その2 満月の魔法







■結末■


翌朝は、鮮やかに晴れわたる空で始まった。


あの後、ほどなくして寝室に戻ったおかげか、気温が低い中眠りこけていた普賢も風邪をひかずに済み、ふたりは元気良く目覚めて朝食の席についた。
一番長い時間眠っていたはずの太乙が、まだ眠そうに欠伸をしながらサイフォンでコーヒーを淹れている。
「ねえ、望ちゃん…」
ハチミツをたっぷり塗ったトーストをほおばりながら、普賢が話しかけてくる。
「…ん?」
「きのう、泣いてなかった?」
手にしたマグカップを取り落としそうになりながら、望は普賢をまじまじと見返した。
「…お茶、こぼさないでね」
「…お、おぬし起きておったのか?」
「…え?」
あれだけ確認したのに、普賢に狸寝入りを押し通されていたのか――――つまりはあの愛の告白もその後の未来予想図もすべて聞かれていたのかと一瞬青ざめた望だったが、普賢の怪訝そうな表情には、どこか心配する風もある。
「…泣いてなどおらぬぞ」
「……だって、涙の跡…」
起きた時、ほっぺたに涙の跡があったよ、と普賢は今度こそはっきりと心配そうにそう言った。
「…あ…う、うむ……」
なんだそんなことか、と安心すると同時に、昨夜のとても辛い出来事が思い出されて、望はまた目に涙が溢れてくるのを止められなかった。
「ど、どうしたの望ちゃん…」
「なっ・・・なんでもない!」
涙でにじむ目を強くこすって、望は熱いミルクティーをぐっと飲んだ。
「…大丈夫?」
ますます心配そうな普賢に、どう説明して良いか解らない。

娘ができることを想像しているうちに、娘が嫁に行くなど耐えられなくて思わず泣いてしまったなどと、ましてやその居もしない娘の嫁入りを思い出して朝から泣いてしまったなどと、言えるはずもない。
「……なんでもない。大丈夫。」
気恥ずかしさで真っ赤になりながら、望はやっとそう言うと、とにかく普賢に心配をかけているのが申し訳なくて、ひきつった笑顔もそこそこに席を立とうとする。普賢は首を傾げて、まだ何か言いたそうにしていたが、その言葉を待ってはいられなかった。





それから3日後。
ことの真相は、思わぬところから明るみにでることとなった。


「……日曜日は…娘の…結婚式なのだ…」
そう言って、教壇に立つ老教師が感極まって泣きだしたのは古文の時間。源氏物語の解釈がどこをどう脱線したのか、呆然とする生徒たちの前で、まさに男泣きといった風情で教師は涙を流した。

「……花嫁の父って、辛いんだね…」
泣きやまない教師に授業は完全に中断され、主に前列の生徒たちを相手に愚痴とも娘自慢ともつかない無駄話が続くなか、普賢が望にぽつりとつぶやいた。
「……うむ」
返事の声が少し震えている気がして、望の方を向くと、望も泣いている。
正確には涙をこらえて必死の形相で俯いている。
もらい泣きにも程があるんじゃないか、と思った瞬間、普賢は気がついた。

仲秋の名月のあの夜の望の涙。
子供の頃から、たまに夢中になって「ふたりに子供ができたら」という話をしていた望。
そしていま、娘の結婚に涙する父親にすっかり共感している望。
「……望ちゃん」
周囲に気づかれないように、机の下からそっと望にハンカチを手渡しながら、普賢は複雑な気持ちで泣くふたりを交互に眺めていた。







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