97JISでは、同じ字種を表す漢字群を、"包摂"という概念で整理しており、その意味を理解することが重要だが、難しい。
「包摂」の考え方は、すでに78JISにある、と97JISはいう。原資料が手元にないので詳しくは分からないが、78JISで触れているのは、"異体字の取り扱いについて"である。加藤氏は「社会」で、78JISは、曖昧に同一の字体とみなせるものを例示しただけであり、97JISの「包摂」は、厳密に範囲を指示したものだ、と指摘している。包摂は本当に厳密に範囲を指示しているだろうか、疑問をもった。
字種を整理するために、漢字を部分部分("部分字体")に分割し、いくつかの部分字体を統合するために「包摂」という用語を考え出したようだ。独立した漢字ではなく、部分字体相互を対照しているのは、おかしい。
加えて「包摂規準」という用語を生み出したわけだが、そのいかがわしさは、「規準であって基準ではない」との言い訳によって暴露された。(だから、全て例示しなくても変更しても、なんら批判されることではない)と。
――西村先生は「標準化ジャーナル」に、JIS原案委員会を代表されて、「漢字のJIS」という文章を発表されていますが、第二節「抽象的な文字概念」に、次のように書かれています。
「父」という漢字は,手で書けば千差万別の形となり,活字の明朝体でも,メーカーによって少しずつデザインが違う。それをいちいち区別することは意義が少ないと考え,一つにまとめて抽象的な類にする。こうしてまとめ,想定したものが"文字概念"である。そしてこの文字概念「父」に対して,1001001-1100011という単一の符号を割り当てる。
その一方、「ある程度以上形の異なるものは,区別する習慣が社会的に確立しているので,そこまでゆけば別の文字概念として,別の符号を与える」として、「花」と「華」、「個」と「箇」を例にあげておられます。
同一の文字概念にくくられる場合でも、社会習慣として別字としてあつかわれているなら、異体字に別コードポイントをあたえようということだと思います。この点は賛否両論があるんですが、JIS C 6226が長い寿命をもちえたのは、異体字をいれたからだということは間違いないでしょう。異体字をいれるにあたっては、どのような議論があったのでしょうか。
西村 あれはメーカー・サイドの要望です。ユーザーは異体字を必要としているのだ、と。実用性を高めるということで、ある程度、異体字をいれることになりました。
林 デザインを統一するために、新しい母型を発注しようという考えは最初からありませんでした。解説にあるように、文字設計などにはかかわらないという方針でしたから。
――解説というのは「この規格は、文字概念とその符号を定めることを本旨とし、その他文字設計などのことは範囲としない」というくだりですね。
97JISの解説では、78JISの解説は規格本文と矛盾しているとしていますが、JIS C 6226はもともと「文字概念を符号化した」ものだと考えてよろしいのでしょうか。
林 そうです。
...
――...表外字の字体整理に歯止めをかけた「常用漢字表」が1981年に告示されるわけですが、それは後の話であって、78JISの時点では、字体整理をする「雰囲気」だったと思われます。
ところが、78JISに例示された当用漢字表外字の字体は「いわゆる康煕字典体」がほとんどで、基本的には字体整理をしていません。
97JISの解説では、
第1次規格の字体は,第1水準は通用字体,第2水準は(常用漢字以外は)旧字体,といわれているが,これは必ずしも第1次規格の意図ではなく,規格表の製版を,一般書籍と同様に株式会社写研の写真植字によって製版したことによるものであり,この規格の意図を正確に表したとはいえない.
