その1 Little Ms Regent







■記憶(3)■


「アナタはアナタで、「望ちゃん」のコトばっかりなのね。」
人形用の小さな茶碗にお茶を注いで差しだす普賢に、市松人形が少し呆れたように言う。
「…そうだね。」
照れくさそうににっこり微笑んで、普賢はそれを否定しない。
「小さい頃の望ちゃんのコト、もっと教えてほしいな。」
「これだけ聞いてて、よく飽きないわねぇ。」
まあ、いろんな意味で面白い子だけどね、と市松人形は小さなため息をつく。


「……それよりわたし、気になることがあるんだけど」
「…ん?」
動くはずもない人形の視線は、どうやら自分の手許を捉えているようで、
「…これ?」
普賢が、手にしていた布をこころもち持ち上げる。
「…アナタが着るものにしてはずいぶん小さいわよね?」
「え?…だっていちまさんのだよ?」
市松人形の遠まわしの拒絶になど思い至るはずもなく、普賢は嬉しそうに笑う。
「……わたし、着物しか着ないって言ってるじゃない。」
「大丈夫。ちゃんと和服に仕立ててあるから。」
そう言って、普賢が縫っていたものを広げて見せる。和服どころか、仮装行列にでも参加するのかと思われるような派手な配色の生地には、一面、目眩がしそうなビーズの刺繍とスパンコール。よく見れば確かに振袖に仕立ててあるけれども、そんな浮かれた装束に身を包むなど、冗談でも承知できない。
「……イヤ。」
市松人形の声は冷たかった。
「……だめ?」
悲しそうな普賢の顔に、かすかに決意が揺らぐのを押さえながら、市松人形はこの子供たちと過ごしてきた日々のことをなんとなく思い出す――――正確には、普賢が子供の頃から自分に着せたがった衣装のことを思い出していた。


最初の災難は、出会った日にクレヨンで顔にラクガキされたことだった。
それからずっと、受難は続いている。
無邪気な笑顔で近づいてきた普賢に、自慢のまっすぐな黒髪を切られたり結ばれたりしたのも一度や二度ではないし、とんでもないセンスのドレスや着物を「いちまさんの為に作ったんだよ」と着せられるのも、今に始まったことではない。
かわいいからといって甘やかしてはいけないのだ、と市松人形は一生懸命自分に言い聞かせながら、それでもついつい甘やかし続けてしまってきたことを、まさに今、後悔しているところだった。


「…ただいま。」
「あ、望ちゃん、おかえり。」
「…お……」
「…お?」
何かを言いかけて、絶句している望の目の前には、「ものすごい」としか言いようのない派手な振袖姿の市松人形が、引きつった表情で行儀良く座っている。
「……どうしたの、望ちゃん?」
目を丸くしたまま、部屋の入口で呆然としてしまった望に、普賢が声をかける。
望は、普賢にも、市松人形にも何をどう言えばいいのか見当もつかなかった。

「……珍しい格好をしておるのう…」
結局、市松人形の気分を(これ以上)害することも、普賢の気持ちをないがしろにすることもないコメントとして望がやっと口にしたのがこの言葉だった。似合うとか、似合わないとかいう議論は避けた方が賢明に決まっている。

市松人形が纏っている振袖は、実際、表現に困るほど派手な配色と、見たこともない賑やかな模様に彩られていながらも、どこか懐かしい感じがした。望は、その不思議な懐かしさに僅かに心惹かれながら、意にそぐわない衣装を着せられている市松人形をあまり見詰めているのも気の毒で、慰める代わりにそっと人形の柔らかな髪を撫でてから、普賢のすぐ隣に腰を落ち着けた。


いつのまに眠ってしまったのか、気がついた時には普賢の膝枕で横になっていた。
普賢は、望に膝を貸したまま市松人形と何か話している。望が目覚めたことには気が付いていないようで、望はそのままぼんやりと普賢と市松人形のやりとりを聞くとはなしに聞いていた。

「……望ちゃんのことが世界で一番好き。」
急にそんな言葉が耳に飛び込んできて、望はそっと息を呑んだ。
「…ハイハイ。」
呆れたような市松人形の声は、少し笑いを含んで、もう怒ってはいないようだった。







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