■ 母 ■


黒檀の桟に、雪がつもる。

耳を澄ませば、しんしんと鳴るように、あわい結晶がひとひら、またひとひらと降りてくる。
空は、白い光を産む闇。
見上げていると、その先は果てしなく遠い。

さく、とひさしの雪が落ちる。
かすかな音は、つめたい空気に響くことなく吸い込まれてゆく。

窓辺へ寄れば天を仰いでしまうのはいつもの癖で、気がつけば見えるはずのない愛しいものたちの影を探している。
寂しくはないつもりでいても、静かに過ごす日々のうちには、その懐かしい声をせめて一言だけでも聞きたくなる。会えないことに耐えられないわけではないけれど、その不在にはいつまでも慣れない。
「・・・・・・」
知らず漏れるため息は、白く霞んで冷たい空気に溶けていった。



いつしか空は群青の闇に晴れわたり、雪の欠片だけが窓辺に吹きよせられてくる。
どこからともなく現れては消える風花。

虚空の静寂ばかりが耳に響き、高く、遠い天を過ぎる風だけが強い。



開け放たれた窓から吹きこむ風に、灯火が微かに揺れた。
目で追っていた文字がふいに解らなくなって、殷氏は顔をあげた。

ゆっくりと瞬くと、薄闇に慣れた目に映るのはもう使われなくなって久しい家具調度品の数々。かつてここで暮らしていた子供たちが使っていた文机や棚や玩具は、うっすらと埃を被って部屋の隅に眠っている。

もう、何年も、誰も触れていない。

静かに、しずかに更けゆく夜。
ちりちりと芯を焦がす灯火のほかに、物音もない。



窓枠に縁取られた天から、風に千切れた結晶が舞い落ちる。
ひらひらと迷うように、謡うように降りつもる。

(・・・・・・皆、元気でいるのかしら )
膝に広げていた大切な手紙をそっと胸に抱いて、思う。
もう、幾度も幾度も読み返した、子供たちからの手紙はどれも短くて、簡潔で、それでも力強く優しかった。


(・・・・・・皆、元気でいますように )
いつものように、ただそれだけを祈る。












■モドル■