と偶然の産物のように書いていますが、本当にそうだったんでしょうか。
ありあわせの写植字母を使ったにしても、略字体のある文字もあったはずです。「文字設計にかかわらない」というのは、あくまでデザイン差にかかわらないという意味であって、78JISは表外字の字体整理に慎重であったのではないかと推測しているんですが。
この部分、私は加藤氏の解釈は間違いであると思う。つまり解説は、78JISの意図からすると、第1水準には旧字体が含まれないわけではないと言いたいのである。後半部は、第1水準が通用字体になったのは、一般に通用している(通用字体の)写植によって製版したからだということではないか。表外字の字体整理云々とは、関係のないことではないか。
林 そう受けとってもらって結構です。というのは、当用漢字表の字体整理は、当用漢字表の範囲内だけを考えたものなので、表外字に一律におよぼすと、変な字ができちゃうんですよ。だから、表外字の字体整理は避けたのです。
――そうだったんですか! 林先生は当用漢字字体表のとりまとめに深くかかわったと聞いておりますが、当用漢字字体表はそこまで考えたものだったんですね。
林 当用漢字字体表の頃は、ぼくは使い走りでしたから、審議に参加したわけではありませんよ。文部省の職員として、お手伝いはしましたけれどもね。
97JIS規格にある定義や説明の部分を引用する。
定義 w)包摂 複数の字体を区別せずに、それらに同一の区点位置をあたえることをいう。
備考 図形文字は図形概念によるものであるので、異なる文字であっても図形概念として区別が困難なものは、この規格では、字体の包摂に準じて同一区点位置を与えることがある。「字典」p.226
6.6.1 区点位置と字体の対応「漢字の区点位置と一般に用いられている漢字の字体との対応は、その区点位置の例示字体並びに"包摂規準"によって定める」
備考1 .「例示字体及び包摂規準は、明朝体によって示す。これは、他の書体の利用を制限するものではなく、また書体にいかなる基準を与えるものではない」「字典」p.231
6.6.3.1 漢字の字体の包摂規準の適用 附属書6に示す漢字の区点位置の例示字体は、それぞれの区点位置に対応する。
さらに、その例示字体を構成する各部分字体が置き換えられた字体も、その置換えが
6.6.3.2に示す包摂規準の範囲内にあるときは、その区点位置に対応する。
a) 一つの区点位置に対して、字体の包摂規準を複数個適用してもいい。ただし、一つの部分字体に包摂規準の複数個を順次適用してはならない。
b) 包摂規準は、他のいずれかの区点位置の漢字までも包摂するような適用を行ってはいけない。
包摂の矛盾
●包摂および適用除外の納得のいかない説明・矛盾−1
b 例1 例2. が、矛盾している。
「餅」4463と「餠」8122を例にあげて説明している。97規格では、両者とも包摂規準の
連番97「并」と「幵」(便宜的に「餠」の旁を「幵」で代用表示する)の適用除外であるが、一方、
連番155(飲の偏)と(飮の偏)については、適用除外でないとされている。
連番97の適用除外とされるのは、例2によると、「餅」と「餠」は、連番97を適用すると、お互いの字体を包摂してしまうからだという。
これがわからない。「餅」は「(飲の偏)幵」になるだけで、「餠」にはならないし、「餠」は「(飮の偏)并」になるだけで、「餅」にはならないからだ。
連番155の適用除外とされていないのは、当然だろう。「餅」は「(飮の偏)并」になるだけで、「餠」にはならないし、「餠」は「(飲の偏)幵」になるだけで、「餅」にはならないからだ。
しかし、97JISの委員は、使用者がどう漢字を解しているかを考えず、
勝手に片方を適用除外とする規則を作ってしまっている。
すなわち、「餅」と「餠」の両方について、連番97は適用除外とし、連番155は適用可とした。つまり、旁は似た旁に換えられないが、偏は似た偏に換えても同じ区点の文字とみなす、ということだ。その規則に従えば、「餅」と偏を(飮の偏)にした文字「(飮の偏)并」は、例示字体「餅」と同一区点であるし、「餠」と偏を(飮の偏)にした文字「(飲の偏)幵」は、例示字体「餠」と同一区点であることになる。
これは、歴史的社会的にこう読解する実態があるわけでなく、恣意的に適用と適用除外を設けたことによる結果にすぎない。逆に、
連番97には適用し、
連番155を適用除外とするとどうなるか。
「餅」と旁を(幵)にした文字「(飲の偏)幵」は、例示字体「餅」と同一区点になるし、「餠」と旁を(并)にした文字「(飮の偏)并」は、例示字体「餠」と同一区点にあることになる。
