顔が覗いていた。







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