その1 花降る日
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入学式からまだ一週間も経たない一年生の教室は、今朝も華やいだ落ち着きのなさと僅かな緊張感で満たされていた。まだ馴染みきらない環境に一時間目の始業のベルが鳴っても生徒たちのさざめきは止まず、物音とささやきあう声が行き交っている。 望は、机に両肘をついてぼんやりと左隣の窓際の席に座る普賢の横顔を眺めていた。 ――――眠い。 眠たいのは春のせいというよりは、はっきりと寝不足のせいで、ともすると閉じてしまいそうになるまぶたを、時折気だるそうに押さえながら、まなざしだけは普賢の一挙一動を熱心に追っていた。 教科書のページをめくっていた普賢が、ふいに顔をあげる。 みつめてくる望の視線に気づいたのだろう、望の目をまっすぐに見つめかえして、にっこりと笑う。 少しだらしのない笑顔を返しながら、望は自分の頬が熱を帯びてくるのに気づいた。 そんなにキレイな微笑を見せられては、内心眠いどころの騒ぎではないのだが――――。 望の眠たそうな様子を察してか、普賢が窓を開く。一陣の風に乗って桜の花びらが舞い込んできた。 春風に気をとられた一瞬の沈黙のあと、なにごともなかったかのように教室は再びざわめきたち、普賢は望に少し肩をすくめて笑ってみせると、窓をそっと閉めて着席した。 窓の外、手で触れられるほど校舎の近くまで枝を伸ばした桜並木はちょうど満開で、日ざしに白く眩しく輝いていた。花びらが光に透けて、強い風に揺れている。 「ここの桜は早いなぁ…もうすぐ、散るね」 普賢が花の安否を気遣うように首を傾げる。 望が応えて何かを言おうとしたその時、ガラガラと扉を引く音がして教師が姿を現した。 晴れた空に映える桜の花びらは、静かな普賢の横顔の向こうをきらきらと光りながら風に散ってゆく。 爛漫の花枝はざわざわと揺れて、こんな時に限って思い出してはいけないことを望に思い出させてしまう。 昨夜も、少し風が強かった。 今朝、目覚めた時も強い風が窓ガラスを叩いていた――――。 「望ちゃん……」 我にかえると、普賢が呆れ顔で望の前にハンカチを差し出していた。 「…ん?」 ハンカチの意味が解らずにぼんやり普賢の顔を見ていると、周囲の女子が心配そうに 「…大丈夫?」 「…保健室に行かなくていいの?」 と、口々に声をかけてくる。 「…望ちゃん…鼻…」 普賢がそこまで言ったところで、望はようやく事態に気づいた。 「……うぅ…」 普賢から受け取ったハンカチで慌てて止血しながら、上目遣いに普賢を見る。考えていたことを見透かされてしまっている気がして、少し後ろめたいのと申し訳ないのとで、できれば気づいていませんように、と祈るような気持ちも込めながらの視線を、普賢は困ったような表情で受けとめていた。 ――――望ちゃんのバカ… まなざしはそう言っていると望は確信した。 望が何を考えていたか、普賢はちゃんと見抜いている。 |