| ◆今月のコトバ◆ |
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聖歌(seika):気がつけばクリスマスシーズン。巷に流れるあの音楽を、カトリックでは「聖歌」と呼び、プロテスタントでは「賛美歌」と呼ぶのです。ちなみに、聖職者の呼び名についても、カトリックの「神父」サンに対してプロテスタント「牧師」サン。微妙に違うワケです。 ちなみにキリスト教はカトリックとプロテスタントだけではありません。オーソドックス(正教)もあります。覚えておくといつか何かの役に立つかもしれません。 |
| 12/24 (sun.) |
お昼過ぎから、お友達とデート。 人形町のジュサブロー館に行ってきました。 憧れの寿三郎サンのアトリエ兼博物館兼、着物屋サン。 いままで行きたくてもずっと近寄れずにいたのです。だって寿三郎サン本人がいるかもしれないのです。子供の頃から憧れて憧れつづけたアノ人が、そんな側にいたら心臓止まります(汗)。 というワケで、かなり激しく緊張と興奮で頭がおかしかったのですが、ひとりじゃないし、やっぱり行ってみたいし(!)ということで意を決したのでス。大好きな鏡花のシリーズのお人形は、個人蔵が多かったと記憶しているのできっと会えないだろうけど、ひょっとしたら着物見せてもらえるかな、とかなり胸が踊っておりました。 寿三郎サンのお人形たちと、いつ出会ったのかは正確には定かではありませんが、ものすごく衝撃を受けたのは、たぶん鏡花のお人形たちです。それまでも好きではあったのですが、こんなに心酔はしていなかった。それで、鏡花の作品に触れるようになって鏡花にも惚れて、寿三郎サンと泉鏡花は姫神の中でものすごく大きな位置を占めるようになったのです…と、こんなワタクシのプロフィールなどはどうでも良く(汗)。 もう10年以上も前、伯母が寿三郎サンに着物を作ってもらったことがあって、それがものすごく羨ましくて、その着物がまたステキで、お土産にもらった花ウサギのハンカチがかわいくて、いつか、いつかきっと寿三郎サンに着物を作ってもらうのだ!と固く心に誓っていたのですが、着物…実物の反物や帯布を見せていただくと、また一段と素晴らしくて、ああもう、ますますファンになってしまって(汗)、着物のハナシをお店の方に伺っているうちに、ふと後ろをご本人が通った時は、マジで息が止まりました。姫神、こんなことでいつかご本人に着物を作ってもらうなんて可能なんでしょうか。側にいるだけでタイヘンなんですが(汗)。 さて。 この日のメインイベントはお友達の着物選びです。 着物選びと言うか、着物に興味を持ってくれたようだったので、それならば寿三郎サンの着物が素晴らしいよ、と話したら是非…ということになったのです。最初かなり遠慮したものの、試着してみたらもう、本当に似合う似合う。着物自体が似合うところにきて、寿三郎サンの色とか柄のセンスが、彼女に本当にぴったりで、人形館にそのまま人形として展示されていてもおかしくないくらいカワイくてウツクシイ。ここ、本人が読むかもしれないので、読んだら「そんなことないよ」とか言われそうだけど、本当にカワイイんだもの。なんかもう、あんまり可愛くてどうしようかと思った。(どうしようって。) いつか寿三郎サンの着物買えたら、一緒に着て歩こうね! と、本人にはちょっと言えずに心の中で誓ったのでした。 (写真ちょうだい…(笑)。) |
| 12/23 (sat.) |
銀座に遊びに行った。 東京駅から銀座に向かういつもの道を通ると、まず沖縄物産の専門店がある。月桃のお茶があったので、大王に買ってもらった。 それから、通りをふらふら歩いて行くと、なにやら懐かしげな黄色い看板が遠くに光っている。開店祝いの花輪が入口に置いてある。看板の文字が読める位置まで歩いて行くと、「レオニダス」が!!!!! シゴトでベルギーにいた時、3食チョコレートでもオッケー状態の姫神は、毎日キロ単位でチョコレート(主にプラリネ)を摂取していたのだが、そのメインのお気に入りがこのレオニダスのチョコレートだったのだ。