つまり、同じ文字が、前項の説明と全く異なった区点を持つことになるのだ。おそらくそれを避けるために、片方を包摂規準の適用外としたのだろうが、
なぜ、その包摂規準が適用外となったのかの理由は、全く明らかでないし、想像もつかない。
おかしな例をもう一つ発見した。
 
連番14(頭の部分)及び
67(足の部分)は、
「卷」5043が適用を除外されているが、その理由が分からない。
  例えば、「卷」に14のみを適用した場合、「巻」にならないし、「卷」に67のみを適用した場合も「巻」にならない。これは「他のいずれかの区点位置の漢字までも包摂するような適用」ではないからだ。「巻」は両包摂規準から除外されていないが、同じように「巻」は1つの包摂規準を適用するだけでは「卷」にならない。
  「餅」「餠」と同じ考え方で規格を決めているなら、どちらかの包摂規準について、両方とも適用外とすればいいのだが、そうはしていない。
同じ背景色の文字が、同じ区点を占める。同じAあるいはBという字形でも、包摂規準の適用のいかんで、別の区点を占めるようになる。$印が例示文字。「餠」の旁は「幵」、「卷」の足は「巳」で代用表示する。
包摂規準が「規格」の場合 | 包摂規準が「規格」と逆の場合 |
97|155 | 偏が飲 | 偏が飮 | 97|155 | 偏が飲 | 偏が飮 |
旁が并 | $餅97×,155○ | A | 旁が并 | $餅97○,155× | A |
旁が幵 | B | $餠97×,155○ | 旁が幵 | B | $餠97○,155× |
包摂規準が「規格」の場合 | 包摂規準が「規格」と逆の場合 |
67|14 | 頭がソ | 頭がハ | 67|14 | 頭がソ | 頭がハ |
足が己 | $巻67○,14○ | A | 足が己 | $巻67×,14× | A |
足が巳 | B | $卷67×,14× | 足が巳 | B | $卷67○,14○ |
●包摂および適用除外の納得のいかない説明・矛盾−2
83JISで、新字体とその旧字体の両方を掲載されているものについて、包摂すると同じ漢字にコードが並立するので、適用除外としている。両方が掲載されていないものについては、包摂規準xにのっとって、区点が付けられている例示字体とその他の字体も同じ区点とする。
例示字体は、推奨するものではない、と規定している。従って、旧字体を使ってもかまわないとの解釈もできてしまう。教育漢字で新字体を教育し、常用漢字を"漢字使用の目安"としているにもかかわらずだ。HP「ほら貝」の「正假名遣と正漢字と」は、包摂規準に則り、旧漢字に変換するソフトについて語っている。
疑問のある連番の例をあげる。
連番1王と壬は除外。包摂可能な漢字例:聖(教)、呈(常)、任(教)、望(教)、程(教)。このうち、教科書体で部分字体が(壬)なのは、任だけである。他は(王)。義務教育で二つの部分字体の違いを教えられているのではないか。
連番72顔2070と顏8090が除外。産2726は教育漢字である。これを8090と同じ偏の漢字が、同じ区点とはおかしい。彦、薩、諺にも適用できるとする。実際の使い方とは無関係というので、"教育漢字""常用漢字"も考慮外だ。ところが、電子文書が一般化している現在、無関係でなく、JIS漢字が最も支配的な規定になる。アルファベットとはわけが違う。
連番100諫7561の旁と東。錬4703(常)や練4693(教)の東を「諫」の旁を包摂可能とするのはおかしい。棟3779、諫7561、鶫8310つぐみは例外とする。諌2050、鶇8309が例示されていなかったのでわかりにくい。なぜ棟3779が例示されているのか不明。
連番101層、僧、増、憎、贈の旁を(曽)と(曾)の、包摂可能とする。みな常用漢字なのでおかしい。
●包摂および適用除外の納得のいかない説明・矛盾−3
「人名用漢字許容字体表」の漢字と、常用漢字表のかっこ書き内の漢字のうち、多数が包摂され、
他と区別されていなかった。政府機関が存在するか、使用してもかまわないと、認めた漢字(字体)が、明確に独立した字体として存在しないことになる。これはおかしい。
2000JISの包摂
包摂および適用除外の納得のいかない説明・矛盾−3−についての2000JISの"解答"
JIS X 0213:2000 ( p.312参照)では、
2.1 包摂関係の違い、「包摂の解釈が異なる」とごまかし、97JISの"苦心作"、包摂規準を都合よく変更・追加している。
また、「互換文字」参照。
●包摂規準g)の設定
97JISで見落としたか、97JISで包摂されていた文字を独立させたことによって、新規準が設定された。
新しく「