とりあえずグランプラス周辺のめぼしいチョコ屋はすべて回って食べ比べてみたけれど、とにかくレオニダスのが安くて美味しくて…あああ!!とうとう銀座にできたのね(涙)!種類は本店よりぐっと少ないけど、味は変わってない。うれしさのあまり、2箱買う。景気良く試食を勧めてくれるので、それもしっかり食う。1箱は、クラゲに送るクリスマスプレゼント。楽しみに待っておれ。 ところでここ1、2年ほどなんとなくいままでの銀座と雰囲気が違うなあ、ということを感じる機会が多かったのだが、なんだかこの日は一段と…。クリスマスプレゼントを買いにきたカップルが多いせいかもしれないけれど、とにかくひどいヒトゴミでやや気力と体力が失われる。 とある中国茶屋で、緑豆らくがんを発見。台湾の空港で見つけて、色がきれいなので欲しかったのだけれど、味が不安だったので買わずじまいだったもの。試食してみると、なんだか微妙。味は悪くないけれど舌触りが最悪(汗)。たぶん「不味い」の部類に入れていいんじゃないだろうか。買わないでいて良かった。 大手町から銀座に入る道の途中で、今年も大手町ミレナリオが開催されることを知る。神戸のルミナリエには規模は遠く及ばないけれど、神戸まで行けない関東の人たちには、ウレシイ催しなのではないかな。(私は、ルミナリエへの思慕が募る一方なのだけれど。) さて。今日のメインイベントはお食事。銀座本通りに店を構える憧れのフランス料理屋サンに行くのだ。クリスマスディナーのシーズンはメニューも安いし敷居も低いしな。この店、日曜日はお休みなので、去年は行けなくて2年越しの野望になっていたのだ。入口でメニューを見て、ちょっとヤな予感。コースにフォアグラがある。姫神は、子供の頃とあるフランス料理屋でフォアグラのテリーヌを食べて以来フォアグラがキライで、あの脂っぽさがものすごく苦手なのだ。当時、姫神を可愛がっていてくれたその店のシェフは、「大人になったら好きになるよ」と笑っていたけれど、たぶん未だに苦手だ。とはいえ会食やパーティでは何度かどうしても食べなくてはならないシーンもあったので、その度に「こんどこそ」と思うのだが、心底スキにはなれないでいたのだけれど。…それで結局、フォアグラは美味しかったのだ。他の料理も勿論文句ナシに美味しかった。まわりの席のカップルの男性が揃いも揃って今日が勝負(何の)なのか声がいやに甲高くて、それだけが不愉快だったけど、楽しくて美味しい食事だった。それにしても、なぜ世の男どもはここぞという時にあんなに見苦しく甲高い声でがなりたてるのだ(汗)。しかもくそ面白くもない自慢バナシを(汗)。うるさいっつーに。 ただ、何がいちばんおいしかったかと言うと、大王も私も、最後におまけのようにコーヒーに添えられていたお菓子だったので、なんだかシェフには申し訳ない。でも、本当に美味しかったのだ。食用ほおずき。最初お皿にひとつしか乗っていなかったので、大王が試しに食べてみると「トマト?」というカンジだと言う。気になって仕方ないのでお店の人に尋ねると、ほおずきだと教えてくれた。それはすごいな、と思っていると、追加で持ってきてくれたのですよ、そのお菓子を…(笑)。それで姫神も食べたのですが、スモモとトマトの中間みたいな味。ホントに美味しくて。 |
| 12/21 (thu.) |
はー。ビックリした。 ミレニアムというのはやはり色々なことがあるもので。 母からの電話にあまりにも驚愕してしまい、大王の勤務先にまで電話してしまいました。これはワナなのかしら。それとも本当に上手くいくのかしら。 なんだか待降節の最後の週にこんな話があるなんて、偶然かなとも思うけれど、やはり何かに導かれているのかな、とも思う。いっそこれが今年の贈り物なのか、とも(ちょっとイヤ)。 ともあれ、折角のクリスマスシーズンですから、心静かに過ごそう、自分。 今日の本棚:「西脇順三郎詩集」 白凰社 いま手元にあったのがたまたまこの出版社のものだっただけなのですが。西脇順三郎、高校生の一時期にものすごくのめり込んでいたのでス。1年ほど前には、ちょっと望ちゃんっぽいよ、ということで「旅人かえらず」の一節を女将に紹介してみたりしたのですが、最近改めて読みなおしてみて、この詩の最後の一節、そのまま封神の最終回なのですねぇ…(汗)。思わず読み耽ってしまいました。今度同人誌出す機会があったら伏羲と一緒に使おう…。(出す機会があるかどうか。)ワタクシ、名作だろうと古典だろうと詩を読む、というのが基本的にかなり苦手でして、谷川俊太郎以外はほとんどこの西脇順三郎と、宮澤賢治ぐらいしか読みません。和歌集なんかは全然抵抗ないのに、現代詩となるとこう、アレルギーに近い症状が。どうしてなんでしょうねぇ。(そんなこと言われても。) |
| 12/13 (wed.) |
封神コミックス、21巻以降を実はあまりきちんと読んでいません。 ジャンプ連載当時もも、太公望封神以降ほとんど流し読みに近い状態でした。(欠かさず読んではいたのですが。) なんでかって…そりゃもう、展開が辛すぎる(作品評ではアリマセン)からです。深く読み込んではいけないと本能的に感じているのです。たぶんしばらくは細部ウロオボエのまま、あいまいな印象以上のものを持たずに精神の安定を図っていることと思いまス。目の前に封神最終回までのジャンプが積み上げてありますが、手を触れるのが怖いです。 |
| 12/12 (tue.) |
日記を書くのにふと困る。 日々のできごとをそのまま書いてしまうと、最近の生活柄闘病日記とか通院日記になってしまって辛気臭いし、かと言って日々思うことを書きつづけるのもなんだか。 それはともかく、最近気になっていることと言えば、コトバに対する感受性の問題。以前にも似たようなことを書いたのだけれど、「ノーマル」というコトバがとても気になる。尤も、ヤヲイやホモの対語として現れる「ノーマル」についてなのだけれども。 ホモセクシュアルに対して、ヘテロセクシュアルを「ノーマル」とか「健全」と称することについては常々疑問に思っていて、ありていに言ってしまえばそういうコトバの使い方をする人に対しては、無知ならばともかく「何様のつもりだ」と思わなくもない。セクシャルな表現を取り扱わないことについて「ノーマル」とか「健全」というのも何かひっかかる気はしないではないけれども、それは置いておくとして。 用語として定着してしまっている向きもあるので、今更こんなコトに拘る方がどうかしていると言われるのも自覚しているのだけれど、同性愛を「異常」として憚らない無神経さに腹が立つのだ。ヤヲイがキライだ、ホモが苦手だというのはまったくのところ個人の自由だと思うけれど、自分達は「ノーマル」でアレは「アブノーマル」という区別をしてしまうところにはやっぱり何かイヤな差別意識を感じてしまう。 とはいえ、この対語使用者の大半が無自覚、というのも一応知ってはいるので、他意はなく、コトバに対する自覚のない無神経さの現れなのだろうと理解してはいるつもりなのだけれども。 ついでにもうひとつ。 「鬼畜」というコトバがあまりにも気安く使われることに、やや参っていたり。同人誌もネット同人もコトバだけが頼りのコミュニケーションである場合が多いので、表現が高揚してくると少しでも過激な形容に流れていく気持ちは解らないではないけれど、好きなキャラが「鬼畜」呼ばわりされているとやはり違和感を拭いきれない。余程の場合にしか使わない表現だと思うから。 形容表現には麻薬のような常習依存性があって、過激な表現に慣れてきてしまうと、どんどん更に過激な表現を求めていってしまう傾向があるけれども、コトバだけの世界だからこそ、抑制の効いた表現に心惹かれることも。 更に言ってしまえば、「言霊」というものをなんとなく信じて慣れ親しんできたので、過激な表現にぶつかると人並み以上に驚いたり気分が悪くなったりするんだろうな。 今日の本棚:「台湾革命」 柳本通彦著、集英社新書 台湾というのは、割と最近まで社会的にイロイロと混乱が続いていたのですが、その実態は台湾内でも案外知られていなかったりもします。そして勿論、日本でもほとんど知られていません。この本は、そうしたあまり知られていないつい最近までの台湾について実にすばらしく纏めてありまス。 |