g)JISX0208包摂規準」として、連番
186から
199が設けられた。
このうち以下の連番であげる字種には、0208でも区点位置が与えられている字種がある。( )内を包摂する部分字体としている。おそらく、97JISでデザイン差と考えたか、見落としたのだろう。/以降は、同じ連番で例示されている字種であるが、97JISには規定されていない字種である。
- 連番186の稽1-23-46(ヒが上の字体)
- 連番188の欅1-75-7(旁の手が縦線が突き抜けた字体)/(手偏に同じ旁)2-13-59
- 連番189鉛1-17-84(旁の八が几の字体)/(木偏に同じ旁)1-85-59
- 連番190椪1-60-14(旁のソが角に)/石偏に同じ旁)1-89-8、(手偏に同じ旁)2-13-27
- 連番191角1-19-49(土の縦線が突き抜けた字体)/(石偏に同じ旁)1-89-6
- 連番194舘1-20-60、舒1-48-16(旁の干が土の字体)
包摂規準の考え方に無理があるので、2000JISでは、以下のような面倒に出会うのである。
これらの細かい違いは、全て根拠のある文字のみについて規定(参考を含め)されたのかもしれないが、連番192と連番169のように、包摂するとされた部分字体が、例示されたデザイン以外にも存在することは考えられるだろう。
190の部分字体の内の包摂される部分と、連番166の部分字体(例示は、嘘1-17-19、戯1-21-26、歔1-61-33。97JISでは虚21-85も例示されている)は、同じ形状なのに166に含められない。166が虎頭の位置を含めて規準としたためである。
192の□1-91-48の偏(部分字体)は、4字体(デザイン)が包摂されるが、それと169の埒1-52-32の旁と同じ形状なのに(上の4字体の内、2部分字体が例示されている)、169に含められなかった。169は土偏も含めて部分字体としたからである。
149の部分字体(偏に限定)は、49の捨1-28-46の旁と同じ形状なのに、49に含められなかった。捨が手偏を含めて部分字体にしたからである。
ほかに 164と197は整理できた可能性はある。
●包摂規準の適用除外
また97JISで包摂されていた文字を独立させたことによって、適用がなくなった包摂規準が出現した。
- 連番134穀1-25-82、□1-89-45
- 連番162状1-30-85、□1-87-74
●包摂規準の適用除外の矛盾
「人名用漢字許容字体表」の漢字と、常用漢字表のかっこ書き内の漢字のうち、JIS X 0208で包摂していた漢字に独自の面区点位置を与えた。
6.6.3.1 c)。
JISの意図からすれば、新しく区点を獲得した字体を包摂していた区点の字体は、適応除外する必要があるのでは。2000JISp35参照。例を示す。
- 連番98(毎)の部分字体に対し(母)、
毎4372-u6BCE、悔1889-u6094、海1904-u6D77、梅3963-u6885、敏4150-u954F、侮4178-u4FAE、
- 連番98
黒2585-u9ED2、薫2316-u85AB、
-
連番100東の日に対しその横棒が(ソ)
練4693-u7DF4、錬4703-u932C、欄4583-u6B04、
-
連番101(曽)に対し(曾)、
僧3346-u50E7、層3356-u5C64、増3393-u5897、憎3394-u618E、贈3403-u8D08
-
連番124(大)に対し大に点が付いた部分字体(犬)、
涙4662-u6D99、類4664-u985E、臭2913-u81ED、
-
連番125(者)に対し者に点が付いた部分字体、
暑2975-u6691、署2980-u7F72、緒2979-u7DD2、諸2984-u8AF8、都3752-u90FD、
- 連番130
徳3833-u5FB3、
- 連番131(山王)に対し(山一王)、
徴3607-u5FB4、懲3608-u61F2、
- 連番136(少)に対し、その点がない部分字体、
賓4148-u8CD3、歩4266-u6B69、渉3036-u6E09、
- 連番140歴の(木)に対し、(禾)、
暦4681-u66A6、歴4682-u6B74
- 連番143漢の旁のくさかんむりに対し(廿)、
難3881-u96E3、漢2033-u6F22、
- 連番161しめすへん(ネ)に対ししめすへんの旧部分字体(示)、
祉2767-u7949、視2775-u8996、社2850-u793E、祝2943-u795D、祖3336-u7956、
- 連番171(ツ)に対し(曲がり川)、
巣3367-u5DE3